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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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151 変化のきざし

「フィル、どうだ?」

「高度300です、隊長。あと3万くらいは近づけそうです」

「よし、やつらが殺到してくる状態になったらすぐに着地だ」

「了解。攻撃者の配置も完了。できれば、あの斜面の上まで行きたいところですが」


 ザナは正面の斜面を見る。今まではほぼ平坦であったが、ここからしだいに登りになる。この斜面を通常走行で登るのはきつそうだ。坂に沿って目を走らせる。


「フィル、できるだけ走行しやすそうな場所に下ろすように」

「見た感じ、向こうの坂が多少ましなように思います。先のほうの横穴も少なそうだし、斜面の崩れもそう(ひど)くない」


 フィルから渡された遠視装置で示された方向を下から上までつぶさに調べる。


「悪くない」

「高度290」

「少し休憩してください、隊長。地上に降りてからも長くなりそうなので」

「そうだな」


 ため息が出る。一日ではとてもたどり着けないだろうな。通信圏内まで二日といったところか。その前に救援がくれば飛翔板を交換して飛べるようになる。


「防御者に交代で十分休養を取らせろ。降りてからは彼らが頼りだから」

「了解」


 誰かがあけてくれた席に座り込むと目を閉じる。少なくとも、まだ誰も失っていない。絶対に帰還しないと。



***



「隊長、そろそろ着地点です」


 頭に響く声に目を開き、さっと意識を切り換える。


 つえに(つか)まって立ち上がると前方に進み、席から立ち上がったテッサの代わりにドサッと座る。


「状況は?」


 テッサの顔には少しだけ笑顔が見られた。


「最初の斜面を三分の二ほどクリアしました。予想よりは前進しました」

「トランサーは?」

「あまり変わりませんが、まだ飛びついてはきません。だいぶ落ち着いているように見えます」

「希望が見えてきたな」


 テッサはこくりと首を振った。


「よし、フィル、あとは手順どおりに迅速に」


 うなずいたフィルはいろいろと命令を出し始めた。

 あとは、下の斜面がぐずぐずでないことを祈るしかない。

 一番前の席にいるミッチを眺める。何度か操縦かんを握り直しているのが見える。地面にはまって立ち往生すると面倒なことになる。


 後ろで攻撃者たちと話し込んでいるニックに目をやる。


「ニック」

「はい、隊長?」


 顎でミッチのほうを示す。


「サポートを頼む」

「ああ、わかりました」


 うなずいたニックはすたすた歩いて操縦席に近づくと、背もたれに腕をのせた。

 ビクッとしたように振り返るミッチの肩に手を置き話し始めた。

 それを確認したあと、船の中をぐるりと見回す。他に問題となるようなものはなさそうだ。




「前進停止、着地点を確保」


 そう言うフィルの声で、すぐさま攻撃者たちが仕事を始め、下に光が渦巻く。


「着地!」


 船がすっと降下し、かすかな衝撃が伝わる。


「防御フィールド、問題なし」

「よーし、微速で前進」

「フィールド、問題なし」


 すぐに、防御面に光が満ち始める。これなら頻繁に交代すれば長時間耐えられるかもしれない。移動しているから精気が枯渇する心配もないだろう。


「ゆっくり速度上げ」


 速度が上がるにつれて揺れが大きくなる。時々嫌な音が床下から聞こえる。


「この速度を維持」


 そう言ったあとフィルがこちらを見た。


「これくらいが限界でしょう。これ以上は危険です」

「これでいい。防御者の交代はできるだけ短く。負荷に問題があればすぐに知らせるように」




 ひとまず安心だ。あとは、地面の状態が悪くなった時にどうするか考えるとしよう。


「こう言っては何ですが、人が多いのが吉と出ましたね」


 うなずく。確かに三日間連続でフィールドを維持するには防御者と攻撃者は多いほうが助かる。シャーリンとメイが目を覚ませばさらに楽になる。

 大きく息をついた。何とかなりそうな気がしてきた。


「フィルも休憩しろ。しばらくニックにまかせればいい」

「わかりました。隊長も寝てください」

「ああ、そうする」


 椅子の上に横たわるカレンに目を向ける。攻撃者としての役割を果たしたエメラインが、カレンの隣に座って腕に手を添えていた。


「エメライン?」


 彼女が何でしょうと言いたげにこちらを見る。


「あまり無理しないように。慌てて起こす必要はないから」

「わかっています。カレンさまと違って、わたしは自分の力をわきまえておりますから、ご安心ください」


 思わず笑ってしまう。それならいい。彼女にまかせておこう。急に疲れが出てきた。目を閉じるとすぐに眠りに引き込まれる。



***



「隊長」


 ぱっと目を開いた。体が重い。寝たまま尋ねる。


「フィル、どうした?」

「日が昇ってきたところなんですが、外を見てください」


 体を半分起こすと、横からの太陽の光に目を細める。反対側に顔を向け、目に映った光景に声を上げてしまう。


「何だ、これは?」


 窓の外には相変わらずトランサーの大群が見えていたが、その色合いが違っていた。トランサーは単体だと薄紫色、群れると黒に近い色になる。

 しかし、外のトランサーは大群であるにもかかわらず薄い紫色だった。どちらかというと白っぽい。まるで、脱色されたみたいだ。


「動きもかなり遅くなってきました。何というか、動作がだんだんと緩慢になってるように見えます」

「うーん。これはどういうわけだ?」

「このまま時間がたつと、そのうち動かなくなるかもしれませんね」

「そうか? それほど変わらないように見えるが」

「ちゃんと計測しましたから間違いないです。それに、最終的には色もなくなるかもしれませんね」

「ますます、わからないな。何が起こっているんだ?」


 フィルは後ろのほうを見た。その視線の先には、眠ったままのカレンがいた。エメラインも隣の椅子で眠っている。出所(しゅっしょ)を破壊できたことで、トランサーに変化が生じているのは間違いない。


「このままだと、帰還できそうですね」

「ああ」

「カレンがもたらした奇跡には感動しかないです。こりゃ、ほかの人に話しても絶対に信じてもらえないですね」

「ああ、カレンのしたことだから」

「隊長とご一緒できて光栄です。全員無事で戻れることに感謝してます」

「それは、カレンとその連れに言ってくれ」

「もちろん、そのつもりですよ」




 今のカレンは間違いなく本物の同調者だ。

 メイとシャーリンの防御を強化し、シャーリンから攻撃を引き出し、ペトラの破壊も取り込み、連携させることができていた。


 それに、最後に見たあれ、ペトラとの間で行なったことは、作用の加速だろう。あれほど力を増大させることができるのは優れたケタリだけだ。


 しかし、カレンはあれをまったく制御できていないようだった。彼女はいろいろな力を持っているが、感知以外はどれもまともに使えていない。

 とても危険なことだわ。一度ちゃんと話しておかないと、今後もとんでもないことをしでかしそうだ。


 それにしても、あのような巨大な力は、ちゃんとした器がなければ、たぶんペトラでなければ、とても支えきれなかっただろう。


 目覚めたカレンを見て母は諦めたが、それは間違いだった。彼女は、たとえ不完全であっても、不安定で頼りなく見えても、それでも、ユアンの本当の後継者に違いない。


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