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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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136 遭遇

 第二通信塔の近くに設けられた発着場にザナが着いた時には、すでに空艇が待機していた。


 少し離れたところに立っていたペトラは、こちらに気がつくと大きく両手を振った。クリスもすでに来ていた。


「アレックスは?」

「すぐに来るはず。中で待つことにしましょう」


 先に入るように手で示す。

 ペトラは、一歩中に入ったところで立ち止まり船内を見回した。


 ザナは入り口で待っていたニックに声をかける。


「アレックスが乗りしだいすぐに出発する」

「了解、隊長。飛行許可も出ているのでいつでも出せます」


 くるりとペトラが振り返った。


「中は意外と狭いんですね」

「こいつは輸送用ではないし、両用だから幅が小さく作られている。そのせいかな。中の配置はそれほど違わないはずだけど。しいて言えば、天井が低いことくらい。さあ、そっちの席に座って」


 右側の予備席に座ったペトラは、窓に顔を押し当てて外を眺めた。


「クリスは左側のそこの席にお願いします。他に乗る人はいない?」

「いません。ディードが一緒に来るはずでしたが、先ほどセインに出かけたので」


 ひとつうなずく。

 戦線はやっと連携が取れるようになったが、普通よりはだいぶ押し込められている。もう少し安定させないと、ウルブ7に残された時間が短くなる。


 どうにかして前線を押し戻せればいいのだが、それには、北にいる混成軍の配置換えと、オリエノールの部隊とも調整が必要だ。


 今日の四軍会議で方針は決まったものの、これにはまだ時間がかかる。それまであの第二形態が何もせずにこのままでいてくれればいいが。

 ぎりぎりまで追いつめられているのは誰にも明らかだけれど。




 こちらの考えを読み取ったかのように、突然ペトラが質問してきた。


「ザナ、壁を前進させることは簡単にできるんですか?」

「原理的にできるのはわかっているけど、かなり難しいわね。今までそれをやってこなかったのは、過去にことごとく失敗しているからよ」


 やつらを簡単に押し返せるならこんなに苦労しない。


「後退は簡単なの。後退中はフィールドの負荷が減るからね」

「前進中は負荷が増える……」

「そう。負荷が増大すると、とたんに周辺部つまり壁の継ぎ目がもろくなる。ちょっとした速度の乱れであっという間に亀裂が広がってしまう。ほら、ここも最初は連携がうまくいかなくて多くのトランサーが侵入してきたでしょ」

「はい、見ました。あれ、恐ろしかったです。いとも簡単に次々と侵入されるんですよね」


 首を縦に動かす。


「亀裂がある程度まで大きくなると、あとは想像できると思うけど……地獄になる」

「ザナはそれを経験してるんですね?」


 またうなずく。


「それでも、ここまで一気に南下されてしまうと、ここで何とかして押し返したい。ルリ川を越えられてしまうと……」

「そうなったら大変……」




 後ろからアレックスの声がした。


「遅くなってすまない」

「全員、乗船しました。行きますか?」

「よし、ニック、出発だ」

「アレックス、ありがとうございます。大変なときに船を出していただいて」


 そう言うペトラに、アレックスが答えた。


「この作戦はきわめて重要だとザナから聞いたからね」


 ペトラがこちらを見た。


「ありがとうございます、ザナ。どうして重要なのですか」

「今回の前線の後退で、わたしたちは、残された時間の三分の一を一気に失ったの。ペトラは気がついているかしら? あなたのカレンはとても重要な人であることに」


 ペトラがきょとんとした。


「わたしの? それは、わたしにとってカレンはとても大事な人だけど、そういう意味じゃないですよね?」

「カレンたちが今行っているところにきっと重要な手がかりがあるはずなの」

「何の手がかりですか?」

「それは、わたしにもはっきりとはわからない。みんなが見た地図はシャーリンの祖母であるエレインが残した重要な手がかりよ。四人がそろって初めて可能になることなの。おそらくトランサーへの対処に関することのはず」




「でも、ミアはもう……」

「そうね、とても残念だわ、彼女を失ったのは。本当に悔しい。でも、残された三人でミアの代わりを務めてもらわなければ」

「ザナはいろいろとご存じなのですね?」

「いいえ。これからあそこに行けばわかるはずよ。でも、気がかりなのはイオナのこと。彼女は決して諦めないわ」

「イオナというのは、この前現れてめちゃくちゃにしてしまった人ね。そのせいでミアは……」


 さっとこちらを見たペトラの目が光った。


「イオナとカレンには何かつながりがあるんですか?」

「イオナは気がついたのよ。カレンこそが探していた者であることに。きっと、また来るわ」

「そうなったら大変、彼女は強制者だし」


 ペトラをじっと見ながら言う。


「大丈夫。ペトラはわたしが守ってあげるわ。もし、強制者が現れたらわたしのそばを決して離れないこと。いい? わたしの近くにいれば強制力から守ってあげられる。わかった?」


 ペトラが神妙な表情でうなずくのを確認する。



***



「前方にウルブ6を視認」

「よし、ニック。町の第二川港から真東に針路を取れ」

「了解」


 船はいったんウリ川から離れて西側に大きく回り込んだ。ついで、左に旋回すると正面にウルブ6の中で一番大きい川港が見えてきた。


 窓に顔をくっつけていたペトラが感想を述べる。


「この町はあまり大きくないわ。港の周辺には大きな建物がたくさんあるけど、ちょっと離れると小さな建物が多い」

「そうね、ウルブ6は町が一つにまとまっているのではなくて、いくつもの町が点在しているらしいの。それらをまとめて都市国家を構成しているのね」




 ニックがこちらを振り返った。


「あと少しで国境に到達してしまいますが、どうしますか?」

「情報が正しければ、この近くのはずだが。減速してゆっくり旋回」


 ザナも目視で窓から確認する。このあたりはほとんど森に覆われている。それも、かなり成長した。森の中に埋もれていると上から目視では確認できない可能性に気づいた。探知機だけが頼りになるかもしれない。


「あそこ、森の中から煙が見えます」


 いぶかる声に続いて、ニックの命令が聞こえた。


「少し左、速度下げ、高度下げ」


 船は針路を修正して速度を落とした。ザナは立ち上がると前方の窓の近くに移動する。

 少し先に、ちょっと開けた場所と、建物らしきものが一瞬見えた。


「向こうに通信塔らしきものが見える」


 クリスの声に右の窓の先に目をやる。

 ペトラも近寄ってきて感想を述べた。


「あれかしら? 想像してたのとちょっと違うけど」


 大きく旋回すると再び建物が正面に見えてきた。

 こんな建物だったっけ?


「大きいな。しかも変わった形の建物だな。あの丸屋根は何だろう」


 そう感想を述べたアレックスは、続いて言った。


「下に作用者がかなりいる。七、八人か、もっといる。これはまずいな」


 人数まで正しく見極めるのは難しい。でも、あの三人とロメルの護衛ふたり以外にもいるとしたら大問題だ。


「建物の向こうに船!」

「防御展開、急げ」

「相手に動きはありません。どうやらかなり損傷してるようです」

「ニック、気をつけろ。攻撃は可能かもしれない」




「アレックス、力は?」

「ちょっと待ってくれ。これは……まずい、強制者がいる。くそ、遮へいされた」

「ニック、窓を閉めて、急いで」


 ザナはそう言ってから、アレックスのほうを向く。


「どっち?」

「遮へいが強い、よくわからない」


 アレックスがこちらを見た。明らかに困惑している。

 確かにすべてが想定外。


「防御者に攻撃者、もちろん感知者もいる」

「きっとこの前の人たちよ。ニック、モニターで確認できた?」

「正面に十二の反応あり、尾根に向かって移動中」

「船を捨てたのか?」

「攻撃しますか?」

「だめよ。あの中にいたらどうするの?」

「建物の中から反応がある。こっちはふたりだ」

「アレックス、あそこに降ろして」


 手で生け垣のそばの空き地を指さした。




 船は急降下して、地面が迫ってきた。

 ザナは、入り口の後ろに向かって走った。手を壁のボタンに押し当てる。隣の武器庫が開くなり、手を入れて中から大型の銃を取り出す。


 その瞬間、船が大きく揺れる。攻撃された?

 すぐにニックの声が聞こえた。


「背後から別の空艇」

「アレックス、下に着いたらすぐ飛び降りる」

「わかった。ニック、我々が出たら指揮をまかせる。上昇して反撃だ」

「指揮官、我々も同行します」


 振り向くと、同じように武装した三人の部下が立っていた。

 すぐに首を横に振る。


「だめ、今度の相手は格上の強制者。対抗力のない者は連れていけない」


 目の端でペトラが立ち上がるのを捉えた。


「ペトラ、座って! そこから動かないこと。いい?」

「でも……」

「カレンたちはわたしたちにまかせて。わかった?」


 ペトラがうなずくのを確認し、内扉を開放した。外扉の前でニックからの合図を待つ。

 アレックスが扉の反対側に立つ。また、船が大きく揺れた。


「ニック、我々を降ろしたら、向こうの船を足止めしろ。下にいる連中と合流するつもりだ。連中を乗船させるな。いいな?」


 急速に地面が近づき、ニックの合図で外扉が開くなり飛び出た。

 着地して膝をつくと、敵がいると思われる方向を見る。上からはすぐに速射砲による攻撃が始まった。敵船も反転して攻撃してくる。




 ドサッという音に振り向くと、クリスがすぐそばに立っていた。すでに空艇は急速上昇を始めている。

 敵の船からの攻撃が防御面に光を放ちながらも、そのまま上昇していくのが見えた。


 すでにアレックスは建物に向かって走り出していた。

 ザナとクリスも追いかける。対抗力に力を注いで警戒する。このままだと破壊は使えない。やはりこれを使うしかない。走りながら銃を連続で撃てるようにセットする。


 建物は生け垣に囲まれていたが、中ほどに扉があり開いていた。そこを駆け抜けると建物の入り口もあけっぱなしなのが見えた。

 三人はそのまま家の中に駆け込む。


「あそこに誰か倒れている」


 クリスの声に、残りのふたりも急いで駆け寄る。

 ザナは周囲を確認しながら近づいた。


「シャーリンとメイだわ」


 他には誰もいない。

 そばにかがみ込んだクリスが倒れているふたりをすばやく確かめる。


「シャーリンは肩と足に怪我(けが)をしている。気絶しているようだ。メイはどうしたんだ?」

「強制者よ。支配されたんだわ。まだ、完全に戻っていない」


 クリスは立ち上がると振り返った。


「カレンは?」


 アレックスが首を振った。


「さっきの集団の中に違いない。連れていかれたな」




 彼らの目的は殺すことではなく確保だ。

 あの船に乗り込まれたら万事休すだ。急がないと。


「アレックス、この子たちをお願い。わたしはカレンを追いかける。逃げられないように敵船を何とかして」

「わかったが、相手は大勢だぞ。攻撃者もいる。遮へいされているのにどうするんだ?」


 彼の質問は無視した。


「アレックス、クリスを借りてもいい?」

「ここは大丈夫だ。これも持っていけ」


 通信機を渡された。


「船との連絡はどうするの?」

「通信塔があるということはここに設備もあるはずだ。早く行け!」


 何としても助け出さないと。

 すでに玄関に向かったクリスを追う。


「クリス、防御をお願い。相手は、攻撃者と遮へい者、それに感知者と防御者、加えて強制者」


 こちらを一瞬だけ振り返ったクリスはうなった。


「全部ですか? こっちは断然不利のようですね」


 玄関を出て門扉に向かって走る。


「相手を感知できないし、遮へいできないのは痛いけど、強制者の居場所だけは何とかわかるわ」

「それはいい。とにかく急ごう。どうやら、尾根のあたりで船と合流しようとしているらしい。その前に追いつかないと」

「やはり、こっちが、国境を越えられないとみたわね」


 裏手のほうから爆発音が響き渡り、黒煙が立ち上るのが見える。


「船を爆破したみたい」


 うなずいたクリスに遅れないように足を早める。


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