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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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146 目的の地へ

 少し前に、また飛翔と防御の担当者が入れ代わった。これほど長時間だと交代要員が多いのはいいことだ。


「何だ? あれは!」


 背後から驚きの声が聞こえ、シャーリンは振り返った。

 空艇は前進するとともに徐々に高度を下げ続けていて、だいぶ前から、海面下を飛行していた。

 後ろには越えてきた壁から続く大地が、緩やかな斜面を形成している。


 全員が驚いたのは、トランサーに埋め尽くされた斜面のいたる所に穴があいていることだった。

 トランサーの流れがその穴の中へと続いている。


 しかも、横穴はどうやら斜面の上のほうまで点々と存在しているようだ。上から見たときは黒一色でわからなかったが、横から見ると、地面に点在する穴がはっきりと視認できる。

 これが、地上まで続いているのか。あまりのことに声が出ない。




「この横穴すべてをトランサーが掘り進んだのか……」


 フィルのつぶやきに見上げる。


「つまり、トランサーが地下を進んでるのは、地表付近だけじゃなくて、この無数の横穴がすべてやつらの進軍経路だってこと?」

「これは……大陸全体の地下部分がどんどん掘って破壊されている」

「それじゃあ、いずれ、地面の下はトランサーだらけになるってことですか?」

「いや、その前に、この大陸の地下はすべて破壊されてしまうな」

「どの国も壁を作って紫黒の海を食い止めてるつもりになっていましたけど、主戦場は地下だった……」

「見てごらん、斜面の上のほうほど穴が多いしどれも大きいようだ」

「ああ、地上付近ほど破壊が進んでいる……そういうことですね?」

「いずれ、この大陸の地下はすべてなくなるな」

「それって、大地が崩壊するという意味ですよね?」

「よくわからない。別に、地下が空洞になったようには見えない。今はまだ……」

「そんな……」



***



 空艇の中は狭い。通常の倍以上の人が乗っている。そのうち何人かは床に座ったままだった。

 それに、しばらく前から船内が熱くなってきた。どんどん降下しているためらしい。とっくに海面下二千メトレを超えたと聞いた。


 カレンはテッサに現所の感知方法を教えているようだ。


「人の作用を閉め出すと、圧力を感じるでしょう」

「そこら中からの圧力で押しつぶされそう」

「少し絞って、()るのじゃなくて聞くようにしてみてください。うまく言えないのですが、中を視るのではなくて全体の流れを捉えるんです。そうするとトランサーの動きが見えてくるはずです」


 しばらく、目を閉じたままブツブツ言っていたテッサは、緊張の解けたような声を出した。


「ああ、少しわかってきたわ」

「その流れを(さかのぼ)るんです。そうすると現所にたどり着く」

「本当だわ。これをたどれば目的地に着くんですね?」

「おそらく。すみませんが、しばらく監視をお願いできますか」


 テッサはわかったと言うように手を上げた。

 カレンが顔を上げてこちらを見た。軽くうなずく。これで、カレンも一休みできるに違いない。



***



 カレンとテッサの案内で、トランサーの現所にたどり着いたのは、午後の半ばだった。すでに薄暗い。


 上空から遠視装置で確認したところ、薄い紫色に光る巨大なドームを発見した。その内部を透視することはできなかったが、その全周から絶え間なくトランサーが吹き出してくることから、ここが目的地であるのは間違いなかった。


 すぐさま、作戦どおりに攻撃を加えた。


 空艇02は二回降下を試みたが、いずれも途中までしか行けなかった。

 二回目は、わたしとメイが防御を担当したが、降下するにつれてすさまじいほどの攻撃を受ける。


 眼下の地面には何重にもトランサーが渦巻いており、無限に供給される大群により、近づくほどに負荷が急上昇する。


 下に長く(とど)まると船内の精気が不足する。どうやらトランサーの破壊活動に精気は必要ないらしいが、作用者にとっては欠かせないもの。

 上空に戻れば精気を船内に取り込めることはわかっているが、あたりに精気が尽きる前に戻る必要があり、これが時間的な縛りになっていた。


 それ以上進めないと判断した高度で速射砲と攻撃者による集中攻撃で突破を試みたがむだだった。ザナとペトラの破壊をもってしても紫の巨大ドームはビクともしない。

 今は上空に戻って待機している。


「こちらの防御力では突破できないな」

「どうしてあんなに群がってくるんだろう。この高度までは追ってこないのに」


 二回目は一回目よりは下まで行けたが、目標位置までは遠すぎて効果的な攻撃ができなかった。




 ずっと黙ったままでいたカレンが突然口を開いた。


「ザナ、今度はわたしに試させてください」


 ザナは困ったようにカレンを見つめた。


「あまり気乗りはしないのだけど、他に手段はなさそうね」

「そのためにわたしはここに来ているのだから」

「道案内がカレンの役割だと思うけど」


 カレンはぐっと顔を上げてザナを見つめた。


「いいえ、わたしにはまだできることがあります」


 ザナがしぶしぶうなずくのが見えた。


「でも、約束して。引き際を……」

「わかっています、ザナ。同じ過ちはしませんから」


 許可がおりるとカレンはこちらを向いた。


「メイ、シャル。手を貸してもらえる?」

「どうするの?」

「船の防御フィールドを強化してみたい」


 カレンは手を伸ばした。


「強化?」


 ああ、そうか。また、あれをやるつもり? ザナもわかっているみたいだし、きっとそうに違いない。

 でも問題がある。一応、確認のため、カレンの耳に口を寄せた。


「ここでまた、服を脱ぐんじゃないよね?」


 カレンが驚いたように目を(またた)いた。

 突然、後ろから声がした。


「服を脱ぐ?」


 カレンにだけ聞こえるように小声で言ったつもりだったが、ペトラがいつの間にかすぐそばに来ていたようだ。

 ペトラの声は小さかったが、静かな船内では異様に響いた。皆が一斉にこちらを見る。


 カレンの声が上ずった。


「シャル、人聞きの悪いこと言わないで。この前だって、別に脱いだわけじゃないでしょ。ちょっとめくっただけよ」

「ちょっと? ああ、ごめん、悪かった。カルが気にしないのはわかっているけど、ここは狭いし男どもが大勢いるし、やめたほうが……」

「ねえ、シャル、何か勘違いして……」


 その声をかき消すように、ペトラの口調が鋭くなった。


「ねえ、カル、何をする気なの?」

「まあ、クリスが見てしまったから、もうどうでもいいか……」


 そう自分に納得させる。

 すぐにペトラの声の険しさが増した。


「つまり、クリスもカルの裸を見たってことね?」


 そう確認しながらクリスを(にら)む。これはまずい。

 クリスが慌てて首を振るのが見えた。


「誤解ですよ、ペトラ。わたしは何も見ていませんから」

「わたしは裸になんかなっていません。上だけだし」


 本当に見ないようにしていたのか。疲れてうなだれていたんじゃなくて……。

 しかし、ペトラは容赦なかった。


「それじゃ、ディードと同じじゃない……」

「ディード? そりゃ何の話だ?」


 顔を上げてディードの姿を探す。離れた所にいる彼を発見したが、目を合わせる前にさっと後ろを向いた。いったい何があったの?

 顔をカレンに戻すと、いつの間にか頬が染まっていた。かなり怒っているみたい。


「ねえ、ふたりともいい加減にして!」


 カレンは本当に頭にきているようだ。


「それに、今回はふたりだけでしょ。だから、脱ぐ必要なんて全然ないし……」


 ペトラが口を開くのが見えるなり、慌てて付け加えるのが聞こえた。


「もちろん、この前も脱いでいませんからね。本当に」


 カレンはペトラの前で何度も指を振り回した。




 えっ? ふたり?


「あ、そうか」


 今回は両手を使うだけか。そうだよね。中央の防御席は二つだ。

 顔を上げて見回す。まずい。どうやら大勢の人に誤解を与えてしまったようだ。


 クリスも困っているようだし、ディードが何をしたのか知らないけれど、なぜか否定しようともしない。

 首を何度も振る。まあ、いいか。何もなかったわけだし。


「カル、準備はいいよ」


 防御席の片側に座ると片手をレンダーグローブに入れ、反対側の手をゆっくりとカレンに差し出した。


 横を見ると反対の席についたメイがクスクス笑いながら同じように片手を差し出すのが見えた。

 何か楽しそう。ここがどこで何をしようとしているのか忘れてしまいそうなのが恐ろしい。


 突然、カレンに手首をがしっと(つか)まれぐいと引かれた。痛いよ。そこ、前に怪我(けが)したところ。これは、相当に怒っているらしい。

 ペトラだけは相変わらずこちらを(にら)んでいた。肩をすくめるしかなかった。


 今回は、わたしもメイも何ら問題ない。カレンが代わりに力を発動するわけではない。

 おそらく、庇車(ひしゃ)の中で行われていることを再現しようとしているに違いない。庇車では、大勢の精分の供給者にメデイシャ、精気を集める道具立てとイグナイシャ、そして防御者が連携することで、あの強大なフィールドが作られる。


 あれと同じ連携作用がここで実現できればいいはずだが、このような小さな空艇の中に、庇車と同じものを詰め込むのは到底不可能だろう。


 カレンは、それと同じようなことを小規模に実行しようと考えているようだ。機械に頼らずに。

 彼女ならできそうだという確信があった。


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