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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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141 ケタリ

 左手を足にそっとあてがい医術を施すペトラを眺めながら、ザナは昔のことを考えていた。難しい顔をしながら作業する様子に、知らず知らずのうちに笑みが浮かんでくる。


 ペトラが手を離してこちらを見上げた。

 すぐに笑顔を引っ込め、まじめな顔を作る。


「ザナ、いま何を考えてたの? 笑っていたでしょ」

「そーお? ちょっと、子どもの頃のことを思い出してね」

「ザナの子ども時代? 何か想像できないなあ」


 そう言いながら頭を戻すとテーブルの上から診断器を持ち上げ準備を始めた。


「小さい頃にね、喧嘩(けんか)をして傷を作って帰ってきたことがあってね。その時、今のペトラと同じように一所懸命治してくれたの。ペトラが同じようにしてくれるのが懐かしくて」

「ふーん、そうなんだ」


 誰が、とは聞かれなかった。

 代わりに近況を教えてくれる。


「ロメルの人たち、ああ、つまりメイのとこの(いか)つい人たちね。彼らが昨日(きのう)の夜にここに来たんだよ。今も厨房(ちゅうぼう)でせっせと働いてる。あとで、ごちそうを持ってくるね。それに、壊された玄関もあっという間に直してくれた。みんな手際がいいの」

「そいつはすごい。そんな便利な人たちをこっちに置いていくとは……何というか、それだけ、メイは信頼されているってことだね」

「うん、驚いた」


 ペトラは診断器をかたづけながら言う。


「順調です。特に問題はないようです。ほっとしました。痛みはどうですか?」


 少し動かしてみる。


昨日(きのう)ほどじゃない。すごいね、ペトラは」

「えへへ。よかった。さっき、アレックスと話をして、明日迎えの空艇を送ってもらえるようにお願いしておきました」

「ありがとう、ペトラ」

「どういたしまして。わたし、図書室にいますので何かあったらそこの呼び鈴で呼んでください」

「図書室?」

「そうなんです。見たことがない古い本がいろいろあって、作用力のこととか、あと、技術書がたくさん、それに医術の本も何冊もあって、ここで暮らしたいくらい」

「へーえ」


 エレインの図書室か。



***



 ぼんやり考え事をしていると、ガラスに人影が映るのが見えた。扉を引いて入ってきたのはカレンだった。

 その姿を見てハッとする。目の前の服に見覚えがあった。

 じっと見ていると、カレンが言った。


「これ、いいでしょう? どうですか?」


 体をくるっと回すと薄手の服の裾が(ひるがえ)り、空中に薄い緑と橙の軌跡が描かれた。

 こちらを探るようにじっと見つめる目に心が揺さぶられる。


 カレンにしては見え透いている。どうやらここで、いろいろと発見があったらしい。記憶に進展があったのだといいけれど。


 素直に感想を述べる。


「すてきな服」

「ええ、これを着れば、昔のことを思い出すかと思ったのですけれど、残念ながらそれはありませんでした」


 あまりにもあっさりとした答えが返ってきた。


 がっかりしたのが顔に出ないように努力する。

 やはり、だめだったのか。()けは失敗だった。とても残念でならない。母の予想どおりだった。

 また、初めから築き上げるのは少し悲しい。その時間も足りない。




「あのー、お聞きしたいことがあります」


 こちらをまっすぐに見る。少しだけ期待が高まる。


「以前にこのあたりに住んでいたこと、ありますか?」


 えっ? そっちのほう?


「たとえば、ウルブ6の街中とか?」

「そうね。子どもの頃にしばらく下に住んでいました」

「そうですか……」

「それが、どうかしたの?」

「シャーリンの母親は誰ですか?」

「突然、何を言いだすの?」

「つまり、あの()の母親のことです」

「……答えられません」

「つまり、知っていたのですね?」

「あのね、カレン。前にも言ったと思うけど……」

「はい、わかっています。でも、いいんです。答えはわかりましたから……」


 しばらく黙り込む。他に何を発見したのかしら?




「わたしは……力覚(りきかく)者なのですか?」

「ええ、そうよ」


 ハルマンだけでなくイリマーンにも知られてしまった。


「もし、わたしが力覚者なら……」

「そう。力覚者は子どもを力覚できる」

「どうやれば……力覚するんですか」

「親とつながれば自然と道が開かれるの」

「わたしは親ではないですけれど、双子なら同じように……」


 首を横に振る。


「わたしもそう思っていた。カレンはシャーリンやメイとつながって力を使ったでしょ。でも、ふたりとも力覚したようには見えない」

「どうしてですか?」

「わたしにはわからない。双子だとしても違いはあるのかもしれない。あるいは時間とともに何かを失ったのかもしれない」


 カレンは思案顔のままゆっくりとうなずいた。




「ケタリって何のことですか? ケタリシャのことですか?」


 誰に聞いたのかしら。


「カイル?」


 カレンは首を横に振った。


「イオナです。ケタリなのかどうか見にきたと言われました」

「そう……」


 彼女はカレンに対して何もしなかった。

 もともと、イリマーンが確保するのを手伝うとは思えない。彼女もまた確保しようとしているのか。それとも、ひとつもちのケタリに疑問を持っているのかしら?


「教えてください」

「ケタリシャというのは、普通は特に強い作用力を持つ人たちのことを指す。権威ある者もそうね。中でも強い感知者は特別なの。感索者とも言われる。相手の精華を見極められる」

「精華? つまり相手の力の度合い……」

「それに、承氏(しょうし)継氏(けいし)もわかる」

「でも、それは両親の……」

「とは限らない。実子でない場合は権威ある者の見立てが必要よ」




「それではケタリというのは……」

「ケタリはケタリシャのことではないの。どうやらちまたでは同じだと思われている節があるけど」


 カレンが理解できないというように首を(かし)げた。


「西の国でケタリと言えば、同調者のことよ」

「同調者?」

「ええ、同調者はほかの人の作用力に介入できる」

「えっ?」

「カレン、あなたはひとつもちに見られているようだけど、実際は、ほかの作用を制御できるでしょ。たとえば、ペトラに二つ目の作用を誘導できた。ほかの防御者に力を注げた」

「ちょっと待ってください、ザナ。それ、どういうことですか?」

「別の作用者と連携できるということ」


 こちらをじっと見るカレンは、しばらくたってぽつりと言った。


「ケイトもケタリだったのですか?」

「ええ」




「あの、これ、見てもらえますか?」


 突然、カレンは小さな筆記帳をこちらに差し出した。


「それは?」

「ここで見つけました。たぶん、エレインの……記録です」

「見てもいいのですか?」


 カレンはうなずいた。


「これには、エレインたちが考えたトランサーに対抗する方法が書かれています。でも、わたしは、エレインの考えを台なしにしてしまいました」


 カレンは口をぎゅっと結んだが、すぐに話を再開した。その声にはわずかに震えが混じっていた。


「わたしたち四人が……」


 カレンを見上げ手を振って制する。


「ちょっと待って。まず、この中身を読ませて。話はそれからにしましょう。どこに書いてあるの?」

「そうでした、すみません」


 カレンは帳面をパラパラとめくって広げるとこちらに差し出した。


「ここです」

「それじゃあ、突っ立っていないでそこに座ってちょうだい。目の前で見下ろされていると気になって読めない」


 カレンはおとなしく壁際の机の前に座り、備品棚を調べ始めた。

 手の中の資料に意識を集中する。


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