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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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147 現所

「カレン、大丈夫?」

「はい、ザナ、問題ないです」

「いい? 戻ることを考えて、限界になる前にやめること。約束して」

「わかりました。無理はしません」


 そう言うカレンの顔をザナは見つめた。

 ここまで来たら、試してみるしかない。それはわかっている。カレンが本当にむちゃしなければいいが……。


 それにしてもトランサーの破壊力がこれほどとは思わなかった。トランサーは精分を作り出すが破壊のために精気は必要としない。というより、破壊によって次の破壊に必要なすべてを得ているようだ。


 だから、休むことなく永遠に活動できる。わたしたちは無限の力と対峙しているのだと思い知らされた。


 振り向いてフィルに確認する。


「メデュラムの残りは?」

「一回分です」

「よし、ドームの周辺、三箇所に分けて投下する」

「準備完了」

「よし、最初のポイントに移動」

「了解」


 メデュラムを投下したとたんに、その周辺のトランサーの動きがさっと変わる。

 次のポイントに移動し、再び投下。


「残った水をすべて投下」


 投下された水はすぐに見えなくなって効果のほども不明だ。


「投下完了です。これで、もう出せるものはなくなりました。活動低下を確認」

「よし、降下継続、攻撃者はそのまま待機」


 カレンが目を閉じて、手を握り直した。周辺からトランサーが上ってくるのが見える。予想より動きが早い。

 すぐに船体が大きく揺れた。トランサーの群れと接触し、きしむような音が伝わってくる。


「あと120」


 船内にはフィルのカウントする声だけが聞こえる。


「60」

「攻撃開始」


 速射砲の振動と連続音が響き渡る。続いて攻撃者による光の束が下に伸びていく。すぐにドーム上に光が渦巻き燃え上がり、しばらく何も見えなくなった。

 ザナとフィルの声だけが聞こえる。


「攻撃停止。どうだ?」

「地面が確認できない」

「どういうこと?」

「何も変わりない」


 すぐに視界が戻った。下ではドームの周辺で、周りから移動してきたトランサーで埋め尽くされ、元どおりに真っ黒い地面が構成されていくのが見える。

 一時的に弱くなっていた防御面の輝きが急に増してくる。


 カレンに目を向けると、彼女は目を閉じたままだった。その口は半開きで身動きはない。


 その周りに空気の揺らぎが見える。体から熱が放出されているように思える。これは、まずい兆候ではないだろうか。

 頭を回してフィルを見る。彼の尋ねるような仕草に、首を振った。


「上に戻る。ここに長居すると危ない」




「待って、ザナ。もう一回やらせてください」


 振り向いてカレンの顔を見つめる。


「これ以上どうしようもない」

「だめです、ザナ。ここで、わたしたちが何とかしないとだめなんです」

「どうしてそこまで……」


 カレンはシャーリンのほうを向いた。


「シャル、わたしにもうひとつ預けてちょうだい」

「攻撃を使うの? でも二つ同時には使えない」

「それはわかっている。ごめんなさい。シャルが正しかったわ。これにはやっぱり三人必要だったの……」


 カレンはメイのほうを見た。


「もう力も時間も残りわずか。メイ、ごめんなさい。攻撃する一瞬だけ何とかひとりで頑張ってほしいの」

「はい、カレン。わたしは大丈夫」


 メイの声は意外にしっかりしていた。

 カレンがシャーリンと目を合わせる。すぐにシャーリンは首を縦に振った。


「わかった。カレンの思うようにやって。わたしたちは構わない。すべてまかせる」




「ザナ?」


 カレンが決意を秘めた目をこちらに向ける。


「……わかった」


 許可は出したものの、カレンはシャーリンの防御と攻撃を直列で使おうとしているらしい。そんなに簡単に切り換えられるのだろうか。


「もう少し近づきたいです。時間との勝負なのでできるだけ高速で降下してください」

「わかった。いいかい、何度も言うけど限界を……」

「わかっています。この船を危険にさらすつもりはありません。その前に何とかします」

「船のことじゃない」

「わかっています」

「フィル、降下率最大。ロールの安定を保つことに集中!」


 カレンは、シャーリンとメイに何か話しかけた。すぐにふたりは目を閉じる。

 降下を再開するなり船体に激しい振動が伝わってくる。


「これで最大。これ以上は無理です」

「よし、攻撃開始。全員最大!」




 すぐに外はまぶしい光のさく裂で何も見えなくなった。こうなってはモニターもまったく役に立たない。

 ペトラの隣に屈んで、破壊作用を全開にする。何度か力を注ぎ込むが手応えがまったく感じられない。

 ペトラが顔を上げてこちらを見ると、首を横に振った。


「距離50」


 メイとシャーリンからうめき声が聞こえた。ギョッとなって見上げると、カレンたち三人の周りの空気が揺らいでいた。

 ふたりの腕のあたりから青白い光が漏れている。


 突然、床下から見える景色がさく裂する光に覆われ、直視できなくなった。メイの悲鳴と同時にシャーリンの絶叫が響き渡る。

 少し目をあけると、金色の光が下からどっと押し寄せてくるのが見えた。防御フィールドが燃え上がり真っ赤に染まった。


 船体が激しく揺さぶられ、いきなり床が急角度に傾く。慌てて床についていた手を振り回すが、何も(つか)まるところがなく背中から倒れていった。床を滑っていき背中が何かに激しくぶつかり息が詰まる。

 足をどこかにぶつけたらしく激痛が走った。


 すぐに手を伸ばし、何とか椅子の足に手を引っかけた。

 大きく息をつき椅子に(つか)まって立ち上がった時、急に音が戻ってきた。

 フィルが何事か叫んでいた。

 しばらくしてやっと何を言っているか理解する。


「ドームの消滅を確認。トランサーの動きなし」

「急速上昇!」

「了解」




 振り返ると、カレンたち三人が床に倒れていた。

 床が水平になるなり()って近づく。三人とも気絶しているようだ。頭を打ったに違いない。シャーリンの顔からは血が流れているのが見える。


 シャーリンとメイの手首からは、何かが燃えたように白いものが立ち上っているのを見てギョッとする。焼け焦げるようなにおいがする。

 ペトラと衛生兵が駆け寄ってきた。


「ダル、カレンを見て。ペトラはシャーリンを」


 メイのそばに膝をつく。

 うつ伏せになっているメイの体をそっと起こし様子を見る。見たところ、手首に火傷(やけど)のあとがある他は、異常はみられない。頭を打っただけだろうか?

 話しかけても返事はないが、脈も呼吸も正常だ。気を失っているだけ。


「シャーリンは?」

「手首の熱傷が(ひど)いです。すぐに手当てしないと。それから顔の傷と後頭部に打撲のあと」


 安堵(あんど)する。シャーリンも気絶しているだけで大丈夫のようだが、手の傷はかなり(ひど)そうだ。




 振り返ってカレンを見る。


「ダル?」

「隊長、心停止です」


 息が一瞬止まった。だめ、だめ、だめ。


「カル!」


 ペトラの悲鳴が聞こえる。

 待って、カレン。いま旅立つのはだめ。

 急いでカレンのそばに移動する。足の自由が利かないのがこんなに不便だとは。


「診断器は?」

「これを見てください」


 ペトラが反対側にぺったりと座って、診断器を(のぞ)き込む。それから、カレンの体をつかむ。


「カル、冗談でしょ、ねえ、カル!」


 ペトラが叫んだ。

 動かないカレンを前にして身動きできなかった。

 背後でしゃべっているフィルの声がとても遠く、途切れ途切れに聞こえる。


「離脱……静止……損傷……」


 どうでもよかった。カレンが死んだ? いやいや、そんなはずはない。でも、診断器が間違うことはない。

 ペトラがこちらを見上げた。その紫色の目が大きく見開かれ、その口が何かを訴えているがまったく耳に入ってこない。


 ああ、わたしはとんでもない大ばか者だ。

 手を握り床を思い切り殴りつけた。




 突然、体を揺さぶられていることに気づき、自分をつかんでいる手を見つめる。


「ザナ、どうにかならないの? ねえ、ザナ!」


 顔を上げると、涙でぐしゃぐしゃのペトラの顔があった。

 どうしろというの? 作用者にとって心停止は最後を意味している。心臓を支配する力髄(りきずい)は自分の作用力でのみ制御でき、医療行為や医術でどうにかすることはできない。


「……川に落とされた時も、おぼれなかったのに。それなのに、どうしてこんなところで……」


 ペトラの言葉に引っかかりを覚えるまで少し間があった。

 彼女の涙まみれの顔を凝視する。


「おぼれなかった?」

「そうだよ。水の中で……ソラは冬眠みたいだったって……」


 冬眠? そうだったのか。

 あらためてカレンに目を向ける。彼女はひとつもち。それなのに第五作用が使える?




 シャーリンの手首の手当てをしていたダルに声をかける。


「ダル、診断器をもう一度使って。今度は時間スケールを最大に広げて」


 軽くうなずいたダルは急いでこちらに来ると、再びカレンの服を開いて広げた。診断器を操作し押し当てる。

 長い間表示を(にら)んでいたダルが、突然息を吸い込むとつぶやいた。


「信じられない」

「どう? まだ動いている?」

「はい。一分に一回ですが」

「そっちに毛布を引いて、三人を運んでちょうだい」


 毛布の上に寝かせられたカレンのそばに座りその腕を両手で包み込み力を注ぐ。

 まったく、むちゃしすぎよ、カレン。

 反対側でペトラが顔を上げた。そのぬれた顔に戸惑ったような笑顔が見えた。


「ザナ? また使い果たしたの?」

「いや、今回はちょっと違う。きっと、防衛本能が働いて体の機能を低下させたのよ。かなり無理をしたみたいだけど、そのうち目覚めるわ。ねえ、カレンの手のひらも火傷しているわ。手当てしてあげて」


 ペトラはうなずくと涙でぐしゃぐしゃになった顔をごしごしと何度もこすった。




 ダルの声が聞こえる。


「隊長、こちらのふたりは火傷が(ひど)いので鎮静剤を投与しました。当分眠った状態になります」

「わかった。座席を倒してその上に寝かせたほうがいい」


 エメラインがカレンのそばにかがみ、その目を動きのない全身に滑らせた。若い顔立ちに深い憂慮が刻み込まれている。

 大きく息を吐いたあとこちらを見る。


「わたしが代わります。隊長は作戦の指揮に集中してください」


 わたしのしていることを理解したということは、エメラインはヒライシャなのか。それでも彼女はカレンに使えるのだろうか。ああ、もしかすると……そういうことか。

 非常に若いように見えるけれどカレンにとっては適材かもしれない。


「代償を伴うことは……」

「はい、わかっています」

「では、お願いするわ」


 渡してくれたつえを使って立ち上がると、代わりにエメラインが座りカレンの手を取った。

 ディードが心配そうにそばに座る。

 エメラインがディードをちらっと見た。


「今度、銃の腕前を見せてください」


 ディードはきょとんとした顔をしたがすぐにうなずいた。


「護衛には必要な能力らしいです」

「今度からわたしも練習することにします。付き合ってくださいな」




 フィルが呼んでいるのに気づき近寄る。


「どうした?」

「これを見てください」


 モニターにはドームが消滅した大地が映っていた。しかし、その中心部にじわじわと黒いものが広がってくるのが見える。


「これは……」

「ドームというか防御壁はなくなったものの、ここに新たなトランサーが次々と現れてきます」

「つまり、ここで生まれているのではなく、よそからここに移動してくるのか?」

「どうやら、そのようです。どのような方法でここに運ばれるのか、とても理解不能ですが……」

「くっ、つまり、攻撃はむだだったということか」


 これは、一種の転移なのか……。

 トランサーが大陸南部を目指していることと関係あるのだろうか。つまり、より近い場所まで運ばれている。


「これじゃあ、いくらここを攻撃してもむだだ」

「ここじゃなかったんでしょうか?」

「どうもそのようだ。何かを見落としたらしい……」


 振り返ってこんこんと眠るカレンを見つめる。

 ここじゃなかった? でもカレンが間違えるはずがない。




「隊長、悪い知らせがあります」


 ため息が出る。ああ、わかっていたよ。今度は何だい?


「飛翔板のうち二枚がかなり損傷しました。高度が維持できていません」

「予備は?」

「一枚だけです、今入れ換えようとしてますが……」

「ああ、わかっている。もっと上の高度ではこの重量だと少しの損傷でも降下するな」

「そうなります」

「つまり……帰れないな」

「そのようです」

「とにかく急いで入れ換えだ。それから、必要ない物は前部捨てろ」

「了解」


 作戦は失敗した。その上、戻ることもできなくなった。


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