142 発見と後悔
「だいたい、わかったわ」
ザナが言うと、すぐにカレンが椅子を回してこちらを向いた。
「そこに書いてありますよね? わたしたち四人に課せられた内容が」
「さっきの話だけど、あれは違います」
「えっ? でも、ミアがいないと、そこに書かれていることは成り立たない……」
「カレン、あなた自身についても、このエレインが期待していたようにはいかなかった」
「はい、そうです。確かに、この中途半端な作用力と、まるで使い物にならないわずかの記憶。残されたのはそれだけです」
「ミアはいなくなったけど、シャーリンとメイがいる。それに……」
カレンはハッとしたようにこちらを見た。
「そうでした。ザナとペトラがいます」
「まあ、この中では、わたしとペトラは想定されていないけど。でも、ミアがいなくなり、子どもたちが力覚していない状態では、わたしたちだけでなく、大勢の作用者の力を結束しないと、ここに書かれていることを実行できない」
「でも、できるのでしょうか? 普通の作用者たちで」
「前にも言ったと思うけど、力覚したからといって、今より強くなるとは限らない」
「それはそうですけど、少なくともずっと有利になる可能性があった」
カレンはため息をついた。
「わたしがもっとまともなら……。ほかの人を力覚できたなら……」
「カレン、あなたの力は自分で理解している以上の意味があるの」
「えっ? わたしがまともに使えるのは感知だけで……」
「その感知がこの目的地の特定に必要と書かれている。それに、あなたの特質はいくつもの作用力を持つことや力覚させることではなく、同調力にあるのだから」
「さっきもそう言っていましたね」
「ええ。あなたはこの前、そうやって難局を乗り越えた」
カレンの顔にはまだ戸惑いが感じられる。
えっ? 自分が何をしているか理解していなかったの? 思わず首を何度も振る。
別の観点から話を続ける。
「これは、もともとは、少人数で行く作戦だったようね」
「ええ、向こうに格納庫があって、そこに小型の空艇があるんです。たぶん、それを使うことを考えていたのだと思います」
「ああ、確かにそうね。小さい船のほうがトランサーへの刺激が少ないし、その場所までたどり着くのが容易になる可能性は高い。でも、あなたが場所さえ特定できれば、あとは、持てる全力で攻撃すればいいのだから。そうでしょう?」
「はい」
母はエレインに忠実だった。でも、一部の人たちだけで何とかしようと考えるのは間違っている。これは、この地に住まう皆が考えることだし、紫黒の海に立ち向かうのは全員の責任だ。
「ウルブ7に戻ったら、アレックスにこのことを話して、作戦計画を立てることにします」
「はい」
「これで、トランサーの侵攻を止められればいいし、だめでもこれ以上失うものはない」
「はい、確かにそうですね。わかりました」
エレインの記録を閉じてカレンに差し出す。
「これを全部読んだのなら、しまって置いたほうがいい」
カレンは帳面を受け取ってうなずいた。
「エレインの部屋の……鍵のかかる棚に入れておきます。必要になったら見てください」
「わかった」
「あのー、幻精に助けてもらうことはできないでしょうか?」
「それは無理よ。幻精たちが、というかレイが、この世界の行く末に干渉することはない。シルは絶対に守るだろうけど」
「でも、わたしの頼みを聞いてくれたりしますけれど」
「個人的な付き合いは普通にしてくれるし、シルの意思に反しなければ頼み事だって聞いてくれる。その代わり向こうもこちらのことを知りたがるし、話好きだし、しつこく首を突っ込んでくる。その程度よ。シルの助けを期待してはいけない。わたしたちを気にかけてはくれるだろうけど、たとえば死から守ってくれることは絶対にないわ」
「それでは、わたしが死んだらどうなるのですか? そのあと誰かほかの人を見つけて、その人と付き合うのですか?」
「まあ、そういうこともないとは言えないけれど、普通は、その前にあなたの近しい人と関係を作っておく」
「ああ、そうですか」
カレンは素直にうなずいたが、そのあとハッとしたように顔を上げた。
「ちょっと待ってください。ということは……」
カレンはまた考え込んでしまった。
「他にも、ここで何か見つけた?」
「ええ、実は日記の山を。でも、あのカイルという人に全部破壊されてしまいました。きれいさっぱりと」
カレンが苦笑するのを見て少し驚いた。自分の大事な記録をなくしたのなら……もっと落ち込むはずだ。
「そうでしたか。それは……大変お気の毒です」
「あれがあれば、わたしは……いろいろと……」
震える声にカレンを見ると、今度は涙を浮かべていた。
「いつも失敗ばかりで、どんどん、大事なものが失われていくんです」
彼女から嗚咽が漏れてくる。
「すごく悔しいです。何もできない自分が。それに、これ以上何かを失ったらと思うと怖くて恐ろしくて……わたし、もうだめです」
すがりつくような目から涙がどんどん溢れてきた。
こんな儚げな娘にわたしたちは大変な責務を負わせている。どう考えても正しいこととは思えない。それでも彼女の代わりは誰にも務まらない。
「いいですか?」
そう言いながら伸ばしてきた両手を引き寄せる。華奢な体が小刻みに震えだした。背中に手を回してしっかりと抱きしめる。
今のわたしには何もしてあげられない。カレンの思いを受け止めることしかできないのがとても情けない。
そのまま彼女の気持ちが落ち着くのをじっと待つ。
シアがポンと現れた。
「カレンの記録は重要じゃない」
カレンがはじけたように体を起こすとシアをまじまじと見つめた。
「カレンにとって意味のあることは、記憶に取り込まれた行動であって、紙に書かれた記録はまったく意味がない」
シアは人のように慰めるつもりかもしれないけれど、これでは逆効果だ。カレンの顔には悲嘆しか見えない。
「わたしの記憶の拠り所なのよ」
「紙の上の情報は記憶にはなり得ない」
「でも、日記を読めば思い出すわ」
「それは違う。記憶にないことを思い出すことはない。それはカレンにもわかってるはず」
また光るものでいっぱいになった深い茶色の目が大きくなる。溢れた涙がどっと流れ落ちた。
「それに、カレンの記憶はほんのわずかしかないから、正しい行動の規範にはならない。失敗するのは当然だから気にする必要もない」
カレンは涙でぐしゃぐしゃの顔をゆがめた。
「シア、それ、ちっとも慰めにならない」
「あたしは慰めを提供しようとは思ってないよ。単に、カレンは日記があってもなくても変わらないよ、と言いたかっただけ」
カレンは両方の腕で止まらない涙をしきりに拭っていた。
「こんなしょっぱいの初めて……」
シアがなぜか飛び上がってカレンの顔を流れる涙に小さな手を伸ばした。
「なるほど、おもしろい」
カレンは再び泣き出し、シアはなぜか空中で固まっていた。
シアを軽く睨んだあと、もう一度、細い腰を引き寄せた。震える髪に顎をつけたまま思いを口にする。
「今は、好きなだけ、思い切り泣くといいです。失敗したこと、悔しい気持ち、失ったもの、やるせない想い、そのすべてが次に向けての力になる、きっと」
こもった嗚咽が聞こえた。
「そんなこと言われても……」
「子どもの時に、大事な人からそう教わりました」
カレンがピクッとするのを感じた。彼女の頭をゆっくりと撫でる。
「ザナ、わたしはあなたを忘れたくない、二度と」
「わかっています。わたしも、カレンのことを忘れたりしません」
「どうすれば、忘れないでいられますか?」
「大丈夫。忘れる前に何度でも思い出させてあげます」
「ほんとですよ?」
「はい。わたしはあなたの守り手だから、あなたの心の寄る辺、帰る場所も守ります」




