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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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149 破壊するには

 すっと近づいてきたザナがこちらを見た。


「カレン、わたしも協力する」

「いいえ、ザナには別のことをお願いしたいのです」

「何をすればいい?」

「ザナもわたしとつながると三人とも気を失うかもしれない」


 ザナとエメラインの目がともに妖しい光を放った。ふたりに(にら)まれて、少し恐縮してみせる。


「そうしたら、わたしたちを引き戻してくれる人がいなくなる。それじゃ困るの」

「カル? また失神する予定なの?」


 ペトラがあきれたような声を出した。


「だって、どうなるかわからないし、一度始めると制御できなくなるかもしれないし……」


 ザナは首を何度も振った。


「まったく、どうかしてるわ。学習能力が欠けてるみたいね、カレンは」


 ペトラとエメラインがそろってうなずくのを見て言う。


「自覚はあるんです。ほかの人と違って人生経験を積む時間は全然なかったので。でも、チャンスは一回限りなんですよね。だから、最初から全力でいかないと」


 目の前のふたりは納得しているようには見えない。


「それに、トランサーを止めない限り、どっちみち、この海の中に墜落してしまうんですよね? もう帰れないですよね?」

「はあ、そうね」

「これ以上、何も失うものはないです」


 ザナはまたため息をついた。エメラインをちらっと見ると彼女がうなずいた。つまり、彼女がわたしの蘇生(そせい)担当なのね。ザナは指揮官だから気絶した人に構っている暇はない。



***



「あと、どれくらいだ?」

「距離100」

「おかしいな。ここで、停止」


 ザナがこちらを向いた。


「カレン、距離はわかる?」

「この方法、方向はわかりますけれど、距離はだめです……」

「そう」

「でも、この真下です。すごく強くて近いです。絶対に間違いないです」

「うーん、変だな。でも、行くしかないか」

「はい」

「よし、降下継続」


 かすかな声が聞こえた。


 やっとここまで。


「へ?」


 思わず声が出てしまう。これは確かに夢じゃない。


「どうしたの? カレン」

「何か聞こえませんでした?」

「いや」

「まただ……つまり、進む方向は正しい……」


 とにかく集中。

 さらに暑くなってきた。上をちらっと見上げる。ずっと上のほうで白い空が動いている。相当な地下まで降りてきたに違いない。


 同じように床に座ったままのペトラが心配そうな顔をしている。安心させるようにうなずいたが逆にしかめっ面をされた。




 別の声がかすかに聞こえる。


「レン、断ち切って」

「誰なの? 断ち切るってどういうこと?」


 声に出さないように気をつける。

 何かを伝えようとしているようだが、まったくわからない。言葉が意味をなさない。




「距離10です。止めますか?」

「このまま、ゆっくり」


 突如、トランサーが殺到してきた。次の瞬間には周囲が爆発した白い光で覆い尽くされた。何も見えなくなる。防御に参加しているクリスのうめき声が聞こえた。


 目を閉じて、周囲を探知する。どこもかしこもトランサーだった。上もだ。

 誰かの怒声が聞こえる。


「これは、攻撃してもむだだな」

「カレン、どうする、戻るか? 今ならまだ上がれる」

「待ってください、ザナ。もう少しだけ」


 かすかに聞こえる声を聞き取ろうとするが、トランサーの大合唱に覆い尽くされていて何も聞こえない。でも、発信源はもっと下だ。


「ザナ、もっと下です。降りてください」

「何も見えないが……。フィル、降下続行」

「でも、このまま降下すると地面に激突する」


 フィルの懸念に答える。


「地面はもっと下です」


 突然、ザナの声が響いた。


「降下速度を上げて、ここを一気に突破する」

「了解」




 船がすっと降下し激しく揺さぶられた。


「下に何かあります。何かわかりませんが、探知機によればとても大きい」


 カレンは叫んだ。


「ザナ、ここです。このすぐ下!」


 ペトラが片手を床につき反対側の手を伸ばしてくる。


「速射砲、連続で撃て!」


 すぐに、船体に激しい振動が加わった。


「攻撃者は全員、攻撃開始。01の攻撃者は周囲のトランサーを排除、脱出に備えよ」


 ペトラの手首をつかみ破壊作用を探し、力をどっと流し込む。もう一つの経路を見つけ、そちらに取りつく。しばらく抵抗があったが、同じように力を注ぎ込む。

 作用を発動させる場所はペトラの思念に委ねる。ただ、力を注ぐことに集中する。

 視線の先に白いもやに隠されたドームが現れた。


 ペトラ、いまよ。

 熱くなっていた手からすっと力が抜ける。次の瞬間、下で風が激しく渦巻き、嵐に突入したかのように船を揺さぶった。

 下のほうがしだいに橙色に染まってきた。


 聞こえないよ、雑音が多すぎるの。




「壊さないで」


 えっ?


「断ち切って」


 どういう意味?

 ペトラはほとんど気絶寸前に見える。

 ザナの声が耳に届く。


「だめだ、変化がない」


 目をあけて確認する。下のドームは色が変わっていたもののまだ健在だ。


「戻る!」


 そう命令するザナに反対する。


「ザナ、もう一回。もうちょっとだけ待って!」

「これ以上どうしようもない」

「待って!!」


 思ったほど手応えがない。今のが二つとはとても思えなかった。そう考えたとたんに気がついた。つまり、片手ではだめということ?


「ペトラ、そっちの手も貸して! 早く! 片手だと同じ力を両方に開けないのかもしれない」


 疲れ切った顔のペトラが反対側の手を伸ばしてきた。両方の手をつかむと、再度、残った全力を流し込む。

 これで最後。全部使い果たしてもいい。どっちみちこれで終わりなのだから。




 突然、ペトラから力が逆流してくるのを感じた。その感触に戸惑っているうちに、片方の手から力が放出され、反対の手から注ぎ込まれるのを感じる。


 これは何? どうして回るの、と思っているうちに、ふたりの間でぐるぐる回る力がしだいに膨れ上がるのを感じる。

 両手が、腕がどんどん熱くなり耐えられないくらいになる。

 手を放そうとしても吸いついたようになって離れない。その間もふたりの間で力が膨れ上がってきた。胸が燃えるように熱い。


 自分の前に一瞬まぶしい光が出現しペトラの顔が霞んだ。すべての力が吸い出されていくようだ。

 見下ろすと上服は透け、胸元から光が漏れている。いったいどうなっているの? このままだと、ふたりとも燃えてしまう。それほどに全身が熱くなっていった。


 どうすればいい? これを止めなければ。ペトラはすでに自分を制御できなくなっているのか身動きしない。ペトラが作用を発動しないとこれは止まらないはず。早くしないと燃え尽きてしまう。


 落ち着け、カレン。ペトラの代わりに動かせばいいだけ。

 方法はわかっているけれど、このままでは流れが速すぎてペトラの中に入れそうもない。始める前に入っていなければいけなかった……。

 そうだ、このぐるぐるがもっとゆっくりになれば……。


 思いが口に出る。


「お願い、この流れをゆっくりにして……どうかお願い……」




 次の瞬間、本当に力の流れが遅くなった。すっと体の熱が下がる。

 何が起きたのかまったくわからない。

 しばらくして状況を理解した。時伸が発動したの? そうなら、これでペトラの中に入れる。


 ぐるぐるの限界に達し燃え上がる前に、全力で破壊作用を解放する。

 突如、声が聞こえなくなった。同時に、震源からのざわめきがぴたりと静かになる。


 次の瞬間、ペトラから何かがどっと逆流してくるのを感じる。ついで体がしびれてきた。必死に力を振り絞る。突然、あたりが静寂に包まれるのを感じた。

 体が再び熱くなり、周囲の喧噪(けんそう)が押し寄せてくる。

 床につきそうになっていた顔を頑張って上げる。


「ザナ! 聞こえなくなった。逃げたほうがよさそう……」

「全員攻撃を上に集中。上昇、急げ!」


 もっと早く。爆発する。ここも火の海になる。意識がもうろうとしてきた。

 遠くでかすかに声がする。


「下で何かが始まっている。消滅なのか爆発なのか」

「下部隔壁閉鎖、爆発物はフィールドでは防ぎきれない。離脱急げ」


 下の橙色の塊がはじけたかと思うと一瞬で白い光を放ったが、隔壁が閉じると何も見えなくなった。その直後、激しい衝撃に襲われた。


 わずかに残っていた力をすべてペトラに注ぎ込んだ。急に意識が遠のく。また使い果たした。

 全然学んでないと怒られそう。そう思いながら体が倒れていくのを感じた。


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