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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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158 きずなを守るには

 バタンと扉が開く音にカレンは振り返った。


 フィオナの手を引いたペトラが現れた。その顔が真っ赤に上気している。フィオナを見ると外服に羽織を重ねて着込んでいた。


 さすがに彼女は行動がすばやく手際もいい。ペトラの護衛をまかせられるだけのことはある。もう少し遅ければ、どこかに消えていたに違いない。


 ペトラはフィオナの肩を押してソファに座らせた。

 ザナはこれまでの考えをまとめるように話し始めた。


「ペトラは強制者に長く支配されたことがないから、フィオナと一緒に暮らしても特段問題はない。今後、支配されないように気をつければいい。問題はシャーリンだが、シャーリンに強制作用をかけたのはイオナとカイルだけど、このふたりのどちらかがフィオナの主だとしたら注意しないといけない。ディードはたぶん大丈夫だとは思うが保証はない。それから、フィオナはダンに近づかないほうがいい」


 寄り添うように座っていたペトラとフィオナはこくりとうなずいた。




「ディードがフィオナと接触しないのは無理よ。それに、シャーリンがペトラのところに来たら、どうしてもフィオナと顔を合わせるわ」

「カレン、方法がないわけではない」

「本当ですか?」


 そう聞くシャーリンに、ザナは言った。


「遮へい者はオベイシャの活動を防げる」

「つまり、わたしとディードを遮へいしてもらえばいいということですか?」

「いや、シャーリン。遮へいで強制は防げないよ。でも、強制者とオベイシャの接続を弱めることはできるはず」

「つまり、遮へい者をフィンにつければいいのね?」


 そう言ったペトラの顔が明るくなった。


「でも、ずっとフィオナを遮へいし続けるのは……」

「大丈夫よ、カル。フィンがシャルかディードと一緒のときだけなら問題ない」


 こくんとうなずく。


「それはできそうね」




 カレンはシャーリンに顔を向ける。


「遮へいで思い出したんだけど、待機室の中にいる間に強制力を受けたの?」

「えっ? ああ、どうだったかな? 確か、大扉が開いたんだよね。そのあとだったと思うけど、あんまり……」

「ごめんなさい、嫌なことを思い出させて。でも、待機室の中では強制力の影響を受けないかもしれないわ」

「その待機室って何のこと?」


 ザナに質問された。


「えーと、執政館にあるメデュラムの板で囲った部屋のことです。遮へいはできるけど、強制に対してはどうなのかなと思って……」

「ああ、メデュラムでの遮へいか。そんなことをするのはメデュラムが潤沢に使える国だけだな。でも防ぐことはできるはず」


 シャーリンはうなずいた。


「なら、メデュラム製の防具を身につければ……」


 すかさずペトラが首を横に動かした。


「あのね、シャル。力の源はここだけど……」


 そう言いながら自分の胸に手を当てた。


「たぶん、強制力を受けるのはこっち」


 自分の頭を両手で押さえた。


「頭を全部覆ったら何も見えないよ」


 ザナがぽつりと口にする。


「それ、フィオナのほうには使えるかもね」




 ペトラは一瞬ザナの顔を凝視したあと、突然クスクスと笑い出した。


「いったいどうしたの?」

「いや、カル。あのね、フィンが甲ちゅうを身につけて仕事をしてるところを思い浮かべてしまって……」


 だんだん笑い声が大きくなる。


 フィオナが横を向いた。


「ペトラさま?」


 メデュラムの板金に身を包んだフィオナに思いを()せる。フィオナがエメラインと務めを果たすところを見てしまった以上、もはや何の違和感も感じない。

 彼女のさっ爽とした姿が目に浮かぶし、隣に立つエメラインならではの凜とした姿は想像に難くない。

 忍び笑いを漏らす。


「きっとフィオナには似合うわ」

「あの、カレンさま?」


 そう言うフィオナの頬がほんのり染まっている。


「でも、胸周りの防具だけでもいいんじゃないの? でも寝るときはどうしたらいいのかなあ」

「寝ている間は使われることはないから遮へいの必要もない。それに、その防具は、主が遠く離れているときだけの気休め程度に考えたほうがいい。体を漏れなく覆うことなどとてもできないから」


 ザナのあきれたような声に、ペトラは笑いを抑えながら答えた。


「それもそうだね。じゃあ、とりあえず、アリーに誰か遮へい者をつけてもらうわ」

「でも、ペト。いつもフィオナにべったりとはいかないよ」

「シャル、これは、わたしとわたしの内事(ないじ)に関わる問題だから、わたしが責任を持って対処するわ。それに、シャルがわたしのところに来てくれなくなったら、とても寂しいからだめよ。そんなの我慢できない」


 いつものペトラに戻ったようで胸をなでおろす。


「はあ、そうですか」

「そうよ、何たってシャルはわたしの大切な姉だし」

「姉?」

「いいから、気にしないで」


 ペトラはパタパタと手を振った。


「この話は終わり、すべては今までどおりよ。わたしが何とかするわ」




 ペトラはフィオナの手を引っ張って立ち上がらせると、背中に両手をさっと回しぎゅっと抱きしめた。


「ペトラさま?」


 フィオナの動揺した声が聞こえる。


「フィン、ごめんね。ずっと苦しんでいたのに全然気がつかなくて……」


 顔をフィオナの胸につけたままの声は聞き取りにくい。

 フィオナはペトラにそっと手を回すと、震えるような声を出した。


「ペトラさま、本当に、本当に感謝しかありません。こんなわたしをおそばに置いていただき……」


 ペトラは顔を離すとフィオナを見上げた。


「何を言ってるの? フィン。わたしはフィンに頼りっぱなしなんだから、もう。そんな悲しそうな顔しないで。泣けてくるよ」

「はい」


 そう答えたフィオナからこぼれ落ちた涙がペトラの顔を伝った。




 カレンはふたりを見ながらうらやましいと思った。フィオナはペトラと本当に強いきずなで結ばれているわ。このきずなが彼女を今まで引き止めていたに違いない。


 気がつくと、フィオナが目の前に立っていた。


「カレンさま、本当にありがとうございます。いつも、助けていただいて」


 身をかがめるフィオナの肩から解かれた髪が流れ落ちた。

 カレンは立ち上がると、フィオナの手を引っ張り上げ、その下に腕を回して軽く抱きしめた。体を離してフィオナの目をじっと見る。


「戻ってきてくれてよかった。あなたはわたしにとってもとても大事な方だから。これからもずっとよ」




 ペトラとフィオナ、それにザナが出ていったあと、シャーリンと向き合う。


「ねえ、シャーリン。少し、話せるかしら?」

「えーと、カレン、もう少しあとでもいいかな? メイたちをほったらかしだし。部屋が用意されてるかどうかも確認しないと」

「そうね、シャーリンはきちんとおもてなしをする必要があるわ。ロイスの当主なのだから」

「うん。それじゃ、すぐに戻ってくるからここで待っていてくれる?」

「はい。わかりました」



***



 突然、感知力に何かが干渉してきた。誰かが感知を使っている。

 ただ、遮へいに覆われていてそれ以外に誰がいるのかわからない。遠いのにかなり強い。

 これほど強いのは、今までに二回しか経験していない。執政館で、そして、エレインの家で。つまりこれは……。


 次の瞬間、一瞬だけ遮へいが消えた。

 やはり、イオナとクレアだ。

 どうして解除したの? つまり、呼ばれたということか。なぜ?


 少しためらったが、意を決して立ち上がると足早に部屋を出て外に向かった。騒がしい声がすることから、ほかの人たちはまだ団らん室にいるようだ。

 途中のホールでアリッサとすれ違い声をかけられる。


「カレンさま、どちらへ行かれますか?」

「少し外に。風にあたりたくて」


 こちらをさっと検分したアリッサは首を横に動かした。


「外は寒いです。すぐにも雪が降りそうです。その格好ではだめです。ここで、少しお待ちください。羽織を取って参りますので」

「あ、そうですね。忘れていました」


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