150 帰るためには
すべてのトランサーが消滅したらしい下の地からの、吹き荒れる風にしばらく翻弄されたが、何とか船を立て直すことはできた。
カレンとペトラは倒れたが、ディードとエメラインがふたりを受け止めたのをザナは目の端で確認する。
あのふたりは彼らにまかせておけば大丈夫。診るのはあとだ。
「フィル、この風を利用して行けるところまで高度を上げて」
「了解」
モニターで下を観察するが、大きなクレーターができた他は特に変化がない。離れたところには黒い海が続いているのも同じだ。
「テッサ、何かわかる?」
「いいえ、隊長。わたしには何も感じ取れないです」
やはり、カレンしかわからないのか。それにしても、下を見る限り特に変化はなさそうだ。
「ここまでです。上昇気流がなくなった。この高度だとすでに落ち始めています」
「どれくらい行けそう?」
「20万から30万メトレくらいかな」
「そこまで行ったとしても、本部までは届かないだろうな」
「そうですね、我々は谷底にいますから。たぶん無理です。でも、試してみるしかないですね」
「下はどう?」
「わかりません。何かを破壊したのは確かですが、どうなったのかさっぱりです」
「確かに。出所を破壊できたにしても、トランサーに変化はないな」
もちろん、出所が消滅しただけで、トランサーがそのままなのは予想の範囲内だ。それでも……。
***
テッサが手招きしていた。
「ザナ、01の信号がまだ受信できる」
「救援信号?」
「そうです。もしかすると、まだ使えるものが残っているかもしれません」
飛翔板が必要だが、メデュラムはまっさきに食われてしまうだろうな。でも、ここにいてもしょうがない。
首を縦に振った。
「フィル、01の不時着位置に向かう」
「了解、隊長」
「よし、01の着地点までたどり着き、飛翔板を回収する」
「まだ残っていれば……ですがね」
「飛翔板を交換する以外に、戻る手段はない」
「それでも、メデュラムでできている飛翔板がまだ残ってるとは思えませんがね」
「今日はやけに悲観的だな」
フィルは椅子に寝かせられている四人のほうをちらっと見た。つられて振り返る。
「まあ、それでも、ここで墜落を待つよりはいい。望みはつなごう」
身動きのない四人を見つめる。
結局、カレンとペトラも眠ったままで目覚めない。まあ、いま無理に起こす必要もない。これ以上できることはないのだから。
***
「01が見えてきました」
「どんな感じだ?」
「ほとんど原形がないですね。発信器のあるあたりは頑丈だから、きっと最後まで生き残る」
「よし、あの真上に下ろしてフィールドで囲う。あれだけ小さくなっていれば、ゆっくり近づくことで両方囲えるだろう?」
「おそらく」
「よし、急げ」
船は静かに01の残骸の上に降りると、空中に静止したまま、フィールドを徐々に広げる。
壁が前進するにつれて、トランサーが次々と消滅する。
「ゆっくり。急ぐと崩壊する」
壁の中に取り込まれたトランサーは攻撃者がひとつひとつ対処する。
時間をかけて01の残骸を囲い込む。
すぐに、フィルの指揮のもとで、船外作業が始まる。
近くで見ると、01はほとんど形が残っていない。むき出しの飛翔板はとっくにないだろう。問題は、予備のほうだ。船内にあるから少しは望みがあるかと思ったけれど、この残骸を見たとたんにそんな幻想はきれいさっぱりなくなった。
それでも、ここの全員が捜索に希望を託している。結果を待つしかない。
***
テッサが近づいてきた。
「悪い知らせ?」
「それが、よくわからないのですが、トランサーの流れが少しゆっくりになったように思うんです」
言っている意味がよくわからない。それが顔に出たみたいだ。
「すみません、隊長。わたしも、トランサーの流れを見るのは今回が初めてなので……」
「それで? ゆっくりになるとどうなるの?」
「後ろが遅れるほど密度が下がって、少しは防御が楽になるかと」
しばらく考える。
「それはつまり、地上を進めるかもしれない?」
テッサは首を縦に振った。
カレンのほうを向いて少し考える。どうなっているかを知るには、現所の位置まで戻って、あそこがどうなっているかを調べるしかない。それとも、カレンを無理やり起こしたほうがいいか。
迷っていると、フィルが戻ってきた。
その顔を見ただけで結果は明らかだった。
彼は静かに首を横に振った。
重苦しい雰囲気が増す。全員がこちらに顔を向け、わたしが何か言うのを待っている。全員を連れて帰らなければ……。あそこまで確認に戻るのはもはやありえない。
「テッサ、フィル」
「はい、隊長」
「飛行で行けるところまで南下する。そのあとは、テッサの指示で、もっともトランサーが少なそうな場所に強行着陸する。あとは何とかして地上を無理やり進むしかない。わたしとエメラインでカレンを何とかできないかやってみる。まだ、何か見落としがあるかもしれない。ここからは、テッサに指揮をまかせる」
「了解」
「ダル、こっちを手伝って。少し、場所を変えるから」
それにしても、カレンにはもっと手加減を覚えてもらわないと。
エメラインを手招きする。
「ペトラは失神しただけだから、そのうち目を覚ます。カレンは……どうやら、また無理したようね。代謝を抑えているようだし、ペトラを回復させるために残った力を全部使い果たしたのかもしれない」
「そのようですね。目が覚めたらきっちりと叱る必要がありますね」
そう言い切るエメラインの横顔を見つめる。そのきつい言葉とは裏腹に、目がとてもやさしい緑色の光を放っている。
華奢な体つきが彼女を幼く見せているが、両手で白が混じった金髪をさっとまとめる所作はまぎれもなく洗練された大人の手つきだ。
「エメライン、あまりカレンを怒らないで。彼女はとても……不安定だから」
「はい、よくわかっています」
こちらを向いて穏やかに言う彼女は、いつの間にか母親のような柔らかい眼差しをしていた。
カレンの世話はエメラインに託して、ペトラの様子を見る。診断器をかたづけているダルに目を向けた。
「大丈夫です、隊長。だいぶ消耗しているので補給剤も投与しました。鎮静剤で数時間は目を覚まさないはずです。それに彼女も手首に火傷を負っています」
やはりそうか。きっとつないだ手の間から作用が漏れたのだろう。しかし、しっかりとつながった者の間で普通そんなことは起きないはず。これは、カレンとほかの三人の能力、容量の違いなのか、それとも……。
どちらにせよ、受け取れる以上に送り込んだとしか考えられない。どれだけの力を無理やり注ぎ込んだのかとあきれてしまう。




