139 事実と向き合う
「メイ! アレックス!」
カレンは大声で呼びかけたが、ふたりはすでにこちらに気づいて立ち止まっていた。
ペトラが急に声を上げた。
「シャル!」
シャーリンがアレックスの背中でもぞもぞと動くのが見えた。
しきりに何か話していたかと思うと、滑り降りたシャーリンはメイの肩に掴まって皆が近づくのを待つ。
早足で追いつくなり、一歩前に出たペトラが小声で言った。
「へへー?」
その顔が少しニヤけている。
「なに?」
シャーリンが顔をしかめると、すぐにペトラの顔はまじめな表情に戻った。
「シャル、早くこの車に乗って」
「あ、うん、助かったよ」
シャーリンはこちらを見て顔をしかめたが、何も言わずにメイの手助けで車に滑り込む。車の後ろに寝かせられているザナに気づいたメイは、青ざめた顔をこちらに向けた。
車が再び動き出すと、カレンはすでに歩き出していたペトラとメイを小走りで追った。振り返ると、アレックスがクリスと深刻そうな顔で話しているのが見える。
「また、足を怪我したの?」
ペトラがこちらを向いているのに気づき、目を下に向け自分の足を確認する。少し出血しているのが見えたとたんに痛みがぶり返してきた。
「あとで診るから。それまで我慢してね」
こくりとうなずく。
ペトラの訓練に貢献しているのがいいことなのかどうかと考えていると、次の質問が飛んできた。
「カル、どうしてシャルは怪我したの?」
こちらをじっと見ているのに気づき目をそらす。
「えーと、それはね……撃たれたの。確か肩と足を。全部わたしが悪いの」
「えっ? どうして?」
すかさず向こう側からメイが答えた。
「わたしが撃ったの」
さっと反対を向いたペトラとメイは目を合わせた。
「強制者?」
うなずくメイの手をぐっと握ったペトラは、
「でも、シャルはさほど具合は悪くなさそうね」
「はい。アレックスが言うには、しばらく動かないようにすれば大丈夫だそうです」
動かないようにと言われたのに、ここまで出てくるとは、言っていることと違うじゃないの。
「わたしが持たされたのが普通の銃でよかった……」
貫通弾を使われていたら、と思うと背中に冷気が走った。フィオナが血の海に倒れていた光景が目の前に再現される。
記憶力は忘れたい光景も鮮明に蘇らせてしまう。その後も小刻みな震えが止まらない。きっと寒いせいだ。
「わかった。ザナのほうが終わったら診るから」
「ありがとう。もっと酷いことにならなくてよかった。もう少しで……」
「ごめんなさい、メイ。また、ふたりに惨いことをしてしまった……。同じ間違いを何度も繰り返して、わたしは本当にどうしようもないばかだわ」
メイはペトラの手を離し、反対側にやって来ると、その手が伸びてきて腰に回された。
「そんなこと、絶対にない」
こちらを見る顔が何度も横に振られる。
「それより、カレンが無事でよかった。本当に……」
その顔に目をやると少し涙ぐんでいる。つられてこちらも泣きそうになる。慌てて頭を何度も振った。
「だいたい、どうして、こんなところまで来たの?」
メイは首を動かすと話し始めた。
「アレックスが船と連絡を取りたいと言ったの。格納庫には通信設備があるんだけど扉が閉まっていて。カレンがいないとあそこに入れないでしょ」
奥に入る大扉を閉じたのを思い出す。でも、彼らにあそこを見られないほうがよかったはず。
「しょうがないので、通信塔まで行ってそこから直接連絡することにしたの」
「だからって、シャーリンまで行く必要あったの?」
「怪我しているシャーリンを連れ出すのには反対したんだけど、シャーリンは自分が行く必要があると主張して。ほら、通信塔に入るにはシャーリンのが必要だから」
メイは自分の胸を押さえた。
「ああ、なるほど。でも、よく気がついたわね」
「家に入る時にそうだったから。当然、ほかの建屋もと考えるのが自然でしょ」
「それなら、格納庫に入る扉も何とかなりそうだけど……」
「あっちは、これじゃないから」
「ああ、それは何とかしないとだめね……」
ほかの人も格納庫に入れるようにする方法があるはず。あとで調べてみよう。
道がよくなると車は速度を上げて進み、歩いていた人たちは遅れないように走った。
家の前に車をつけると、ザナを急いで医務室に運び込んだ。
建物の中に入ってからは、ペトラがきょろきょろしっぱなしだ。
「すごいとこだね」
すぐに図書室の存在を発見し目を輝かせるのが見えた。
医務室の棚をあさって必要な物を取り出して机に並べるとペトラは宣言した。
「それじゃ、始めるわ」
足に巻かれた服を慎重に広げると、診断器を使って調べ始めた。その手際のよさに感心する。ペトラはすっかり医術者が板についてきたようだ。
ペトラの手が止まりちょっと息を呑んだ。
「これは……かなり酷い」
診断器を机の上に置くと、ザナの足をしばらく睨んでいたが、顔を上げてこちらを見た。
「カル、手伝ってもらえる?」
すぐにうなずく。
誰が見ても、このぐちゃぐちゃの塊がまずい状態であることはわかる。よくばらばらにならずにここまで戻ってくることができた。クリスの応急処置と縛り方がよかったためだわ。
渋い表情でじっと見ていたアレックスが質問した。
「ペトラ、どうですか?」
「はい、アレックス。これから……治療します。できるだけ元どおりに」
「でも、医術を施すには……」
「大丈夫です」
ペトラはアレックスをぐっと見上げた。
「わたしを信用していただけますか?」
すぐに答えが返ってきた。
「もちろんです」
ペトラはうなずくなり大声を出した。
「それじゃ、みんな外に出て。全員よ。これから治療するんだから……」
クリスが驚いたように声を出す。
「でも、誰か手伝いが必要……」
「大丈夫。わたしにまかせて。それに、カレンがいるから大丈夫よ。心配しないで、クリス。ちゃんと治すから……ね?」
クリスはしぶしぶうなずくと、ザナのほうを心配そうに見ながら最後に部屋をあとにした。
「それで、どうなの? ひとりでできそう?」
ペトラは少し怒った顔を見せた。
「だめだから、カルに残ってもらったんじゃない。まだできないの。この前と同じようにお願い。でないと……わたしにはとても無理……」
ペトラの隣に移動し、左手をペトラに渡す。その手が冷たいのにびっくりした。
ちょっとだけ微笑んだペトラはすぐにまじめな顔に戻り目を閉じると、反対側の手を上げた。
少し考えたあと、右手でザナの手首をそっと包んだ。こっちもとても冷たい。
頑張って、ペトラ。今度は、わたしたちがザナを助けないと。足を失うようなことになっては絶対にだめ。
***
長い医術が終わる頃には、ザナの意識が戻ってきた。
しばらく閉じた目をヒクヒクさせていたが、やがてそれも治まり再び目を開いた。
体を起こそうとしたので、ペトラは手で押さえて首を振った。
ため息をついたザナは動くのを諦めた。その代わりに口を動かす。
「ここは?」
ペトラがこちらを見た。彼女の代わりに答える。
「エレインの家です」
かすかにうなずいたザナはささやいた。
「このしょうもない足の状態はどうなの?」
「もう大丈夫だと思うのですが、全部の指の感覚はありますか?」
しばらくして小声が返ってきた。
「ええ、ちゃんと。ありがとう、ペトラ。それに、カレン、ふたりに助けられたわね」
「当然です、ザナ。治せなかったら絶対に自分を許せませんから」
はっきりと言うペトラにザナは少し目を大きくした。
「あなたはやはり特別だわ」
「どういう意味でしょうか、ザナ……でも、とにかくうれしいです、お役に立てて。あ、でも、これの大部分はカレンがしてくれたことなので。わたしは、それほど自慢できないのですけど」
その言い方にあきれてペトラを眺める。
「ザナの前だからってそんなに謙遜しなくてもいいのよ。実際、医術を行い、治したのはあなたなのだから」
ザナは微笑んだが、そのあと顔をしかめた。麻酔が効いていても相当痛いに違いない。
「そうね、カレンが手伝ってくれたとしても、医術の手となったのはペトラ、あなたなの。とにかく感謝するわ」
「はい」
褒められてうれしそうなペトラは続けた。
「アレックスとクリスを呼んできますね」
ザナは眉を上げた。
「どうしてそのふたりなの」
「もちろん、ほかの人にも知らせますけど。ふたりともずっとそこで待ってるようなので」
ガラス扉を見るとその外で行ったり来たりしている影が見えた。
ペトラが扉を開いたとたんにふたりが入ってきた。
部屋の外に出ようとするとペトラに手を引っ張られた。座るようにと壁際の椅子を指す。おとなしく腰を降ろすと、足に手当てがすばやく施された。
「これでよしと。次はシャルね」
ペトラは、テーブルの上に残っていた包帯やら薬をつかむと小さなかごにどんどん入れた。また手を引っ張られて一緒に医務室を出る。
居間を通りすぎ、反対側にある客間に向かう。ベッドに横になっていたシャーリンのそばにかがんだペトラは通常の医療行為を始めた。
「カルはもういいよ。少し寝たほうがいい。休養を取らないとまた倒れるよ」
ペトラの指摘はごもっともだ。言われなくても、すごく疲れているのがわかる。居間に戻りソファにドンと腰を落とした。
とても消耗しているような気がする。気を失うほどではないけれど。この前はそれほどでもなかったのに。どうしてかしら? フィオナの時よりずっと簡単な医術だったのに……。




