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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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148 出所

 暗闇の中をさまよい続けていることはカレンも自覚していた。


 突然理解する。またも、ここか。

 でも、いつまでたっても光が見えてこない。ずっと闇のままだ。


「誰かいる?」


 しゃべったつもりが声にならない。


「レン?」

「だれ?」


 この声、前にも聞いた。


「断ち切って」


 えっ? 今までと違う展開に驚く。

 前はどうだったっけ? 思い出せない。


「断ち切って」


 少し声が小さい。


「何を?」


 返事がない。


「何をどうすればいいの?」


 聞いても返事がない。声が届かないのかしら。足が止まりしゃがみ込む。疲れた。とても疲れた。もう探すのはやめよう……。




「カル、カル……」


 今度は誰? わたしを呼んでいるの? わたしの名前はレン……誰だっけ?


「大丈夫? カル?」


 突然、目の前が明るくなり大きく息をする。あまりにもまぶしくて目を閉じた。なぜか、心臓が激しい音を立てているような痛みに、何度も()き込む。繰り返し深呼吸した。


 やっと目の焦点が合う。視界には何人もの顔が見えた。とても心配そうだが、誰も一言も発しない。

 突然、記憶が戻ってくる。ああ……また、失敗しちゃったの?

 皆の顔を見ないようにもう一度目を閉じる。



***



 再び目を開くと、またまぶしい光に襲われる。ただの(あか)りだった。


「やっと、気がついた?」

「ペトラ……」


 手伝ってもらって体を起こす。両手が痛い。手を出して開いてみる。なぜか真っ赤だった。少しただれている。

 何これ? わたし、また何かしでかした? 周りに誰がいるのか確認する。


「シャーリンとメイは?」

「立っちゃだめ、ふたりとも大丈夫」


 大きく息をつく。


「よかった」

「まったくもう、むちゃしすぎ。シャルのようになってるよ」

「……ごめんなさい」

「これからは気をつけてね」

「はい、ペトラ」


 ペトラの後ろにザナが立っているのに気づく。


「ザナ、すみません。また、ご面倒をおかけしました」

「彼女がやってくれた」


 ザナは隣のエメラインの腕に手を置いた。

 えっ? エメラインの顔に目を向ける。そこには安堵(あんど)が広がっているが、逆に目は細められていた。


「ありがとう、エム」


 エメラインの目は若葉のように明るくなり、わずかに笑みが浮かんだ。

 フッと力が抜け、口をすぼめて息をそっと吐き出す。




 まだ心配そうな顔つきのザナに聞く。


「それで、どうでした? うまくいきました?」


 ザナは首を横に振った。


「悪い知らせが三つある」

「いい知らせはないのですね?」

「ああ。まず、ここは本拠地ではなかった。ドームは破壊できたけどトランサーの出現が再開した」

「そうですか。つまり、ここではなかった……」


 どうして? ここが出発点だったはず。


「飛翔板を損傷したので、今の高度より上に行けない。そのため、帰投できなくなった」

「えっ?」


 思わず手を口に当てる。もう帰れない?


「いま重量バランスを調整しているがどうしてもプラスにならない」

「そうですか……」

「メイとシャーリンには鎮静剤を投与した。しばらく活動できない」

「だめだめですね。本当にわたし、だめです」


 ペトラの強い口調が聞こえた。


「そんなことない」

「でも、場所を間違えた……」


 そう、誤った。どうして? ちゃんと流れをたどって言われたように現所に着いた。ここが目的地だった。

 目を閉じる。どうして?




 あの声。断ち切ってという声。あれは何だったのだろう? ただの夢とは思えない。

 何を断ち切るのだろう? トランサーの出現のことだと思ったけれどそうではない?


 エレインの筆記帳には何と書いてあったっけ?


 そうだ。出所(しゅっしょ)の場所がわかれば断ち切れる、だった。

 出所? もしかして勘違いしていたのだろうか。出所がトランサーの現れる場所のことでなかったとしたら。

 そういえば、現所(げんしょ)が出発点だった。出所、現所。もしかして、現所と出所は別の場所?


 断ち切る。

 意識を切ることだろうか? もしかして、伝達を切るということ?

 いきなり、心臓がバクバクしてきた。ああ……。意思を伝達するための交信の発信元だとしたら。


「ねえ、カル、大丈夫? 顔色が悪い。横になったほうがいいよ」


 目を開いて心配そうなペトラの顔を見つめる。

 紫色の吸い込まれそうな瞳に頑張って意識を集中する。そうだ、伝達の発信源のことかもしれない。




 手を上げて能動的感知を一気に最大にする。

 ザナの隣に立っていたテッサがよろめくのが見えた。

 ごめんなさい。

 

 目を閉じてすべてを受け入れると押しつぶされそうになる。それから、順にその流れを押しとどめる。そうだ、これだ、ウルブ7でも感じた、波がゆらゆらと広がるようなこの感じ。後ろのほうだ。


 椅子の背に(つか)まり立ち上がる。手を伸ばすと誰かの手が肩を支えてくれた。

 そのままの状態で徐々に体を回す。

 そうだ。こっちのほうだ。


 目を開くと心配そうなザナとエメラインの目に向き合う。


「ザナ……」


 目にゴミが入ったように違和感がある。少し涙がにじんでくる。


「大丈夫?」

「わたし、勘違いしていました。あれには出所と書かれていました。それ、トランサーの現れる場所じゃなかったんです。きっと」


 別の場所で生まれここに移動してくるだけ。そう、幻精と同じような力で移動してくるのだわ。だから、ここを攻撃してもむだ。




「現所に向かい、出所を探して断ち切る、とありました」

「出所は別の場所のこと?」

「はい、伝達の発信点のことだと思います」

「ああ、そうか」


 ザナにはすぐわかったようだ。


「ザナ、わたし、間違えました。出所の意味を取り違えていた。出所がトランサーの群れ全体に指示を送る所だとしたら」


 ザナが考え込むようにこちらをじっと見た。


「確かに、トランサーの現れる場所なら、テッサにも特定できた。カレンにしかできないこと。そうでないと何年もかけて作用者たちが集うのを待った意味がない……」


 大きくうなずく。そうだ。そのために、わたしはここにいる。


「つまり、このもやもやの本当の原点を探さなければいけない。そうですよね?」

「そのようだ。それで、その場所はわかる?」

「ええ、こっちです」


 手で指し示す

 ザナは体を回してきょろきょろした。


「フィル、交換は?」

「いま終わりました。いつでも行けます」




 いったん閉じていた感知力をまた開く。とたん、あたりからのトランサーからの圧倒的な圧力で潰されそうになる。


「ゆっくり、少しだけ……」


 ザナに向かってうなずくと、目を閉じて()り分ける。


 やっとここまで。


 かすかな声が頭の中で聞こえたような気がする。


「ザナ、向こうです、この方向にまっすぐお願いします」

「大陸の中心の方向でないのか。こっちだと戻ることになるが……」

「とにかく、こっちです」

「フィル、回してくれ」

「了解」

「まだまだ……もう少し、止め、よし、この方向だ。前進」



***



「もう少しです、ザナ、あと少し」

「止めてください。ここです、この下」

「ねえ、カレン、下は他と何も変わらない……まあ、カレンがそう言うなら間違いないと思うけど。フィル、ゆっくり高度下げ、下のやつらを刺激しないように、ゆっくりと」

「了解、下が静かなのがかえって不気味ですわ。いつ、飛んでくるかと思うと」

「いいから、黙ってモニターを監視。何かいつもと違うものが見えたらすぐ報告」

「了解。ロイ、大丈夫か?」

「問題ありません。でも、だんだん平衡感覚が失われていく感じで」

「いいから、そっちはマレにまかせておけ」

「はい、副長」

「カレン、一度降下すると簡単には戻れなくなる。今の状態では、元に戻るための最大上昇力も小さく短時間しか維持できない。一回しかチャンスがないと思って」

「はい、大丈夫です、今度こそ」




「ねえ、ペト、力を貸してちょうだい」

「もちろん、いつでも」


 そう言うペトラの手を引っ張り耳元に口を寄せる。


「あなたの破壊を重ねて使わせて」


 ペトラは一瞬硬直したが、ほとんど聞こえないような声でささやく。


「どういうこと?」

「ふたつ同時。つまり、あなたには二つの経路がある。どちらにも破壊作用を流し込めれば……」


 そうすれば、ふたり分のペトラになる

 ペトラの声が少し大きくなった。


「それって、生成と破壊じゃないの?」

「確信はないけれど、両方同じでもいいはず」


 ペトラの顔は懐疑的だった。でも、なぜか自信がある。


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