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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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134 強制者の再来

 ぼんやりしていたところに、作用力の高まる気配が意識に割り込んできた。


 シャーリン? メイ?

 大変だ。カレンは急いで立ち上がる。これは……なんで気がつかなかったの。どうして、強制者がここに来るの?


 玄関に向かって走りだしたが、途中で思い直す。

 強制者に対抗できる力はない。この前は何とか短時間頑張れたが、今度、面と向かい合ったら、そう運よくいかないのはわかっている。


 武器が必要だわ。作用者に唯一対抗できるものが……。

 急いで戻る。奥の格納庫への扉が開け放たれているのに気づき、駆け寄るとパッドに手を押し当てる。扉がゆっくりと閉まりだすなり、エレインの部屋に向かって走る。


 机の上にエレインの記録が置かれたままになっているのを見て、さっと取り上げると服の中にしまう。


 それから、武器が入っていた棚をさっと開いた。

 見覚えのある形の銃をつかむ。シャーリンが、あの時持っていたのと同じ種類、大型の銃。これで貫通弾を撃てるはず。


 銃を取り出して少し調べてから弾倉を開く。当然、からっぽだった。

 下の引き出しを片っ端からあける。早く助けに行かなければと気だけが焦る。


 先ほど感じたあの衝撃は何だったのだろう? 攻撃されたのかしら?

 まだ力は感じているから大丈夫なはず。まだ支配はされていないかも。急げばきっと間に合うはず……。


 作用者がこちらに向かってくるのを感じる。しかも、強制者がいる。

 きっと彼女。どうすればいい? すごく近い。入り口を壊されて入ってきたらおしまいだ。屋内では、逃げる所も隠れる場所もない。


 やっと弾の入った箱を見つけて取り出したが、手を滑らせて床にひっくり返してしまった。散らばった弾をひとつずつ拾い上げて順番に弾倉に押し込む。


 遮へいされているけれど、シャーリンとメイが離れるように移動するのを感じる。逃げているの?

 しかも、あちこちから作用力の高まりを感じた。かなりの人数だ。どうしよう。


 やっと銃が使えるようになった。急いで立ち上がり扉に向かう。

 なぜかすぐ近くで作用力の高まりを感じる。すでに玄関は破られたらしい。この部屋に別の出口はない。しかたなく扉のそばに、すぐ内側に立つ。




「あなたにそれを使う時間はないと思いますけど」


 やや低いしっとりとしたしゃべり方。これが、イオナなの? これまでの想像と声の印象が違う。

 銃を下に向けて持ったまま、ゆっくりと姿を見せる。


 部屋の前には彼女がひとりで立っていた。この前と同じ服装だった。黒い短い髪に縁取られた漆黒の瞳が探るように動き、その唇にはおもしろがっているような笑みを浮かべていた。

 見えない位置にもうひとりいる。こちらは遮へい者で陰陽なの?


「これで、会うのは二度目ね。部屋に戻って座ってもらえるかしら」


 その丁寧な要請とは裏腹に、声色には力強い意思を感じる。強制者の自信が(あふ)れている。当然だろう。陰陽の強制者にかなう者はいないのだから。


「わたしをどうするつもり?」

「少し話がしたい」


 カレンは首を横に振った。


「強制者と普通に話はできないわ」

「あら? あなたには対抗力があるようだけど。クレアが言うには、あなたは感知者でしかも、ひとつもち。でも、強制力に抵抗はできたようね」


 黙っていた。クレアというのはもうひとりのことだわ。感知者ならもちろん全部わかっているはず。

 だったらどうしてここに来たの? もしかして、あのことを知っているのかしら。どうしたらいい? ほかの人たちが来る前に何とかしないと。


 その時、シャーリンが窓際の机に置いていった写真立てが目に入った。あれを見られたら、もう何もかもがおしまいだと悟った。そちらを見ないように目をそらす。




 イオナは首を振った。


「わたしは知りたい。あなたが本当にケタリなのかどうかを。そのために、はるばるやって来たのだから」


 えっ? ケタリ? それはケタリシャのこと?

 いや、そんなことよりも先に、知らなければならないことがある。


「そして、国主を撃った」


 イオナはしばし黙った。


「そうね。あれは、わたしの意図したことではない」


 そこで、なぜかため息を吐いた。


「と言ってもむだね。言い訳にしかならないから」

「ほかの人も殺そうとした」


 イオナは首を一度だけ横に振り、目を細めた。

 入り口のほうをちらっと見た。立ち上がろうとすると、すぐに言われる。


「座ったまま。残りの人たちが間もなくここに来る。カイルが来る前にあなたのことを教えてちょうだい」


 首を激しく横に振る。


 イオナはまたため息をついた。部屋の中をぐるりと見回すのが見え、こちらを横目で見ながら、壁際の棚をいくつか開いた。

 後ろ向きなのに、立ち上がろうとすると、すかさず言われる。


「わたしなら動かない。できれば力は使いたくない。そこでおとなしくしていて」


 窓際の机に向かい、伏せられていた写真立てを起こすのが見えた。思わず目を閉じる。




 イオナは写真を手に取ってしばらく見たあと、カレンの後ろに戻ってきた。 心臓がバクバクと音を立てていた。


「なるほど。やはりケイトは双子だったのね」


 カレンは振り向いてイオナを見上げた。


「あそこであなたを見た時、何かの間違いかと思い驚いたわ。でも、やはりそうだったわけね」

「何がそうなんですか?」

「あなたが、ケタリじゃないかということよ。これを見ればわかる。あなたは、ケイトと同じはず」

「何が同じなの?」

「わたしはケタリを探していた。そして、あなたがそう」


 指を突きつけられた。

 首を横に振る。


「違うわ」

「ああ、確かに、あなたはひとつもち。ひとつもちのケタリなんて、いまだかつて存在したことはない。それに、年月を考えるとさらに妙よね……。きっと、あなたには、いろいろ秘密があるのね」


 イオナはフッと笑うとひらひらと手を振った。


「さあ、こっちに来て。この部屋にはもう用はないわ」


 写真を手にしたイオナに促されて居間に移動する。

 武器をぶら下げたままだ。この武器を置けとも言われなかった。途中でこちらをじっと見ている女性と目が合う。


 茶色の長い髪を無造作にまとめた姿は幼く見えるが、その深い褐色の目は剣のように研ぎ澄まされていた。確か、この人もあそこにいた。

 廊下を背にしたソファに座らされる。


「さて、ここが、エレインのすてきな隠れ家ね。それで、あなたの部屋はどこ?」


 思わず、さっきまでいた部屋を見てしまった。慌てて首を振る。あれを見られてはならない。急にそう確信した。どうすればいい?


「わたしは何も記憶にないの。これは本当よ。ここにも、わたしの部屋などありません」

「それじゃ、ここに入りましょ。さあ、入ってちょうだい」


 真ん中の部屋を指示された。




 入った瞬間、思わず目を閉じた。

 全部あけっぱなし。戸棚も引き出しも。わたしはどこまで間抜けなの。かたづける時間は十分にあったのに、これっぽっちも役に立たない武器に執着してしまった。


 イオナは、まっすぐ机の前に進んだ。手に持っていた写真を机に置くと、開け放たれた戸棚の中を一瞥(いちべつ)する。

 開きっぱなしの引き出しの中を(のぞ)くのを見て、再び目を閉じる。

 ああ、あの日記を見られたら……。


 イオナは引き出しの中から日記を一冊取り出して、パラパラとめくった。

 別の一冊を取り出して中を確認したあと、机の上に置く。

 それから、こちらを向いて静かに言った。


「この、たくさんの白い本は何かしら?」


 カレンは無言で(にら)みつけた。

 これで、もう、イオナは確実に強制力を使うわね。どこまで頑張れるかしら? 体を引き締めて身構える。


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