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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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138 ああ、どうしよう

 ザナの隣にうずくまっていたクリスが頭を動かすのが見えた。その瞬間、白い船から光が発せられた。

 クリスがザナに飛びつくのが見えたと思った瞬間、ふたりが視界から消えた。


 その光景にカレンは息が詰まった。

 急いで探るが感じ取れないことで、全身から血が引いていくのを感じ、さらなる冷気に襲われる。


 必死に走りながら振り返る。カイルたちが、反対側の斜面を登っていくのが見えた。

 頭上を船がキーンという甲高い音とともに通過していく。




 斜面を駆け上がりてっぺんに着くなりふたりがいたところを探す。ザナとクリスが斜面の下に倒れていた。

 ああ、どうしよう。坂を滑るように駆け下りる。急いでふたりのそばに膝をついたが、息もできずにしばらく()き込む。


 その間に、クリスが身じろぎを見せたあとすぐに起き上がった。ザナのほうを見て息を呑むのが感じられる。


「クリス、大丈夫? ザナは?」


 声が裏返った。

 ザナはクリスの向こう側に倒れたままだ。彼がかがみ込むのが見えた。


「足に直撃を受けたようだ。出血を止めないと」


 すぐに両手で足を包み込むように押さえる。その手はすでに血まみれだった。どうやら腰のあたりも怪我(けが)しているようだ。




 ああ、ザナ、どうしよう?

 そうだ、とにかく止血。クリスは両手で足を押さえていて身動きできないし、わたしは何も持っていない。


 クリスの声が遠くに聞こえる。


「何か縛る物が必要だ」


 わかっている。あたりを見回すがもちろんこんなところに使える物なんてない。

 急いで巾着を下ろし上服を脱ぐと、エレインの筆記帳が地面に落ちた。

 これは薄っぺらいから何とかなるはず。

 しかし服を引き裂こうと何度も試みたがとても無理。


「クリス、ナイフある?」

「かばんの中」


 何度かナイフを振るって(ひも)状の布を作り、クリスが押さえているすぐ上に二度回して縛った。クリスが手を離したとたんにずたずたになった足が視界に飛び込む。

 ちょっとの間、そこから目が離せないでいたが、無理やり引きはがすと、クリスの顔を見つめる。


「クリス?」

「かなり(ひど)い。ここの骨が砕けている。早く手当てしないとまずい」


 クリスは立ち上がってあたりを見回していたが、少し離れたところに落ちていた通信機を拾い上げる。


「これはだめだ。完全にいかれてる。船を呼ぶのは無理だ。歩くしかないか……」

「あの建物に医務室があります」

「よし、急いで運ぼう。でも、このままじゃ無理だ」




 クリスはさっと上服を脱ぐと、ザナの少し小さくなったように見える左足全体を包み込み、カレンの服の残骸を使ってしっかりと縛った。


「これで、たぶん、これ以上悪くならずに行けるはずだ」


 クリスがザナを運べるように手伝う。筆記帳を拾い上げ巾着にしまい肩からかける。

 ザナを背負ったクリスが前を歩き、ザナの銃を両手に持ったカレンが続いた。


 突然うめき声が聞こえた。ザナの意識が戻ったようだ。


「ザナ。頑張ってください。もう少しで家にたどり着きます」


 なぜか、ザナから忍び笑いが聞こえる。


「ふふ、やられた。こりゃ相当きてる」


 そのあと、しゃっくりのようなヒクヒクする音が続いて止まらない。

 クリスの声がする。


「しゃべらないで。あと少しですから」

「すまない……」


 そのあと声が途絶えた。(のぞ)き込むと、彼女はまた気を失っていた。




 聞こえるのはふたりの立てるザクザクという単調な音だけだ。

 それから、とても長い時間が経過したように感じられた頃、やっと通信塔が視界に入ってきた。


 逆方向に歩くとよく見える。遠くに川と町並み、左手にはシャーリンが指摘した狭い道が森の中へと続いている。(ふもと)まで続いているに違いない。

 遠くから作用者の気配が近づいてくる。どうやら、あの道を上ってくるようだ。


「クリス、誰か来ます」


 ふたりは立ち止まった。


「どっちです?」


 森のほうを指差す。


「あの道の先……あら、これはペトラだわ」

「ん? なんでペトラが? 船はどうなったんだ……」


 クリスは上を見てぐるっと体を回した。つられて空を見上げるが、木が邪魔でよく見えない。


「それより、あの車を捕まえなくちゃ……」

「お願いします、カレン。急いでください」


 うなずくと走り出した。銃を握ったままなのに気づいたが、今さら捨てられない。銃を両手で胸に抱えたまま緩やかな坂を一気に駆け下りる。

 通信塔のそばを通りすぎ、林の中に入った。急がないと行ってしまう。


 とにかく全力で走る。

 すぐに道が見えてきた。何とか間に合った。通りの真ん中に飛び出すと両手を振る。

 目の前で車がすごい音を立てて急停止するなり、ペトラが飛び降りてきた。


「カル、よかった。無事で……って、その格好! 服はどうしたの?」


 目が丸くなる。


「服? ああ、使っちゃった」


 急に寒いのに気づき、銃を落とすと手で両方の腕をこすって温める。


「使うって、何に?」

「それより、アレックスの船はどうしたの?」

「やられたわ。あのすばしっこい空艇に。山の(ふもと)で修理中よ。少し前にアレックスからロメルの人たちのところに連絡があってね。それで、ロメルの人たちと合流できたの。彼らが車を貸してくれた」

「ああ、よかった」




「ほかの人たちは?」

「そうだ、ザナが大怪我(けが)したの。シャーリンもよ」


 船が来ないなら、歩きしかない。


「ええーっ? 大変。早く車に乗って。急ぎましょ」

「待って、ペト。ザナはあっちにいるの」


 後ろの丘の上を指す。それから、同乗している人たちを見ながら続けた。


「クリスが運んでくれているけど、かなり重傷で」

「たいへん」


 ペトラは車中の兵士たちを見た。すぐに二人がペトラの後ろに降り立ったが、その目はあらぬほうに向けられている。


 カレンは来た道を引き返し丘を登り、ペトラたちも続く。

 しばらく走ると、上からクリスがゆっくりと歩いてくるのに出会う。背中のザナは相変わらずぐったりとしたまま。


 ペトラが駆け寄るのが見え、後ろに回ってすばやく確認する。


「意識がないけど、怪我(けが)はこの足と腰だけ?」

「ああ、あの白い空艇に撃たれた」

「うん、あいつね……まったく……こっちもやられたわ。不時着よ」


 ふたりの兵士がクリスの背中からザナを慎重に抱きかかえて下ろすと地面に横たえた。




 ペトラはそばにしゃがみ込むと、足に巻かれた服の塊を見つめた。


「この中はどういう状態?」

「骨が砕けた。その周辺がぐちゃっと潰れている。止血はしたけどだめかも……」


 ペトラはクリスを見上げながら眉をひそめた。


「それじゃ、早く医術を使わないと。でも、ここじゃ無理。下まで降りる? でも道がガタガタだし」

「家はすぐ近くよ」


 建物があると思われるほうを眺める。

 あれ? アレックスとメイ、それにシャーリンまで。どうしてこんなところにいるの?


「ん? どこ?」

「さっきの道の先よ。家の中にちゃんとした医療設備もあるわ」

「それはいい。じゃあ、急いで車に戻りましょ」


 ザナはふたりの兵士に運ばれ、ほどなく車道にたどり着いた。車の後ろに慎重に運び入れる。

 車はゆっくりと動き出し、カレンたちは徒歩で続いた。


 間もなく、前方にとぼとぼと歩くふたりが見えてきた。シャーリンはアレックスに背負われている。

 そうだ、彼女も撃たれた。それなのに、ここでいったい何をしているの?


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