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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第5章

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129 エレインの家

 カレンは、高い生け垣に囲まれた大きな建築物をしばらく見上げていた。


 あの奥の大きな丸い屋根は何だろう? 手すりのようなものがぐるりと設置されているように見える。

 ここからわからない場所に出入り口があるに違いない。あそこはこの建物の屋上なのかしら。


 メイがこちらを向いた。


「ねえ、カレン。ここがその目的地なの?」

「もちろん間違いないわ。でも、変わった形の建物。あの大きい屋根は何のためかしらね?」

「しかも丸屋根は二つあるよ。手前の小さいほうは、見た感じ天窓っぽいけど、奥の大きいのは何だろう? ぐるっと取り巻いているのは何となく見晴台のように見える。それにしては上のほうに窓が全然見当たらないな」


 そう言ったシャーリンは首を(かし)げた。

 反対側に顔を向けていたメイが声を上げる。


「ほら、あそこ見て、丘の上。木の間に見えるの、あれ、通信塔じゃない?」


 ほかのふたりも振り返った。


「本当だ、でも、ずいぶんと離れたところに立ってるな」


 そのあとシャーリンのがっかりしたような声が続いた。


「それに、向こうに道らしきものがあるよ。きっと下からここまで車で来られたんだ」


 メイの声は落胆と後悔に包まれていた。


「えーっ? それじゃあ、苦労して坂道を登ってくる必要がなかったということ?」

「まあ、たぶんね」

「下でもっとよく確認すればよかったー」




 いや、それよりも、向こう側には平らな場所があるのだから、今度来る時は絶対に空から来るべきだわ。


 登り坂の終わりは突然に開けた平坦な草原が広がり、その両側には低い木々が林立する小さな森が形作られていた。

 この建物は、数多くの大木によって登り坂からも向こうの道からも隠されている。


 生け垣の途中には中が見通せる金属製の扉があった。そこまでの道にも生け垣の周辺にも、草がぼうぼうと生い茂っている。


 全員が唯一の入り口らしいその扉を目指して移動した。扉には掛け金がかけられてはいたが、鍵はかかっていない。

 シャーリンは扉のすき間から手を差し入れてスライド棒を引くと扉を手で押しあけた。


 ()びた鉄特有のきしみが静寂(しじま)を破り、最後に響き渡ったもの悲しい音色に驚いたのか、数羽の鳥がどこからともなく飛び立って空に消えていった。


 冷たい風がそばを駆け抜けていき、冬が近いことを思い出させた。


「まるで、招かれざる侵入者のようね、わたしたち。今まで止まっていた時がいやいや動き出したかのよう」


 扉を押しあける途中で振り返ったシャーリンと目があった。


「カルは時々ドキッとするようなことを言うね」

「そーお?」


 シャーリンに続いて敷地に入ったメイは、何度も首を振った。


「わたしもそう思いました」


 メイはちょっと震えながら、左手で上服の襟を合わせた。


「あの建物の中には、わたしたちを歓迎しない何かが……」

「メイ、カルの影響をまともに受けすぎだよ」

「ああ、すいません。つい、つられて、想像が先走ってしまいました。さあ、行きましょう。あそこが建物の入り口のようです」




 入り口の扉にはやはり取っ手がなかった。


「これ、ケイトの家とまるで同じだ」

「そうね、シャーリン。だとすると、前と同じように……」


 そう言いながらメイは、扉の脇の板を探り始め、ほどなく小さい開閉板を見つけた。横に動かすと小さなくぼみが現れる。


 メイは手を中に入れ、指で上側をなぞっていたが、手を引っ込めると振り向いた。シャーリンと目を合わせるとうなずいた。

 シャーリンも首を縦に動かす。


「あけるわ」


 メイは服の中から自分のペンダントを取り出すとその開口部に下から当てた。


 何も起こらない。


「あれっ? 場所を間違えたかな」


 メイはしゃがみ込んで頭を傾けると、ペンダントを当てたところを見上げた。手を上げてペンダントをいったんはずしてからもう一度押し当てる。


 やはり何も起こらない。

 体を起こしたメイはペンダントを引き抜いて立ち上がった。


「それとも壊れているのかな?」


 緑色に光るペンダントをじっと見る。




「これは違う展開だわ。よし、これには、ちゃんとした理屈があるはず」


 メイもこういうのが好きらしい。喜喜とした様子がありありと感じられる。ペトラとかフェリシアに相通じるものがあるわね。


 メイは、またしゃがみ込んで、あたりを調べ始める。


 シャーリンが左右に続く壁を見上げていた。

 少し上には窓がある。


 それほど高いわけではない。よじ上ろうと思っているわね、シャーリンのことだから、きっと。


 彼女が行動を起こす前に通常の方法で入るべきだわ。カレンは手を服の中に入れた。


「メイ、ミアのペンダントで試してみる?」


 頭を傾けて差し込み口を見ていたメイはつぶやいた。


「ちょっと待って。そうか……これはお姉ちゃんのでもだめね」


 そう言うと立ち上がった。


「シャーリンのでやってみてちょうだい」

「ん? 何で?」


 そう言いながらも左手を服の中に入れ自分のを取り出す。青く光るペンダントを持ってしゃがみ込み、手で差し込み口を触るのが見え、青い棒を押し当てる。

 すぐに、カチッという音が聞こえたかと思うと、玄関扉が外側に向かって開いた。


「うわっ、何で?」

「ここは、シャーリンの家じゃない?」

「突然何を言いだすの? というか、どうしてそう思うのさ?」

「そこの下にシャーリンの印がついていたから」

「お言葉ですが、ここに住んだことは全然ないのですけど」




 目の前には入り口の間が広がっていた。天上の明かり取りが大きくとても開放的だ。そこを通りすぎ次の扉を左右に開くと、いくつもの扉がずらっと並んだ奥行きのある部屋が現れた。


 上を見て納得した。ここが小さい丸屋根のある部屋。

 やはりあれは天窓の役目だったのね。細長い大きな部屋にもかかわらず、増幅された日の光が隅々まで行き渡りとても明るい。


 この続きの間の一番奥にはきれいな壁があった。全員が引きつけられるように奥に向かう。

 近づくと木目模様の大きな壁面の一部が扉になっているのがわかった。

 この向こうには何があるのだろう?


 部屋の配置を思い描いてみる。

 この先は、外で見たあの大きな丸屋根があるところだわ。あの屋根の大きさからすると、きっとすごく大きな部屋に違いない。


 シャーリンとメイは扉のように開くらしい境目の周辺を調べていた。まもなく違う場所に小さなパネルを見つける。


「これ何だろう?」

「きっと、これがこの先に進む鍵だと思うわ。以前にもこれと同じようなのを見たことがあるの」

「どうやって動作させるんだい?」

「えーと、どうだったかなー。手かなあ」


 メイが手を当てるが何も起こらない。


「もちろん、ペンダントじゃないの?」

「やっぱりそうよねー」




 カレンは部屋をぐるりと見渡した。

 続きの間の中央にはとても大きなテーブルがある。ここは会議室のような役割もする場所だろうか。それに、いろいろな部屋に通じる連結間ともなっているようだ。

 それとも巨大な廊下かしらね。とりあえず最も近い左の扉に近づいた。


 近くで調べるとただの普通の開き扉のようだ。すんなり開いた。

 中を見て驚く。

 これはこぢんまりとした図書室だ。まあ、書庫といった程度のものだけれど、とにかく本がたくさんある。


 中に入ると、ちょっと湿気(しけ)ったにおいに囲まれた。

 締め切っておくのは高価な本にとってよくないわね。このまましばらく開きっぱなしにしておいたほうがいい。


 ずらっと並んだ本の背表紙に目を走らせる。

 ざっと見たところ、医学に関すると思われる本がたくさんある。

 そういえば、エレインやケイトの作用力は何だったのだろう? 医術者だったのだろうか。

 それに、反対側の棚には見た感じでは技術書に見える本がびっしりと詰まっていた。


 このことを話したら、ペトラとフェリシアがここに住みつきたいと言うわね、きっと。うん、間違いないわ。

 ここにある本が普通に売られているものなのか、それとも貴重な本なのかはわからないけれど。とにかく、あとで話してみよう。


 いくつか本を引っ張り出して中をパラパラとめくってみる。どの本も分厚くて重い。どうして、この手の本はこんなに(いか)つくできているのかしら。




 シャーリンの呼ぶ声が聞こえた。


「ねえ、カル、こっちに来て」


 手に持っていた本をしぶしぶもとに戻すと、部屋をあとにした。

 壁にはめ込まれたパネルの前に立つふたりを見る。


「どうしたの?」

「この奥に部屋があると思うんだけど、開かなくてね。それで、メイが言うにはカルのペンダントじゃないかって」

「わたしの?」


 そう言いながら、服の中から引っ張り出す。


「これをどう使うの?」

「ここに近づけてみて」


 カレンは取り出したペンダントを白いパネルに当てた。


「それで? 次はどうするの?」

「やはり違うのか」

「それじゃあ、手を当ててみてくれる?」

「こーお?」


 手のひらを押し当てる。


「何も起こらないな」

「ちょっと待って、シャーリン。向こうで音がした。みんな、下がって」


 壁が少しだけ奥に動くと、中央に割れ目が生じて、しずしずと左右に動き、目の前に巨大な部屋が姿を現した。


 シャーリンとメイに続いて一歩入り見上げる。確かにあの形状からして、外から見えた大きな丸屋根の内側だ。それにしても天井が高いところにある。少なくとも三階、いや四階くらいの高さはあるわね。


「大っきい部屋ね」


 そうつぶやきながら見回すと、ふたりは右側にある乗り物に目を(くぎ)付けにしていた。


「なんだ、これ?」

「船に見えるけど」

「ちょっと小さくない?」

「これは小型の空艇よ。確か個人用の。何かでこれと同じようなのを見たことがあるわ」

「それじゃあ、ここは……つまり、格納庫なのか」

「上のあの屋根は開くような気がするわ」


 だだっぴろい空間を指差しながら、シャーリンが結論づける。


「うん、きっとそうだ。空艇がここに直接下りられるに違いない」

「こんな小さな船、最近は見たことがないわ。でも、もしかして……」


 メイは小走りで船に向かった。

 シャーリンもついて行く。しかたなく、カレンもあとに続いた。


「やっぱり……ロメルで造られたものだわ」


 船尾の銘板を撫でながらつぶやいた。


「えっ? メイのところでは空艇も造っているの?」

「もちろんよ。そのために大量のメデュラムを買い付けているんだから。でも、今はだいたい輸送用か建設用の空艇しか注文を受けていない。きっと、以前にはこんなのも造っていたのね。中に入ってみましょう。何かわかるかも」


 小型艇の調査はこのふたりにまかせておけばいい。


「わたしはほかの部屋を見てくるわ」


 そう言うとカレンは連結間に戻った。


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