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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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131 エレインの部屋

 隣の部屋の扉を開き(のぞ)き込んだカレンは驚いた。

 ここは、ほかより大きい部屋だ。


 落ち着いた色彩。部屋の真ん中には四角いテーブル、正面には窓があり、そのすぐ前にも小さな机。これまでとは違い、奥に続き部屋が見えた。寝室が別になっている。


 すぐにわかった。こっちが、この建物の主、おそらくエレインと……彼女の伴侶の居室に違いない。


 部屋の中に一歩足を入れる。

 わずかに湿気(しけ)ったにおい。鼻がムズムズしてきた。足元を見ると床も木製であることがわかった。この部屋は全部、木で囲まれている。

 天井は白く明かり取りはないが、ぐるりと取り巻く(あか)りの数は多い。


 テーブルには大きな物入れが置かれている。近づいて蓋を持ち上げると、中にはグラスがいくつかと中身のわからない瓶が入っていた。蓋を戻して部屋をぐるりと見回す。


 テーブルに沿って片手を表面に滑らせながら歩く。窓のそばの机は物書き用らしい。書き物をするための道具、何冊かの本がきちんと並べられていた。


 端っこに置かれているのは小さな書物。目を近づけてよく見ると、表紙にも部屋の扉と同じような模様が描かれている。




 机の上のほかの本を手に取り調べる。歴史について記された本。それに、この大陸の地図。確か似たような本をシャーリンのお城の書斎から借りっぱなし。たぶん同一のもの。

 それ以外に机の周りに気になるものはない。


 少しの間、見つけた小さな本をじっと(にら)んでいたが、意を決して、表紙に触れないようにそっと手に取る。これは、さっきの日記帳と同じ大きさね。これも、日記かしら?

 だとしたら、見てはいけないわよね。きっと、エレインのだろうし。


 どうして、エレインのものだと思ったのかしら。手に持ったまま、しばらく突っ立っていた。

 もし、これが、さっきのと同じなら、他人が見てはいけないものなら、中を見られないはず。


 でも、そうでなかったら……これを一度開いてしまったら、もう後戻りはできない。そういう感じが、いや、確信があった。


 目の前の窓から外を見る。少し離れたところに、家を取り巻く生け垣が見えていた。外の景色には動きは全然なく、何の助けにもならなかった。

 一つ息を吐き出すと、椅子を両手で引き出し腰を降ろした。


 手の中の本を見て、最初のページを開く。普通に手書きされた文字が目に飛び込んできた。本を持ち上げて斜めに見てみる。これは……普通の帳面だ。でもやはり手触りが紙とは少し違う。




 下のほうに日付が書かれていた。

 少し考える。二十五年前。

 これは……どう見てもわたしの字ではない。なぜかほっとした。当然よね、きっと、エレインのものだし。

 開いたページにさっと目を通す。


 トランサーについての記述だわ。移動方法とかその速度について書かれている。斜め読みする。


『防御フィールドで止められる』 


『単純な生物ではありえない、エネルギー性だから反応する』


 そう、ただの生物なら壁を通過できてしまう。


 さらにページをめくる。

 紫黒の前線の位置と思われるものが描かれた地図があった。

 次のページからは、前線の移動速度とか残り時間という文字が目に飛び込んできた。


 どんどん先に進める。


 出所(しゅっしょ)、という言葉が目に入る。

 出所? トランサーの発生場所のことかしら? そこでページを押さえて、下のほうを斜め読みする。




『Tがイリマーンの記録を見た』


 Tって誰のこと? イリマーンとどういう関係が?


原初(げんしょ)をほぼ特定できた』


 原初? 最初の位置のことかしら。


現所(げんしょ)は、この十五年、変わっていない。そこが出発点』


 現所というのは何かしら。トランサーが現れる場所のこと? 探し方、止める方法、という言葉も見えた。さらに進める。


『出所の場所がわかれば断ち切れる。カレンの感知でなら特定できる……』


 自分の名前を発見したとたん、背中を冷たいザワッとした感触が滑り落ちていった。


『……そうなれば破壊もできる』


『ミア、メイ、シャーリンを起こせば可能』


 シャーリンの名前が目に入り動悸が高まる。

 起こすって、何のことだろう? そこで突然理解した。力覚(りきかく)のことだ。


 さらにパラパラと送ると白いページが続いていた。

 少し戻す。


『あと二年』




 これが、最後の記述だった。日付は三年前。

 確か、ミアはエレインに三年会っていないと話していた。そういえば、ケイトが出かけて戻らなかったのも三年前と聞いた……。このふたりは行動をともにして、どこかに出かけ戻れなくなったのだろうか。


 でも、ミアは……もういない。もう……わたしを助けてはくれない。

 力覚。ザナは何と言っていたっけ?


 確か、力覚は通常、同性の親にしかできない。あるいは、何かの切っ掛けで自然に進むことがある、だった。


 つまり、母親のケイトが、子どもたちを力覚する予定だったという意味かしら? 

 でも、ケイトはすでに亡くなってしまった。そうなると、誰も力覚できないということ?

 レオンの絞り出すような言葉が鮮明に浮かび上がる。

 背中がザワッとした。彼もそれにミアもいない。


 ああ、これって、わたしが、エレインの立てた計画をだめにしたということ? 彼女の希望にとどめを刺してしまった?


 もはや先を読めなかった。エレインとケイトが、わたしたちに期待していたことを無にしてしまった……。


 緩んだ手の中にある帳面は膝の上で自然と閉じられた。

 上を向いて目を(つむ)る。

 本当に、トランサーの出現地、本拠地を(つぶ)せると考えていたのかしら、エレインとケイトは。


 この前あそこで、あの流れに対処するだけでも全滅するところだったのに、あの壁の向こうの無限に広がる紫黒の海に飛び込むなど考えられない。


 それとも、力覚すれば可能になると考えていたのかしら? ザナが力覚は作用力の強さと関係ないと言っていた。

 でも、どう力覚するか前もってわかっていたとしたら……。




 頭が痛くなってきた。すべての出口が目の前で次々と閉ざされ、最終宣告が下された気分。


 しばらくたって、ようやく気を取り直す。横を向き、ずらりと並んだ戸棚を眺め、立ち上がりよろよろと近づく。

 エレインの記録のことを頭から押しやって戸棚と向き合う。


 一番大きな右側の戸棚をあけると、ずらりとかけられた服と対面した。手を伸ばしたところでためらう。

 こうしたからといって何か思い出すわけでもない。それでも、この部屋の主であるふたりが使っていたものに触れると何か変わるような気がした。

 どれも大きい。ふたりとも体格がよかったのかしら。


 その隣を開くと、いろいろな機器が置かれていた。ほとんどの物の用途は不明だったが、調査のための道具のようだ。

 大型の遠視装置もある。それに、こっちは通信機だ。


 右端の戸棚には取っ手がついてなかった。ということは、ここにも鍵がかけられている。……ああ、そうか。


 机に戻り引き出しをあさる。すぐに、電磁フッカーを見つけた。

 確か、金庫でなければ決められた単純な操作で開く、とウィルは言っていた。少し記憶を探る。あの時と同じ手順だといいけれど。


 扉にフッカーを当てて覚えているとおりに動かす。カチリと音がしてあっけないほど簡単に開いた。


 現れた棚に銃が整然と並んでいるのを目の当たりにしてギョッとする。

 なぜか、この家が先日来何度も見ている、紫黒の海の光景と相まって、急に現実味を帯びてきた。背筋がゾクゾクとする。


 さっと扉を押して中が見えないようにした。

 そのまま後ずさりしてドサッと椅子に座る。


 机の上に放置された帳面をちらっと見たあと、嫌な思いを振り払うように頭を動かす。

 あとで、もう一度、これと向き合おう……。


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