135 強制者との対峙
突然、大勢の話し声に続いて、ドヤドヤと建物に入ってくる音が聞こえた。すぐにイオナが部屋から出てきて、カレンの脇を通り廊下に向かったところで、男の声がした。
「船をやられた」
「それは、お気の毒さま」
イオナの声にはわずかに侮蔑が感じられた。
別の澄んだ声が追い打ちをかける。
「相手が気絶しているのかどうかをきちんと確かめさせないからです」
その氷のような声にゾクッとする。絶対に敵には回したくない人だ。
「確かにそのとおりね」
イオナの声はなぜか上機嫌だ。
「あんたの船を呼んでくれ。頼む」
イオナが肩をすくめるのが見えた。
「クレア?」
一瞬、間があった。
「はい、ただちに」
その声に続いて、走り去る音がした。
遮へいがすっと消え、いきなりすべてがクリアになった。とたん強制作用を強く感じる。
振り返れば、シャーリンとメイが並んで姿を現した。思わず腰を浮かせるが座り直す。ふたりとも支配下にある。
どうして気がつかなかったの? 強制者はふたりいた。そうか、だから、あの時……。
ふたりの後ろに現れた男を見て凍りついた。
この男だ。国主を撃った。
この人のせいで、シャーリンは、彼女は、あんなことに……。
急にイオナの言葉を思い出す。
この人、他に何をしたの?
誰がアリシアを亡き者にしようと、そして、誰がペトラを撃ったの?
もう、どうでもよくなった。シャーリンとメイは動けないのだから。
さらにふたり現れた。
ジャンからは全開のアセシグを受け取り、ソフィーからは灯火のように輝くアシグを感じる。
イオナがカレンの前に戻った。
武器はまだそばに置かれているもののまったく役に立ちそうもない。それでも、真相だけは知らないと。
体を捻ったまま男の顔をじっと見て確認する。
「あなたが、オリエノールの国主を殺めた」
男は無言でこちらを見たが、その表情が一瞬だけ変化した。
わたしが知らないとでも思った? わたしに気づいていなかったのかしら。
すぐに強制力の高まりを感じ身構える。それでも確かめないと。
「あなたは誰? アリシアとペトラを襲ったのはあなたなの? それともイオナなの?」
背後で、かすかに息を呑むのが聞こえた。
「答えて!」
「契約に基づいて行動したまでだ」
「つまり、爆弾を持ったダンをアリシアのもとに送った」
「知らない」
「そして、ペトラをひとりにして銃で襲わせた」
動きはなく反論もなかった。
「認めるの?」
男は少しだけ首を傾げたが、発した言葉は答えになっていなかった。
「あいつが襲撃させるとは思わなかった。だから、そうだとしても、止めることは不可能だった」
カレンはさっと立ち上がり、銃をつかむと目の前の男に向けたが、その前にシャーリンとメイが立ち塞がった。
メイが銃を持っているのに気づいた次の瞬間には、その銃を持ち上げるのが見える。
ああ、もう、何もかも前と同じだ。何とかしないと。
「こいつらがおれの船を破壊した。さあ、その銃を捨てて一緒に来い」
ついで、強制力が襲ってくる。
カレンは首を激しく振って抵抗した。さらに力が強くなる。カイルは破壊者だ。おそらく本物だろう。でも、強制力を使っている間は使えないはず。
だめよ、メイ。どうすればいい? どうして、こうなるの?
目の前の男たちを見る。メイに撃たれる前に、カイルを倒せるだろうか? やってみるしかない。
次の瞬間、シャーリンにも銃を向けられた。思わず目を閉じる。
とにかく試してみるしかなかった。
さっと銃をカイルに向け発射した。
すぐに、強制力がすっと引くのを感じたが、逆にファセシグの高まりを感じる。弾はカイルの肩をかすめたのがわかった。
はずしてしまった。こんな近距離なのに。
パニックに襲われる。もう一度撃つ時間はあるだろうか。すでに、破壊力がピークに達しようとしていた。さすがに、目の前の男は切り換えが早い。
お願い、誰か助けて、どうにかして……。
なぜか周囲の音が消え、シャーリンとメイが銃を下ろすのがスローモーションのように見え、続いてカイルの腕がこちらに振られた。
とっさにカレンは左に飛びのいた。
次の瞬間、耳のつかえが突然取れたように音が戻ってきた。何かが爆発するようなすごい音が背後から聞こえ、ものすごい風にあおられて椅子に頭から倒れこんだ。
イオナの叫び声が響き渡った。
「カイル! 正気なの? この娘に破壊を使うなんて。まったく……」
体を起こしてゆっくり振り向くと、奥の部屋で、窓際の机と隣の戸棚があったところがぽっかりと空間を作り、周りには原形を留めない何かが散乱しているのが見えた。
その一部が激しく燃えている。
突然、足がぐんにゃりとするのを感じその場にへたり込んだ。イオナがベッドから毛布を剥ぎ取って、火を消しているのをただ茫然と見つめる。
「どうしてだ?」
背後でカイルの声が妙に響いた。
イオナが火を消し終わったあとには、黒ずんだ残骸だけになっていた。
日記の詰まった引き出しも戸棚も机も何もかもなくなってしまった。今やただのくすぶる黒ずんだ塊でしかない。
誰も動く気配がなく静寂が広がっている中、足音が聞こえ振り返る。
クレアが戻ってきて、部屋の様子を見るなり息を呑んだ。それでも彼女の声は冷たい水のように透き通っていた。
「連絡できました。こちらに向かっています。先に空艇が接近中とのこと。すぐに引き払ったほうがよろしいかと」
「ここで鉢合わせするのはまずいわね。国境で落ち合うことにしよう。急いで尾根まで移動する」
きびすを返したクレアに続いて歩き出したイオナが、思い直したようにカイルを振り返った。
「諦めなさい。この娘はあんたの手には負えない。それより、わたしの船に乗りたいなら急ぐことね。ここでインペカールとやり合うのはごめんだから」
そう言い残すと足早に去っていった。
カレンはカイルを睨みつけた。この男が部屋を破壊した。何もかも消滅させた、日記も写真も。そして国主。アリシアもペトラも、この男が……。
また怒りがどんどんと湧き上がってきて胸が熱くなる。体の奥が煮えたぎるようだ。抑え込むことはとてもできそうもない。
このままだと爆発しそう。いやおうなく手がブルブルと震えてきた。
そばに落ちていた銃を拾い立ち上がる。アセシグに加えてアシグも高まったが、もはやどうでもよかった。シャーリンとメイが再びそろってこちらに銃口を向けたが、無視してカイルに銃を突きつける。
「おれと一緒に来い。そうすれば、このふたりを自由にしよう」
それはありえない。そんなことをしても、きっと……。
突然、メイが銃をシャーリンに向けた。驚愕で息が詰まる。
次の瞬間、シャーリンがのけぞる様子が目の前にゆっくりと展開した。
ああ、どうして、そんなことをするの?
国主が撃たれた時の光景が目の前に鮮明に蘇る。駆け寄ろうとしたとたん、カイルが叫んだ。
「おれに従え。さもないと……」
メイがもう一度撃つのが見えた。シャーリンが前のめりになって倒れる。
カレンはさっと手を開いて銃を落とした。ガシャーンという音が部屋に反響する。また、失敗してしまった。
またも、シャーリンの、それにメイの、心と体を傷つけてしまった。どうして、こうなるの? あっという間に目が熱くなり、止めどなく涙が溢れてくる。
体の奥の熱気が急速にしぼんでいくのがわかった。
「わかったわ。もうやめて!」
絶望がこみ上げ、何度も嗚咽が漏れた。ジャンに腕を引っ張られ、ぼんやりと腕の先に目をやる。
シャーリンとメイが落とした銃を誰かが拾うのが見えた。ソフィーが歩き出し、ジャンがこちらを見て首で合図した。
振り返り、動かないシャーリンを見ながら、カレンは歩き始めた。
後ろでは、強制力から解放されつつあるメイのすすり泣きが聞こえたような気がする。
少なくとも、シャーリンはまだ生きている。あとは、メイに託すしかなかった。たとえようもない深い後悔の念だけが残った。




