149 破壊するには
すっと近づいてきたザナがこちらを見た。
「カレン、わたしも協力する」
「いいえ、ザナには別のことをお願いしたいのです」
「何をすればいい?」
「ザナもわたしとつながると三人とも気を失うかもしれない」
ザナとエメラインの目がともに妖しい光を放った。ふたりに睨まれて、少し恐縮してみせる。
「そうしたら、わたしたちを引き戻してくれる人がいなくなる。それじゃ困るの」
「カル? また失神する予定なの?」
ペトラがあきれたような声を出した。
「だって、どうなるかわからないし、一度始めると制御できなくなるかもしれないし……」
ザナは首を何度も振った。
「まったく、どうかしてるわ。学習能力が欠けてるみたいね、カレンは」
ペトラとエメラインがそろってうなずくのを見て言う。
「自覚はあるんです。ほかの人と違って人生経験を積む時間は全然なかったので。でも、チャンスは一回限りなんですよね。だから、最初から全力でいかないと」
目の前のふたりは納得しているようには見えない。
「それに、トランサーを止めない限り、どっちみち、この海の中に墜落してしまうんですよね? もう帰れないですよね?」
「はあ、そうね」
「これ以上、何も失うものはないです」
ザナはまたため息をついた。エメラインをちらっと見ると彼女がうなずいた。つまり、彼女がわたしの蘇生担当なのね。ザナは指揮官だから気絶した人に構っている暇はない。
***
「あと、どれくらいだ?」
「距離100」
「おかしいな。ここで、停止」
ザナがこちらを向いた。
「カレン、距離はわかる?」
「この方法、方向はわかりますけれど、距離はだめです……」
「そう」
「でも、この真下です。すごく強くて近いです。絶対に間違いないです」
「うーん、変だな。でも、行くしかないか」
「はい」
「よし、降下継続」
かすかな声が聞こえた。
やっとここまで。
「へ?」
思わず声が出てしまう。これは確かに夢じゃない。
「どうしたの? カレン」
「何か聞こえませんでした?」
「いや」
「まただ……つまり、進む方向は正しい……」
とにかく集中。
さらに暑くなってきた。上をちらっと見上げる。ずっと上のほうで白い空が動いている。相当な地下まで降りてきたに違いない。
同じように床に座ったままのペトラが心配そうな顔をしている。安心させるようにうなずいたが逆にしかめっ面をされた。
別の声がかすかに聞こえる。
「レン、断ち切って」
「誰なの? 断ち切るってどういうこと?」
声に出さないように気をつける。
何かを伝えようとしているようだが、まったくわからない。言葉が意味をなさない。
「距離10です。止めますか?」
「このまま、ゆっくり」
突如、トランサーが殺到してきた。次の瞬間には周囲が爆発した白い光で覆い尽くされた。何も見えなくなる。防御に参加しているクリスのうめき声が聞こえた。
目を閉じて、周囲を探知する。どこもかしこもトランサーだった。上もだ。
誰かの怒声が聞こえる。
「これは、攻撃してもむだだな」
「カレン、どうする、戻るか? 今ならまだ上がれる」
「待ってください、ザナ。もう少しだけ」
かすかに聞こえる声を聞き取ろうとするが、トランサーの大合唱に覆い尽くされていて何も聞こえない。でも、発信源はもっと下だ。
「ザナ、もっと下です。降りてください」
「何も見えないが……。フィル、降下続行」
「でも、このまま降下すると地面に激突する」
フィルの懸念に答える。
「地面はもっと下です」
突然、ザナの声が響いた。
「降下速度を上げて、ここを一気に突破する」
「了解」
船がすっと降下し激しく揺さぶられた。
「下に何かあります。何かわかりませんが、探知機によればとても大きい」
カレンは叫んだ。
「ザナ、ここです。このすぐ下!」
ペトラが片手を床につき反対側の手を伸ばしてくる。
「速射砲、連続で撃て!」
すぐに、船体に激しい振動が加わった。
「攻撃者は全員、攻撃開始。01の攻撃者は周囲のトランサーを排除、脱出に備えよ」
ペトラの手首をつかみ破壊作用を探し、力をどっと流し込む。もう一つの経路を見つけ、そちらに取りつく。しばらく抵抗があったが、同じように力を注ぎ込む。
作用を発動させる場所はペトラの思念に委ねる。ただ、力を注ぐことに集中する。
視線の先に白いもやに隠されたドームが現れた。
ペトラ、いまよ。
熱くなっていた手からすっと力が抜ける。次の瞬間、下で風が激しく渦巻き、嵐に突入したかのように船を揺さぶった。
下のほうがしだいに橙色に染まってきた。
聞こえないよ、雑音が多すぎるの。
「壊さないで」
えっ?
「断ち切って」
どういう意味?
ペトラはほとんど気絶寸前に見える。
ザナの声が耳に届く。
「だめだ、変化がない」
目をあけて確認する。下のドームは色が変わっていたもののまだ健在だ。
「戻る!」
そう命令するザナに反対する。
「ザナ、もう一回。もうちょっとだけ待って!」
「これ以上どうしようもない」
「待って!!」
思ったほど手応えがない。今のが二つとはとても思えなかった。そう考えたとたんに気がついた。つまり、片手ではだめということ?
「ペトラ、そっちの手も貸して! 早く! 片手だと同じ力を両方に開けないのかもしれない」
疲れ切った顔のペトラが反対側の手を伸ばしてきた。両方の手をつかむと、再度、残った全力を流し込む。
これで最後。全部使い果たしてもいい。どっちみちこれで終わりなのだから。
突然、ペトラから力が逆流してくるのを感じた。その感触に戸惑っているうちに、片方の手から力が放出され、反対の手から注ぎ込まれるのを感じる。
これは何? どうして回るの、と思っているうちに、ふたりの間でぐるぐる回る力がしだいに膨れ上がるのを感じる。
両手が、腕がどんどん熱くなり耐えられないくらいになる。
手を放そうとしても吸いついたようになって離れない。その間もふたりの間で力が膨れ上がってきた。胸が燃えるように熱い。
自分の前に一瞬まぶしい光が出現しペトラの顔が霞んだ。すべての力が吸い出されていくようだ。
見下ろすと上服は透け、胸元から光が漏れている。いったいどうなっているの? このままだと、ふたりとも燃えてしまう。それほどに全身が熱くなっていった。
どうすればいい? これを止めなければ。ペトラはすでに自分を制御できなくなっているのか身動きしない。ペトラが作用を発動しないとこれは止まらないはず。早くしないと燃え尽きてしまう。
落ち着け、カレン。ペトラの代わりに動かせばいいだけ。
方法はわかっているけれど、このままでは流れが速すぎてペトラの中に入れそうもない。始める前に入っていなければいけなかった……。
そうだ、このぐるぐるがもっとゆっくりになれば……。
思いが口に出る。
「お願い、この流れをゆっくりにして……どうかお願い……」
次の瞬間、本当に力の流れが遅くなった。すっと体の熱が下がる。
何が起きたのかまったくわからない。
しばらくして状況を理解した。時伸が発動したの? そうなら、これでペトラの中に入れる。
ぐるぐるの限界に達し燃え上がる前に、全力で破壊作用を解放する。
突如、声が聞こえなくなった。同時に、震源からのざわめきがぴたりと静かになる。
次の瞬間、ペトラから何かがどっと逆流してくるのを感じる。ついで体がしびれてきた。必死に力を振り絞る。突然、あたりが静寂に包まれるのを感じた。
体が再び熱くなり、周囲の喧噪が押し寄せてくる。
床につきそうになっていた顔を頑張って上げる。
「ザナ! 聞こえなくなった。逃げたほうがよさそう……」
「全員攻撃を上に集中。上昇、急げ!」
もっと早く。爆発する。ここも火の海になる。意識がもうろうとしてきた。
遠くでかすかに声がする。
「下で何かが始まっている。消滅なのか爆発なのか」
「下部隔壁閉鎖、爆発物はフィールドでは防ぎきれない。離脱急げ」
下の橙色の塊がはじけたかと思うと一瞬で白い光を放ったが、隔壁が閉じると何も見えなくなった。その直後、激しい衝撃に襲われた。
わずかに残っていた力をすべてペトラに注ぎ込んだ。急に意識が遠のく。また使い果たした。
全然学んでないと怒られそう。そう思いながら体が倒れていくのを感じた。




