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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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130 手がかりを探す

 カレンは図書室の隣の部屋を調べた。


 ここは客間かしら?

 むき出しのベッドと机、それに白い戸棚が二つ。それ以外に気になるものがない。ざっと見回したあと扉を閉めた。


 隣の部屋も同じだった。その次の間には、椅子がたくさん置かれていた。どの部屋も使われている痕跡がない。


 左端の部屋は違っていた。ここはたぶん食事室だわ。それにしても広い。大勢の人が入れそう。


 奥に進むと案の定、立派な厨房(ちゅうぼう)があった。中に入って一回りする。たくさんの調理器具も食器もきちんと整理されていたが、ここも、しばらく利用されていないようだ。


 戻る途中で気がついた。食事室の奥にも通路がある。そちらに向かうと同じような客間、それに複数の浴室や作業部屋などが並んでいる。これほどの施設は何に使われたのだろうか。


 連結間に戻って、反対側に移動する。こちらは中央に大きな両開きの扉が一つだけ。取っ手をつかんで引いたがビクともしない。


 一歩下がって周辺を調べると、先ほどの奥の壁と同じようなパッドが左側の離れたところにあるのに気づく。壁と一体化して目立たないため、すぐに見つけられなかった。


 手のひらを押し当てるとロックが外れる音が聞こえたが、いつまでたっても扉は開く気配がない。

 手であけるのかしら。

 両方の取っ手をつかんで左右に押す。今度は簡単に動かせ、二枚の板はするすると左右の壁に吸い込まれて、大きな開口部ができた。


 新たな空間は雰囲気ががらりと異なっていた。

 そこは、連結間の白を基調とした明るい部屋とは異なり、薄暗い廊下になっていて、その正面と左右の突き当たりにそれぞれ扉がある。


 真ん中の扉をあけると、さらに別の世界が広がり、しばらく入る勇気がなかった。


 この場所は……居間だろうか。突然現れたくつろぎの空間に戸惑う。いくつかのソファにガラス張りの戸棚。

 部屋の周囲から柔らかい光が差し込んでいる。ここも天井が明かり取りになっているようだ。




 やっと中に入り、体を回してぐるりと眺める。居間から続くいくつかの扉を順に見つめ、とりあえず右端の扉に向かう。中は見えない。

 ちょっと赤みがかった茶色の木でできた扉。表面には全体より若干薄い色で絵が描かれている。


 これは、いくつかの木を組み合わせた模様だ。何の木だろう? 木の幹と枝だけが配置されていて、葉や花はない。冬の森だろうか。


 吸い寄せられるように近づいた。扉を開いたところで立ち止まり中の様子をうかがう。

 左側にはベッドがあり、正面には大きな窓から光が入る明るい部屋だった。

 作り付けの戸棚が右側の壁にずらっと並ぶ。窓のそばには机、それ以外にも、椅子やソファが置かれた大きな部屋だった。

 これは、ここの住人の部屋に違いない。


 戸棚の一つを開くと、中には女性用の服が何着か(つる)されていた。隣を開くと、用途のわからない機械が棚に整然と並んでいる。別の戸棚には衣類や毛布などが高く積み上げられていた。


 机の前に移動する。脇の引き出しの中には、いろいろなものがごちゃごちゃと詰め込まれており、誰かが長く暮らしていた雰囲気がじかに伝わってきた。ここは、エレインという人の部屋なのだろうか。




 居間に戻って、最初から気になっていた、左奥の白いガラス戸に近づく。こちらは両開きになっている。軽く開いた。


 室内に入るなり驚く。部屋の真ん中にベッドが置かれているが、一見して普通のではない。医療用かしら? そうだとしたら、ここは医務室ね。

 しかも、このベッドには開閉式の丸みを帯びた透明な蓋がついていて、今は閉じられていた。ますますわからない。


 ベッドを一回りする。内側は布で覆われている。それに、ベッドの下や壁際には、用途のわからない複雑な装置が多数置かれていた。

 壁には何やらいくつもの接続管がつながれているし、何か、深刻な病気にかかった人用の設備かしら?


 もう一度もとの位置に戻ると、先ほどは気づかなかった取ってのような物がついていることに気づいた。


 これを開くためのもの? 二つの取っ手に手を伸ばして触れたとたん、頭の中に一瞬衝撃が走った。思わず手を引っ込め、目の前の装置を凝視する。


 何だかわからないが、突然、頭がクラクラしてきて、目を閉じるとその場にしゃがみ込んだ。動悸が治まると深呼吸して目をあける。


 すぐ目の前の機械の表示に気がついた。これは、時報盤、それに、何かわからない表示と数字の羅列。それも、まだ動作している。他と違って、最近まで使われていた形跡がある。


 だいぶ落ち着いたので、頭を振って立ち上がると、部屋の壁に沿って並べられている椅子までゆっくりと歩いていき座る。

 あの夢、そしてレオンの言葉が(よみがえ)る。両手でこめかみを押さえてしばらくそのままでいた。




 呼吸が落ち着いたところで立ち上がる。とにかく、まずは他の部屋もひととおり調べないと。


 戻って真ん中の扉の前に立つ。隣とはまた違う木の模様が描かれている。

 中は普通の部屋だった。


 隣の部屋と同じように、ベッドに物入れがある。机と椅子と戸棚、小さな扉にパッドがついているのに気づく。こんなところが鍵で閉められている。何か重要なものが入っているに違いない。


 急に鼓動が高まってくるのがわかった。

 もしかすると、この中に見てはいけないものがあるのかも。ここは誰の部屋かしら? こっちがエレインの部屋なのかしら? しばらくためらったが、手を当ててみる。


 かすかな音とともに扉がパタンと開いた。

 中にはずらりと引き出しが並んでいる。順にあけてみる。よく普通にあるようなほとんどは雑多なもの、おもちゃなどがごちゃごちゃと入っていたが、最後の引き出しだけは別だった。


 小さな本がびっしりと並んでいた。もう一度よく見ると、本じゃなくて筆記帳に思えてきた。

 一冊引っ張り出してみる。パラパラとめくってみるが、中は真っ白だった。未使用の新品ね。


 戻して一番手前の一冊を取り出す。中を開くとやはり真っ白。ちょっと紙質が厚いわね。

 よく見れば、紙とはちょっと違う感じだ。何かしら?


 それにしても、これは……。たくさんの筆記帳をあらためて眺める。もう一度ひっくり返して背表紙を調べる。外側は厚い板のようなもので作られているし、中のページはやはり普通の紙ではないこともわかった。




 もしかすると……。

 本を光にかざして色合いを確認してから、手を表紙に当ててみる。本が一瞬光った。

 やはり。ということは、これはわたしに関係あるものなの? 鼓動が早鐘を打ち始める。


 もう一度、中を開くと、今度は文字がびっしりと書き込まれていた。しかも、手書きだ。それも、普通の筆記具で書かれたように見える。


 本をパタンと閉じて机の上に置くと、急いで椅子を引っ張り出し腰掛けた。足がガクガクする。

 気を落ち着かせようとするも、呼吸がしだいに荒くなり胸に痛みを感じる。


 これ、読んでもいいのかしら?

 もう一度、本を取り上げようとしたところでためらう。でも、見ることができたということは、どちらにしろ、わたしが読んでもいいってことよね。


 中を見ていいという許可が出たと勝手に決める。

 ひとつ深呼吸する。落ち着け、カレン。


 あらためて本を取り上げ最初のページを開いた。




『今日はサキュストのお祭り。日暮れ前に町に向かった。おやつを食べ音楽会に足を運ぶ。どれも新鮮な経験。ふたりとも少しはしゃぎすぎたかも。お祭りは華やかで楽しいが、終わったあとが妙に寂しい。それに来年は……それを考えるのはよそう』


 その下に小さな字で付け加えられていた。


『今年はいい天気に恵まれた』


 絵が描かれている。屋台が連なった並木道。主要な部分に色がつけられている。フィオナの描いた絵のように丁寧に陰影がつけられていて、その場の雰囲気が目の前に浮かぶように伝わってくる。


 右端にはなぜか服が描かれている。

 もえぎ色で描かれたスイレンと橙色のイチョウだろうか、春と秋が同居している落ち着いた意匠だわ。


『下に住んでいると何をするにも近くて便利』




 どうやら、これは、日記らしい。少しページを送った。


『ナンが腕に傷をこしらえて帰る。しかも両方。また誰かと喧嘩(けんか)したらしい。最近やけに多い。喧嘩に強いのはいいが、今度も、相手が気に障ることを言ったのか』


 ナンというのは人の名前よね。文面からして子どもかしら。


『手当てはすぐに終わる。問題なし。話はしてくれないので少しだけ心配。それ以外の話はいくらでも飽きるほどしてくれるのに、怪我(けが)の原因になると口を閉ざす』


 子どもに関する悩みらしい。

 パラッとめくる。紙と違って腰がありしっかりしている。


『マリナル先生に会った。いろいろ言われたので少しだけ反論した。マリナル先生はそれほど悪い人ではないが、少し偏見を持っているようだ』


 やはり学校の話か。

 少し読み飛ばす。


『いちいち些細(ささい)なことで相手にしないように、ナンに言い聞かせるが、効果なし。しょうがない。別に間違ったことをしているわけではない。このまま見守ろう』




 書いてあるのは、ナンという子のことが多い。これを書いたのはこの子の母親なのだろうか? 他には誰も出てこない。ふたり暮らしなの?


 さらにページを進める。


『支払日。ナンを学校に送ったあと、川港まで行く』


 反対側のページには、川沿いの地図がいやに丁寧に書き込まれている。


『ウルブ3から送られてきた荷物を受け取る。野菜と干物がたくさん』


 続いて、明細が連ねられている。

 まるで……毎日の行動の記録さながらだ。ところどころに描かれている挿絵はなかなかいい。


 これまで絵を描こうと思ったことがなかったけれど、こういうのを描くのは楽しそう。今度試してみようかしら。


『もうすぐ、皆が戻ってくる。楽しみ。ランと会うのは久しぶり』


『一年たつ前に会いに来てくれて感謝』


『皆が戻ったら、また、上で暮らすことになる。町はすごく便利だが、やはり、上のほうが落ち着く。でも、ナンと離れるのはとても寂しい』




 ああ、ほかの人たちはしばらく出かけていたのね。それに、この山の上に住んでいたわけではなさそう。つまり、この時は下の町で生活していた。


 どんどん進めて、ところどころに目を走らせる。


『久しぶりにナンと会った。どんどん背が伸びているようだ。とても元気そう。立場が変わったらどんな顔をするだろう?』


 何の立場?


『彼と別れるのは(つら)い。今度会っても同じように接することはできない。それが無性に寂しい。少しだけ母を恨む。たとえそれが義務だとしても』


 文章の意味がまるでわからない。


『見届けることなく旅立つのはとても辛い。未来が恐ろしく思え不安でいっぱい。拒絶されないだろうか?』


 いったい何の話? 読んでいるだけで胸が締め付けられるのはなぜ?


 どんどん飛ぶように視線を送る。


『双子の名前を考えてと頼まれた。命名はわたしの役目ではないと思う。引き換えに、こっちもお願いした。やはり前に考えたのがいい』


『リストを作成した。かなりの量』


 その下には、品物の名前と数字が延々と書き連ねられている。

 この日記帳にのせる意味はあるのかしら。




 日付を見て少し考える。十七年余り。わたしが生まれた頃? そう思いながら、そのページに躍っている文字を凝視する。

 そこで突然気がついた。似ている。この数字の書き方。


 そう思いついた瞬間、本を取り落としそうになり、慌てて膝で押さえる。

 しばらく筆記帳を見つめたあと、パタンと閉じた。


 プルプルと腕が振るえてきた。十七年。そんなのありえない。これは別人。単なる勘違い。必死にそう言い聞かせる。


 手の中の日記帳から目をそらし、引き出しの中の本の数を確かめる。

 これ、全部が日記なの? すごい量だ。これを毎日書きつづっていた人は相当に根気があるわ。


 どうかしている。わたしには到底できないわ。それに、文字の書き方が同じような人は大勢いるはず……。


 胸の鼓動が少し落ち着いてきた。

 震える手で本を引き出しに戻すと、椅子を引いて立ち上がる。ここは後回しにしよう。


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