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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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144 紫黒の奥へ

「ロメルのお嬢さまではないですか」


 大きな声にカレンは振り向いた。

 セスがびっくりした顔でメイを見ていた。彼に続いてフィルが部屋に入ってくる。

 メイはさっと振り返ると、知った人を発見したようで破顔した。


「あら、セスじゃない。お久しぶりです」

「驚きました。どうしてこんな場所にいらしたのですか?」

「えーと、それは……」


 彼女はこちらに助けを求めるように視線を送ってきた。

 あれ? ザナは知らせていなかったのかしら?


「明日行う作戦に必要なので来てもらった」


 そう言ったザナのほうを向くセスの声がまた高くなる。


「えっ? ウルブからひとり来るというのは、メイさんのことだったんですか?」

「言わなかった?」




 セスは激しくかぶりを振った。


「でも、ロメルの跡継ぎですよ。どうして、メイさんが軍事作戦に参加するんです?」

「昨日、説明したぞ。これは混成軍独自の作戦だ。トランサーの本拠地を発見して排除するのが目的だから、作用力の強い人たちにお願いして来てもらった。それに、ここにいる全員が作用者としての軍籍はある」


 わたしはないですけれどね。


「それは聞きましたけど、それが、まさか……」


 ザナは構わず話を進めた。


「フィル、こちらは、ウルブ1から来てもらったロメルのメイ。オリエノールのシャーリン国子(こくし)と、すでに来たことのあるペトラ国子とカレンを加えた四名に手伝ってもらうことになった。もちろん、クリスとディードとエメラインの三名も作戦に加わってもらう許可が出ている。乗員はすでに通達したとおり。この作戦で、我々が失った時間を取り戻す」


 フィルとセスは姿勢をさっと正して一つうなずいた。




「おい、セス。おまえ、ロメルとのお付き合いがあるのか?」

「滅相もない。ただ、存じ上げているだけですよ」

「セスはいつからこちらでお勤めされているのですか?」

「もうすぐ二年になります」

「確か、セスはウルブ3の北の丘にお住まいでしたね?」

「よく、覚えてらっしゃいますね」

「わたしの仕事ですから」


 ザナがこちらに向かって手を振った。


「さあ、明日の出発は早い。すぐに休んでください。シャーリンとクリスはもう居住棟にいるはずです」

「はい、わかりました」



***



 翌日も雲一つなく晴れ渡り、朝の冷え込みはかなりのものだった。こうして外に出ると、日の出直後とあって太陽の温もりがまったく感じられない。


 昨晩支給されたオリエノール力軍の制服を初めて着た。

 ひらひらの服とはお別れして、クリスやディードと同じ服装である。見た目よりは暖かい。


 隣に立つペトラも同じ服を着ていたが、少し大きすぎるようだ。これでも一番小さいサイズらしい。スカスカするのか寒いのか両手を体にぎゅっと巻き付けていた。


 突然、袖をぐいっと引っ張られた。


「ねえ、カル」

「どうしたの?」

「本当にトランサーの出現場所がわかるの?」

「どうやら、そういうことらしいわ。でも、実際にあの上に行ってみないとわからない」

「見つけたあとはどうするの?」


 後ろからシャーリンの声がした。


「もちろん破壊する。それ以外にどうするっていうのさ?」

「近づくのさえ大変なように思うけど」


 ペトラの意見はもっともだった。


「うーん、そうだな。この前、あれだけ苦戦したからなあ。船の武器を同時に使っても時間がかかるかも」

「それだから、01と02で行くことになったのでしょ」


 前衛が上からの援護攻撃で本船の負荷を減らすというのが作戦のようだけれど、それ以外にもトランサーの注意をそらすための投下物が大量に積み込まれることになっている。



***



 空艇は飛び立つと高度をひたすら上げた。限界まで上昇したところでやっと前進を開始する。


 しばらくすると、前方に光のちらつきが見えてくる。遠くからではフィールドの場所がはっきりとは確認できなかった。

 近づいてその上を越えるときには、本来の茶色い大地と黒い海の境目として認識された。


 そこからの行く先には、吸い込まれそうな黒い地面がどこまでも続いていた。しかも、先のほうは徐々に落ち込む斜面になっているように見える。

 このようにどこまでもただ一面黒いと距離感がまったくなくなる。どのくらいの高度を飛んでいるのかも、飛行速度もよくわからない。




 しばらくして、外の景色から目を引き剥がしてフィルに話しかける。


「どうして、向こうに行くほど下がっているんですか?」

「トランサーはただ地面の上を移動してるだけじゃない。自分たちの進む地面を破壊してるんだよ。だから、トランサーが通るたびに地面は削られてどんどん低くなる」

「ということは、トランサーが出てくるあたりが一番低くなっているということですか?」

「それはわからないが、とにかく、ここからしばらくはどんどん低くなる。ある程度下がるとあとはほぼ平らになっているという話だ。本当かどうかわからないがね。とにかく、大陸のかなりの部分が、千とか二千とか、あるいはもっとえぐられているのは確からしい」

「そんなに? つまり、この大陸の内陸はすり鉢状になっているということですね?」

「どちらかというと、縁が一段立ち上がった平皿といった感じだろう。もはや大陸はかなりの部分が海面より低いってことになるな」

「それじゃあ……」

「そう、やつらが海岸までたどり着けば、全土が海面下になる。海岸線を除いてね。縁だけ残した巨大な円盤のようになるかも。そのあとは、いずれどこかが決壊する」

「決壊したら、海が流れ込んでくる」

「そう、でも、そうなるのはずっと先だろう。海岸近くまで浸食が進んだ時だ」

「でも、それって、トランサーは水を避けるから、そうならないのでは」


 逆に、どこかを決壊させて、海の水を流し込めば……。




「ああ、海を引き込めばいいと考えただろ?」


 驚いてフィルの顔を見つめる。


「あ、はい。わかります?」

「ああ、これを見たあとには、誰もがそう考える。実際にも、どこかの海岸から海の水を引き込むというのはまじめに考えられたことがあった」

「では、どうして?」

「トランサーはあらゆる方向に進んでるけど、実は南に一番広がっている。北や東西は海岸までまだまだ遠い。今のペースで進んでも南の海岸にたどり着くのが若干早いだろうね」


 考えてもみなかった。どうしてだろう?


「本当ですか? 壁がない方向にはどんどん進んでいると思っていました」

「そうだな。妙なことにそっちにはあまり進んでないようだ」

「どうして、南なんですか? 壁があるから進む速度は遅いのでしょう?」

「やっぱり、おいしいものがある方向に進むってことじゃないのかなあ」

「つまり、人がトランサーを引き寄せているってことですね?」

「そうかもしれないし違うかもしれない。人じゃなくて森とか作物とか鉱山かも。それとも単に南に進みたいだけ? いずれにしても海を味方にする作戦は、自分たちの土地と引き換えでもないと成立しないんだよ」

「はい」


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