133 わたしはどうすれば
シャーリンは、玄関に向かって歩きながら考える。
どうやら、ペトラの仕事は予想より早く終わったみたいだ。あれほどここに来たがっていたのだから、きっとほかの人たちを急かしたに違いない。
迷惑だろうな、アレックスにとっては。でも、ちょうどよかった。
あの図書室を見たら飛び上がって喜ぶのは間違いないな。ここにずっと泊まり込むと言いださなければいいけれど。
「早かったですね」
メイもそう思っているらしい。
外に出る。ちょっと寒いが日差しのある分、温もりを感じる。後ろで扉がカチッと音を立てて閉まった。
「ここからは見えませんねー」
「建物の向こう側に降りたんじゃないかな。そうだ、あの格納庫の天井を開閉する方法を探したほうがいいね。あそこを通れば、中に直接降りられるし」
「そうね。でも、雨の日とか天気の悪い日はだめでしょう?」
「そうか。まあ、天気の悪い時こそ使いたいけど、便利なようで、そうでもないな」
自然と、さっき見つけた写真のことを考えてしまう。
あのふたりが、ケイトとカレンなのは間違いない。しかも、同じ年頃の子どもに見えた。それに、ふたりが一緒に写っているということは、ケイト、わたしたちの母親と……カレンは同じ年齢になる。
いやいや、でも、検査では確かにわたしより年下だった。あの時、一緒に行ったのだから絶対に間違いない。年齢ではわたしとほぼ同じだ。
というか、調べなくても、容姿外見だけでもう誰の目にも明らか。疑う余地すらない。
ということは、冬眠処置だろうか。オリエノールではやっているのを聞いたことはないけれど、よその国では、たとえばここウルブでは、実用化されているのかもしれない。振り返ってメイを見る。
「どうしたの?」
ロメルの者なら知っていそうだな。
「いや、別に、何でもない」
年齢は人がこの世に誕生してからの体内カウンタに基づいているはずだ。それで、誕生日を遡って特定する。
だから、何らかの延命処置を行なっても、生を受けてからの実際の時間を正しく表すと聞いたのを覚えている。なら、冬眠ではないということか。
それとも、体内カウンタをごまかすような何らかの方法があるのだろうか。もしあるなら、どうすれば本当のことがわかる?
カレンは本当に動揺しているように見えた。いつもの、のんびりとした慌てぶりとはまるで違っていた。
まあ、無理もない。数日前に、自分の母親だと言われた人と、同じ写真の中にいるのだから。それも、自分の記憶にないところで。
ああ、カレンのことが、本当にわからなくなってきた。わたしはどうしたらいい?
生け垣の扉を開いて外に出る。ここはあけっぱなしでいいだろう。すぐ戻ってくるから。生け垣に沿って左に進む。
角を曲がったところで突然、メイが押し殺した叫び声を上げるのを聞き、何事かと顔を上げる。
目の前の光景に焦点が合うまで一瞬の間があった。
前方にふたりの男が見える。誰だ? この人たち。
向こうも同じように立ち止まったが、次の瞬間にはこちらに銃が向けられていた。
男たちの後ろにさらに三人現れる。
「そいつらじゃない」
この声には聞き覚えがある。
慌てて防御作用を発動させようとしたが、もう間に合わないのはわかっていた。
体に衝撃を感じるまでもなく、その場に倒れていくのがわかった。草むらが眼前に迫り目を閉じる。顔が何かにぶつかり衝撃を受けた。
すごく痛いのに変わりはないがとにかく草むらでよかった。
痛い? 草むら?
そこでようやく気がついた。まだ意識がある。体を動かそうとしたがそれは無理だった。どうして?
そうか、メイが防御してくれたのか。完全には防ぎきれなかったみたいだけど緩和はされたに違いない。
ああ、またやっちゃった。
「こいつら、どうしますか?」
「どっちも気絶してる。しばらく目は覚まさないだろう」
この声は確かジャンだ。彼は感知者のはず。どうしてこっちに意識があるのに気づかない?
「よし、このまま放っておこう。時間がない。カレンとやらはどこだ?」
「向こうの建物の中に感知者がいる。それじゃないかと」
「だとすると、すでにこっちに気づいてるな。よし、すぐに突入だ。おまえたちは裏口を探せ」
誰だ、この声は。顔は見覚えがなかったが、この声はどこかで聞いたことがある。
「慎重に。攻撃は絶対にだめです。わかった?」
こっちは……あの強制者の声か?
「ああ、わかってる。感知者相手に攻撃など必要ない。それにしても本当なんだろうな? まあ、いい。さっさと終わらせよう。こいつらの仲間が来る前に確保して引き上げるぞ」
どういうことだ? 今度はカレンにちょっかいを出すつもり? いったい何者なの?
足音が去っていく。
静かになりあたりに人の気配がなくなった。足を動かそうとしたがやはりできなかった。
やつらは、何人だっけ? 知らない男と二人、ジャンにソフィー、あと一人はあの強制者に違いない。全部で六人か。
それにしても、どうしてこの場所がわかったのだろう?
突然ささやき声がした。
「シャーリン、聞こえる?」
えっ? 声が出せるの?
喉を動かしてみる。
「メイ? どこ?」
普通にしゃべれるが声がこもっている。頭は動かせない。
「見えないのでわからないわ」
「こっちは顔が草の中」
かすかに変な笑い声がした。
「ごめんなさい。ちょっと防御するのが遅かった」
「そんなことない。こっちはまったく何にもできなかった。ごめん。わたしはどうかしてた。まったくもう。ペトラが来る時間には早すぎたのに……」
「そうね、大失敗だわ」
「でも、この感じだと、すぐに動けるようになるはず。やつらは意識がないと思ったみたいだけど……」
「実際にわたしたちを調べもせずに、感知できないのでそう思ったんでしょ」
「遮へいしてる?」
「もちろん。何とかうまいタイミングでできたわ」
「すごい。メイはやっぱり、すごいよ」
「でしょ? 見直した?」
「はい、姉さん。それに引き換え、わたしは何をやってるんだか。そうだ、やつらはカレンを連れていくつもりだ。何とかしないと」
「そう気を落とさないで。動けるようになったら、カレンを助けましょ」
「うん」
彼らがカレンをさらいに来たとすると、まずは、やつらの船を何とかすべきだな。それから、あいつらをどうにかする。
相手は強制者だ。でも、直接見られなければ大丈夫……のはず。
すぐに動けるようになった。慎重に立ち上がる。
「わたしから離れないでね。あの人たちに気づかれたらおしまい」
こくりとうなずく。空艇が着陸したと思われるほうに向かう。
メイが慌てたようにささやく。
「どこに行くの?」
すぐに立ち止まる。
「ごめん。やつらの目的はたぶんカレンを連れていくことだ。だから、まず船を動けなくする」
「ああ、なるほど。そうね。じゃ、急ぎましょ」
メイは手をこちらに差し出した。
手をつなぐなり走り出す。引っ張られるように続く。まだ、足が思うように動かない。
生け垣の角まで来たところでそっと頭を出して確認する。見たことがある黒い船が着陸していた。
誰もいない。少し考える。
飛べなくするには、飛翔板を破壊するだけでいいはずだ。でも、船を攻撃したとたんにさっきのやつらにばれてしまう。
まあいい、それはあとで考えよう。
「それじゃ、飛翔板を破壊する。さっきのやつらのひとりは強制者だから見られないように気をつけて。戻ってきたら向こう側に隠れる。向こうが現れたらもう遮へいは意味ないから、防御をお願い」
首を縦に振ったメイは背中合わせに後ろを向いた。
生け垣の向こう側に回り誰も見えないことを確認すると、すぐに攻撃をしかけた。手を上げる。
手は必要ないとミアには言われ、すでに実践を通して理解はしていたが、こうするほうが何となくまだやりやすい。
いやに簡単だった。防御フィールドの出現も反撃も何もなかった。誰も残っていないのか。
両方の飛翔板を破壊し、続いて両サイドの防御板を攻撃する。まだ、反撃はない。
「メイ、行くよ」
答えを聞かずに、メイの腕をつかむ。走り出そうとした時、船の扉が開き銃口が突き出されるのが見えた。まずい。撃たれる前にメイを押して元の位置に戻る。銃の発射音が聞こえた。
さっと顔を出し、ろくに狙いもつけずに力を叩きつける。何度か繰り返すと、激しい音があたりに響き渡った。
おそるおそる顔を出すと、船から白煙が出ており、扉も消え失せていた。再び船から爆発音が聞こえるとともに白煙が吹き出してきた。
少しやりすぎたか。
「来たわ」
そう言う声とともに背中を押され陰に移動する。
メイが顔を突き出していた。慌てて肩をつかんで引き寄せる。
「だめ、見られたら力を受けるよ」
「四人。女がひとりいたわ。金髪の。前に見たことがある。お姉ちゃんの家の近くで」
「ああ、それはソフィーだ。じゃあ、強制者はカレンのところだ。早く助けないと」
「すぐ行く?」
急いでうなずく。
「防御を頼む」
「どうするの?」
「とにかく、防御をお願い。強制者さえいなければ、何とでもなる」
同時に飛び出した。すかさずメイが防御フィールドを張り、シャーリンは四人と向き合う。
手を相手に向けたとたんに、頭の中に衝撃が走る。
えっ? どうして……。
またやっちゃった? 強制者はカレンのところのはず……。
メイが頭を押さえるのが見えたが、あとは、ふわふわした感触だけになった。




