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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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128 山登り

 目の前には、さらなる急坂が待っていた。

 見上げて目を凝らす。先のほうは森に閉ざされてよくわからない。


「ここを登るの? 本当にこの道で正しいのかな?」


 振り返ってカレンを見る。

 声は聞こえたらしくすぐに答えが返ってきた。


「間違いないわ、シャル」

「カル、なんでそんなに自信が持てるの? ここに来たことがないのに」


 カレンは後ろ向きで立ち塞がるように立ち止まったシャーリンのすぐ前で足を止めた。

 カレンの肩越しに、今まで歩いてきた道をたどる。ずいぶんと登ってきた。ここから見ると、もう樹木には阻まれずに開かれた視界の先には、大きく広がる町並みを見下ろすこともできた。


 背の高い建物がほとんどないため、町の真ん中を流れるウリ川の水面がキラキラと光っているのも見える。さすがに、川港は手前に連なる倉庫と思しき大きな建物に隠されている。


 川を行き交う船は多く、どれも大型船のようだ。メイの船が停泊しているところも、ここからだとわからない。


 カレンに目を戻す。


「それとも、カルは以前にここに来たことがあるの?」


 ついよけいなことを言ってしまった。先が見えないことでイライラが募っているだけなのは自分でもわかる。それをカレンに当たってもしょうがないのに。

 カレンはこちらをじっと見たあと、少しだけトゲのある言葉が返ってきた。


「シャル、そんなことあるはずがない。少なくともここに来た記憶は、今のわたしの中にはないわ」

「ごめん」


 カレンは一度うなずくと、肩にかけていた荷物を反対側に移した。それから向きを変えると下界を眺める。いま初めて町に目を向けたらしい。


「あら、すごい景色だわ。こんなに登ってきたのね」


 隣に並んで少し遅れて登ってくるメイを見る。カレンは完全に否定したけど、それでも、何となく古い記憶がカレンの自覚なしに働いているような気がしないでもない。




 やっと追いついてきたメイが息も切れ切れに声を出した。


「やれやれ、この道、きついわ……ところで、何の話をしていたの?」

「この道でいいのかってシャーリンが心配しているのよ」


 カレンが苦笑を漏らすと、メイの口元には微笑が浮かんだ。


「ああ。……そうは言っても、結局のところ、あの示された場所につながると思える近道は、これしかないようだし、ここを進んでいくしかないのでは?」


 まあ、持っている地図で見る限り、この道しかないようだが、地図にのっていない道がある可能性はある。また、失敗したかな。


「それは、あの地図に示された位置とウルブ6の関係が正しく表されてると仮定しての話だよ」

「シャーリン、ケイトの家の場所も正しく表示されていました」

「そうだった。わかったよ。しかし、あの、点しかない曖昧な地図でよくここまで来たよ」


 カレンが口を挟む。


「やはり、空艇を使わせてもらえるようになるまで待って、連れてきてもらったほうがよかったわ。こんなに大変なところとは考えていませんでした。すみません」

「何もカルが謝ることじゃないよ。まあ、確かに空から探せば目的の場所をすぐに発見できた可能性は大きいし、こんなに苦労して歩く必要もなかった」


 メイが同意するように何度も首を振ったあと、付け加えた。


「ちょっと言わせてもらうと、目的地はほとんど国境のそばだし、国境は尾根に沿って設定されているから、この登り坂だって予想できたわ」

「そうね、メイ、そのとおりよ。だけど、空艇はトランサーとの戦いに必要だから、こんなことのためにヒョイとお借りすることはできないわ」


 シャーリンは同意した。


「それは正しいよ、カル。それに、ただ待つより動いたほうがいいに決まっている。まあ、空艇で来るんだったら、ペトラも一緒に来られたと残念がっていたけど、大事な仕事があるからね。何たって、今は非常事態だ。それぞれ、すべきことをやるまでだ」

「それにしても、メイの護衛を連れてこなくて本当によかったの?」

「車なら一緒に来てもらったけど、彼らに登山を()いるのはちょっと気が引けて。それに、カレンがいればいきなり襲われることはないでしょう?」

「それはそうですけど」

「今さらだけど、どこかに車道があったかもしれない」


 そう言うと、メイが肩をすくめた。


「そのときは、いい運動になったということで」




 手を腰に当て体を反らし、坂の上を見ながらメイが言った。


「それで、あとどれくらいでしょう?」

「この地図によれば、尾根までは、あと三千メトレくらいだから、それよりは近いはず」

「はあ、まだそんなに? わたし、疲れました。ここで休憩にしませんか?」

「そうだな。急いでも目標は逃げないし。じゃあ、かなり早いけど、食事にしちゃおうか」

「すてき。では、さっそく」


 メイは背負っていた大きな荷物を地面に下ろした。紐を解いて開くと、畳まれた厚手の布を取り出す。

 それを持ったまま、あたりを見回した。


「えーと」


 すぐに、少し離れたところにある平たい大きな岩を指差した。


「あそこにしましょう」


 メイは岩の山側に持っていた布を広げると、かばんの中から次々と物を取り出してテーブル代わりの岩の上に並べ始めた。


「ねえ、メイ、すごい荷物だね。こりゃ疲れるわけだ」

「大丈夫です。ここで、皆さんのおなかにこれを全部納めてしまえば、わたしの荷物はぐっと軽くなります」


 こちらを見てにっこりした。


「はあ、そういうもんかい」


 なぜか、楽しそうに口ずさみながら食事の準備をするメイを横目に、眼下に広がる景色を堪能する。少し肌寒い。高いところに上がってきたせいか、それとも季節からか。



***



 メイが()ぎ足してくれたお茶を両手で包み込むように持って味わう。


「ねえ、やはり、ヤンの言ったことは正しいのかな?」

「ヤンというのは、シャーリンが話したというアンドエンの指導者のことですね?」


 首を縦に振る。


「無作用主義者の人たちに会ったときのことだけど、ヤンは作用力こそがすべての問題の根源なのだと何度も主張してた」

「どういうことですか?」

「紫黒の海を作り出したのがメリデマールの作用者たちだと言うんだよ、彼は。とてもそんなこと信じられないだろ。あの、トランサーを無限に生み出す元が、いくら能力が高かったとはいえ作用者なのだと、人なのだと主張するんだから。えーと、誰だっけ、そうそう、ユアンだ」


 メイがつぶやいた。


「そうでした。あの時もその名前を耳にしました。ユアン……聞いたことあります。お姉ちゃんから」


 カレンの身じろぎを感じたが、顔を向けても、じっと何かを考えているようで口を閉ざしたままだった。


 メイがユアンの名前を知っているのは、ミアがレオンと親しくしていたからだ。いや、そうではなくて、ユアンがエレインの兄弟だから。

 そこで、一瞬ゾクッとした。ヤンは、わたしがユアンとつながりがあることを知っていたのだろうか?


 いや、そんなことはないはずだ。わたしだってケイトが母親であることをつい先日知ったばかりだ。彼らが知るはずがない。




「お母さんは教えてくれなかった……」


 メイのつぶやきが聞こえた。

 話さなかったのは、メイの母親が、ヤンが主張するようにユアンたちが間違ったことをしたと、認めていたからだろうか。


 気を取り直したようにメイが話を再開した。


「それで、ヤンは何をしたいの?」

「移住をもっと早く進めるべきだと言ってた」

「でも、彼らのように作用力を否定するのは、紫黒の海の南下に世界を委ねよという意味よね。そうなると、この大陸はあと何年もしないうちに破壊されてしまうわ。そんな短時間で、ここに住んでいる全員が移住できるとは思えないし。何か話が矛盾していない?」

「そうだね。それはある意味、正しいよ。彼らの主張は二つあって、一つは今の状況を生んだのが作用者であり、作用を否定するというもの。もう一つは壁の維持に力を入れずに移住に全力を注げというもの」

「ロメルは移住用の船をたくさん造っていますけど、船を造るには大量の資源が必要で、トランサーがルリ川のこちらに来てしまうと集めるのがどんどん難しくなるわ。オリエノールはどうですか?」

「オリエノールの最大の鉱山は北部地帯にあるんだよ。あれがなくなると、いろいろとやっかいなことになりそうだな。トランサーが来る前に必要な資源をどれだけ回収できるかが国の命運を左右しそうな気がするよ」




「アンドエンの話はこれまでにも何度か聞いたことがあります。彼らの主張はもっと早くから移住を進めていれば、間に合ったということでしょう。作用力による壁に頼り切って移住の推進を遅らせた責任があると」


 シャーリンは首を振った。


「それは正しいのかもしれない」

「実際、移住先はだいたい決まっているし、移住し始めている人たちもいる。そういう意味では、残された時間でどうにかしようとしているんだわ」

「自分が今まで思ってたことが正しいのか自信がなくなってきた。少なくともあれを見たあとは、あの海を押し返すどころか南下を遅くすることすら難しいと実感したよ」


 カレンが突然つぶやいた。


「もしかすると、わたしたちは消えゆく運命にあるのかもしれない」

「何を言ってるの? カル、そんなことない。この大陸から出れば安全だし、わたしたちは絶対に諦めるべきじゃない。生き続けないといけない。この世界のみんなが移住できるように。だって、それが、わたしたちの成すべきことだから」

「ええ、そうね」


 そう言うカレンの表情は暗かった。


「作用者が紫黒の海を作り出したとの主張に反対する、という一点だけは、わたしもレオンに同意するよ。わたしたちは、あの海が大陸を覆うのを遅らせ、全員がほかの島に移り住むまでの時間を生み出す。それがこれからやるべきこと」


 カレンがまたつぶやいた。


「移住すれば解決なのかしら」

「何を言うの? カル、やつらは水を避ける。だから、この大陸の全員が海を渡るんだろ?」




 そう言われたカレンは、じっとこちらを見て考え込んでいるようだった。


「ねえ、シャル。もっと気になることがあるんじゃない?」


 たまに、カレンにはドキッとさせられるが今がまさにそうだった。何か匂わせたっけ?

 こちらを見つめるカレンの視線から目をそらす。


「これ以上、悪い話はないと思うわ、シャル」

「そうでもないよ。実はね、ヤンにもう一つ気になることを言われた」

「作用力について?」

「うん」

「アンドエンというのは自分たちが作用者じゃないのに、作用者のことに詳しいのね」

「そうなんだよ。ヤンが言うには……壁を維持するために作用者じゃない人たちが協力してるだろ」

「ええ、正軍の人たち。彼らから精分を吸い上げて巨大な防御フィールドの維持に使っている」

「それが、その人たちの寿命を縮めているんだと言われた」

「それは、長時間拘束するとでしょう?」

「わたしもそう思ってた。彼が言うには、作用者と違って普通の人にはただちに影響が及ぶんだと」


 カレンは黙ってしまった。


 そういえば、カレンはあの崖での戦いのあとこん睡状態に陥った。あれは力を使い果たしたからだとザナが言っていた。

 あれも、カレンの寿命を縮めたことに思い当たり、突然、体に震えが走った。どれくらい命を削ってしまったのだろう?


 メイが陰気な雰囲気を払うように元気よく言った。


「そろそろ出発しませんか? この道を夜に下るのはごめんだわ」


 もうすぐたどり着く。そこに何があるのだろう? きっとすべてが明らかになる。

 高まる予感を胸に坂を登り始めた。


◇ 第1部 第4章 おわり です ◇


◆ここまでお読みいただきありがとうございます。


引き続き、よろしくお願いいたします。


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