160 それぞれの決意
「ねえ、シャル、カルとちゃんと話したの?」
「いや、まだだけど」
シャーリンは目を逸らした。
「カルは話したそうだったけど、どうしちゃったのよ?」
「どうもこうも、何ていうか、落ち着かないんだよ」
「どうして?」
「どうしてって、カレンは妹じゃなくて、わたしの母親だ」
「それで?」
「わたしの母は、産まれた時からいなかった、ずっと。それが……」
ゴクリとつばを飲み込む。
「それが、今になって、現れて」
「一年前でしょ」
「そういう意味じゃない。つまり、今まで、この年になるまで母親はいないと聞かされてきた。でも、実際は母がいて、ほかの場所にいて、わたしには会いに来ないで……」
「うん、でも、それは仕方がなかった」
「よく、そう、割り切れるね、ペトは。まあ、ペトの母親のことじゃないから」
「そうでもないけど?」
「どういう意味? どっちみち、年下だよ。年下の母親だなんて、そんなの、父親がすごく若い人を伴侶に……」
「ねえ、シャルはそんな外見を気にしてるんだ」
「どうして、そうサバサバしていられるの」
「わたしはね、カルがお母さんでよかったと思うよ」
「な、何で?」
「しーっ。ねえ、シャル。単に話しかける勇気がないだけでしょ」
知らずため息が出る。
「確かにそうだよ。わたしはずっと話を避けてる。何を言われるか恐ろしい」
「怖いのね? シャル。でも大丈夫。カルだって何も覚えてないのだから。今から新しい関係を築けばいいだけよ。ねえ、話をしておいでよ」
「……わかった」
***
「で、どうだった? うまく話せた?」
「それが、いないんだよ。部屋で待っていたはずなんだけど」
「変ね」
「ん? 何か外が騒がしい」
入ってきたダンが深刻そうな顔をした。
「川のほうから爆発音が聞こえたらしいです」
ダンと一緒に現れた守備隊の指揮官が姿勢を正した。
「何があった?」
「まず、川の下流で爆発音、何度かせん光が見えました。何隻かの川艇が上っていくのが確認されました。おそらく、その船の間で交戦があったと思われます。メダンに報告は入れましたが、途中に監視所はないので状況は不明です」
「交戦だって? 他には?」
「まだはっきりしていませんが、カレンさまが桟橋のほうに向かうのが目撃されてます」
「カルが?」
ペトラがザナのほうを向いた。ザナがペトラにうなずくのが見える。
「シャル、こっちに来て。皆さま、少しふたりで話しますので失礼します」
「いったい、なに?」
「いいから、シャルの部屋に行くの」
背中をぐいぐい押されて外に出た。
「行ってもカルはいないよ」
「いいの、さあ、急いで」
シャーリンの部屋にふたりが入るとペトラはすばやく扉を閉め、窓の外を確認に行った。
戻ってきてソファに腰を落としたペトラに聞く。
「それで?」
「待つの」
「何を?」
「しーっ」
***
シアがどこからともなく現れた。
「えっ? ペトはシアの信人だったの?」
ペトラの横顔を見つめる。
「ということは、つまり……」
「まず、シアのお話を聞きましょ」
「……ああ、わかった」
ペトラがテーブルに舞い降りたシアを見る。
「カレンは?」
「イオナと一緒」
思わず言葉が出る。
「やっぱりそうか。彼女に連れていかれたんだ。わたしのせいだ……」
「それは少し違う」
「えっ?」
わけがわからず、シアの顔を見つめる。
「イオナはカレンに同行を望んだけど、カレンは拒否できた」
「それなら……」
「でも、最終的に、カレンはイオナに同行することを選んだ」
ペトラがつぶやいた。
「選んだ?」
「つまり、拉致されたってことじゃない。違うの?」
こちらを向いたシアは肩をすくめた。
「まあ、そこは、カレンのすることだから……」
「あきれた、止めなかったの?」
「どうして? わたしは人の行いに介入はしないよ」
「はあ、そうだったね」
幻精を人の基準で考えてはいけない、とカレンから何度も言われたのを思い出す。
「つまり、さらわれたのじゃなくて、自分の意思で同行した?」
うなずくシアの顔を見つめる。どういうことだろう? 彼女は何度も現れてわたしたちを……。
黙って聞いていたペトラが言った。
「つまり、イオナに条件を出されたのね?」
「そう」
「まあ、カルのしそうなことだわ。ほんと、お人よしなんだから。記憶がないのをいいことに、だまされたんじゃないの?」
「そんな、のんきなこと。黙っていなくなるはずない。連れていかれたんだよ」
「違うわ。きっと、ここが襲撃されるのを防いだのよ。指揮官が爆発を見たと言ってたでしょ。別の人たちよ。もしかすると、そのカイルっていう人も関係してるのかも」
「どうしてわかるの?」
「聞いていなかったの? 交戦があったようだと言ってたじゃない」
「それで、どこに向かったの?」
「さあ? イオナの船に乗ったのだとしたらハルマンだと思うけど。報告では上流に向かったのよね。変ね。どこに行くつもりなのかな。メダン、セイン。……やはり、ウルブだよね」
「エレインの家かもしれない」
「どうして、またあそこに戻るの?」
「いや、ただ、何となく。ハルマンに行くんだったら、普通ここから下って海に向かうだろ?」
ペトラはテーブルの上でくつろいでいるシアに目をやる。
「それもそうね。それで、カレンは何て?」
「特に何も言づてはない」
「あら、そう」
ペトラの眉が思い切り跳ね上がった。
***
団らん室に戻ると、皆を集めた。
ペトラはザナのほうを向いて報告した。
「カレンはイオナに同行……拉致されたと思うの。追いかけるつもり」
ザナは少し眉を上げたものの、すぐに理解したようだった。首を縦に動かして答えた。
「そうじゃないかと思った。わたしも行きたいところだが、困ったことにまだ仕事が残っている。トランサーの件を先に何とかする必要がある。全部かたづけたら長期の休暇をもらうつもり。わたしもナタリアもあと少しで自由になれる」
「でも、ペトラ、あなたにも仕事が……」
ディードが指摘した。
「そんなの、誰でもできるわ。ほら、カティアが来てるし、カイもいるし。カティアはそのうち参謀室に戻されるんでしょう? だったらまったく問題ないわ。そうだ、クリスを置いていけば中継ぎとして完璧よ。アリーにもそう言っておくわ」
「そんな、むちゃくちゃな」
声を上げるクリスに向かってペトラは言った。
「大丈夫よ。あなたがいればわたしは必要ない」
「わたしはあなたの衛事ですから、同行しなければなりません」
口を開きかけたディードのほうを向いて彼は付け加えた。
「もちろん、ディードもだ」
「わたしはシャーリンさまとカレンさまの衛事なので」
エメラインは静かに言った。
すかさず指摘する。
「ねえ、エム、その堅苦しい言い方は何とかならない?」
フィオナが遠慮がちに声を出した。
「可能なら、わたしもペトラさまに同行させていただきたいのですが、でも、わたしが一緒だとご迷惑ですよね?」
フィオナはこちらにすがるような目を向けたがすぐにそらした。
「うーん、フィンが来てくれると言ってくれるのはうれしいけど、シャーリンと一緒だと……」
「そうですよね」
フィオナはとても悲しそうな顔をした。
「ペトラ、前にも言ったけど影響を避ける方法はある」
「ああ、ザナ、そうでした。遮へい者がいれば……」
そう言いながらメイのほうに視線を向けた。
つられてほかの人も彼女を見る。
いつも察しのいいメイはすぐににっこりとした。
「ついに、わたしに出陣要請が来たようですね。まあ、誘われなくても断られても一緒に行くつもりでしたから。お母さんが拉致されたのに、わたしがじっとしているわけがないでしょう?」
「でも、メイにはロメルでの仕事が」
「大丈夫です、シャーリン。ペトラとシャーリンが仕事をほっぽり出していくのなら、わたしも当然ポイです。ああ、ご心配なく。ペトラと違ってわたしがいなくてもロメルの運営はちゃんと回ります。それに……出立の時に当分戻らないと言い残してきましたから」
「いや、それは違うでしょう」
「ねえ、シャーリン。わたしの言ったとおりになったでしょう? どうです? この先見の明」
メイは胸を張った。その向こうでペトラも負けじと背伸びしている。何を競っているのか、このふたりは。無言の気迫に押されてたじたじとなる。
「うん、すごいね、メイは」




