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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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126 新しい家

「ここは、なかなかいいところだね」


 一歩足を踏み入れた瞬間に、シャーリンは感想を漏らした。

 座り心地のよさそうなソファに落ち着いた内装、今まで住んでいた殺風景な部屋と比べるとかなり衝撃的だ。


「でしょ? アリーにしては今まででは考えられないくらいセンスがいい」


 それはつまり、こういうことに理解のある人に手配させたということだが、いったい誰にまかせたのだろう? これまでに会ったことがあるアリシアの側近を思い浮かべてみたが思い当たらない。新しい人かな。


「ここが気に入ったということは、つまり、ペトはここにずっと住むんだ?」

「それはわからないけど、そうなるかもしれない。ほら、国都をいつまでもほっとけないでしょう? アリーはミンに早く帰って……やらなければならないことがたくさんある。こっちが落ち着いたらすぐにも戻るって」

「ペトも一緒に行く必要があるんじゃないの」

「わたしには……もっと重要な使命がある」


 ペトラはちらっとカレンに目を向けた。そのカレンは黙ったままメイのほうを見ていた。


「いや、国都に戻るほうが大事でしょ。だって国主の……」


 ペトラが大声を出した。


「わたしはもう決めたから。それにアリーの許可ももらっている」

「あ、そう。アリーが決めたことなら……。それで、向こうは今どうなってるんだろう?」

「ダニエルは、まあ彼なりに頑張ってるみたいよ。それに、アッセンから増援を十分に送ったし」


 部屋の中を見回す。今日は、エメラインがクリスの代わりにウルブに残って仕事をしている。ディードは司令部に出かけて今日は戻らない。それ以外は全員集まっている。




「あけるよ」


 元気のいい声とともに扉が開いた。マヤが入ってきて扉を押さえる。続いてワゴンを押した家事(かじ)と思しき人と、大きなポットを前に抱え込んだフィオナが入ってきた。

 ワゴンがテーブルの隣にセットされると、フィオナが家事に向かって言った。


「あとはわたしがするから。ありがとう」


 マヤは部屋の中を見回したあと、走ってカレンに近寄ると話しかけた。


「カップケーキ、作るの手伝ったんだよ」

「へーえ、すごいね、マヤ。何をしてくれたの?」

「えーと、レーズンとかをパラパラッと入れて混ぜた。それから、ペトラの好きなショウガを入れてこねこねした。入れ物につめるのも手伝った」

「お手伝いが上手なのね」


 そう言われたマヤは、(はじ)けるような笑顔を見せた。

 お盆に並べられたお菓子をよく見ると、確かにいろいろな形と色の小さなカップケーキだった。でも、ケーキにショウガなんて合うのかな。




 フィオナがテーブルの脇に膝をつきお茶の準備を始めると、マヤはペトラの膝によじ上って耳元で何やら話しかけた。


「今日のお菓子はとてもおいしそうだねー。ねえ、マヤ」


 そう言ったペトラは、続いてフィオナに聞いた。


「ねえ、フィン。ここはどう? 何か不満はある? 何でも言ってね。すぐに直させるから」

「ずいぶん偉くなったねえ、ペトラは」


 そう感想を述べると、ペトラは胸を張って答えた。


「当然よ、面倒くさい政治に引っ張り出されたからには、相応の見返りをもらってもバチは当たらないと思うわ」

「ペトラさま。この建物は趣があってどの調度品も格調高いです。備え付けの厨房もすばらしく、しかも、ミンのよりずっと使いやすいです。今日のお菓子は新しいオーブンを使って焼いてみました。温度調節の機構がとてもよくできています」

「へえー? その成果を今から味わえるってわけね。気に入ってくれてよかった。ああ、フィンもそこの席に座って」


 膝の上でだらんとしているリンを持ち上げると床にそっと置く。立ち上がったリンは身震いをするとのそのそ歩いてペトラの足元まで行き再び丸くなった。




「カレンさま、お茶をどうぞ」


 フィオナからカップを受け取ったカレンに話しかける。


「ねえ、カル。アリシアには会った?」

「ええ、今日お会いしてきたの。何度もお礼を言われて困ってしまったわ。アリシアさんはとても忙しそうでお気の毒」

「うん、確かに。ミンに戻る前にすることが山のようにあるらしいからね」


 メイはフィオナの隣に移動して、お茶とお菓子がのったお皿を次々とほかの人に手渡していた。

 全員に飲み物と茶菓子が行き渡った。


「今日は、ここのおひろめとカレンの復帰祝いよ」


 そう宣言したペトラは、さっそくケーキを口に入れ満足そうにうなずいた。


 お菓子をひとくち食べてみる。ふんわり感がたまらない。


「これはおいしい。うちにも、新しいオーブンがほしいな」

「オーブンだけ買ってもだめだよ。優秀な菓子職人がいないと無理だと思うな」

「うーん。マーシャのところに買わせて、食べにかよったほうがいいかな?」

「ああ、それはいいかも」




 マヤが服の中から何やら取り出して目を寄せて真剣な表情を見せた。時折顔を上げて部屋を見回す。

 ペトラが背後から(のぞ)き込んで聞く。


「何を持ってるの?」


 振り向いてペトラに紙を見せながらマヤは答えた。


「名前を覚えるの」

「どれどれ。……これはすごい」


 フィオナがペトラの持っているものに気づいて慌てたように声を上げた。


「ペトラさま、それは……」


 ペトラは構わず持っている紙をこちらに見せた。


「ほら、全員の顔と名前が書いてある。ほんとにフィンは絵の才能があるよ。うらやましい。カルも見て」


 受け取ったカレンが息を呑むのが見えた。

 慌てたように立ち上がったフィオナが訴えた。


「カレンさま……」


 彼女の頬はほんのりと染まっている。


 何かを思い出そうとするように、眉間にしわを寄せて紙をじっと見ていたカレンは、顔を起こすとフィオナを見上げて笑みを浮かべる。


「かなり誇張されていません?」


 そう言いながら、紙をこちらに返してよこす。

 あらためてよく見る。陰影がつけられていて黒色だけなのに写真のように見える。とても一色で描かれたとは思えない。


「うん。クリスがやたらかっこいいな。それに、カルとペトもまるで天使のようだ……」

「シャーリンさま……」


 困ったように言うフィオナはオロオロしていた。

 慌てて紙をマヤに返す。

 マヤが受け取った紙を大事そうにしまうと、フィオナは腰を降ろして大きなため息をついた。その顔はまだ紅潮している。


 フィオナの見立てが常に確かなのは、観察力が鋭いからか……。やっと謎が解けたような気がする。


「マヤはもうすぐ書機を買ってもらえるんだよね?」


 ペトラが代わりにうなずいた。


「たぶんね。そうすれば、色のついた絵が描けるよ」

「ほんとう?」


 マヤがうれしそうにペトラを見上げた。



***



「カレン、大丈夫ですか? 疲れたような顔をしているけど」


 メイの声にカレンを見れば、ぼんやりとして焦点の合わない目があった。

 ちょっと遅れて、驚いたような声が返ってきた。


「えっ? はい、何でもありません」

「先ほどから何かぼーっとしているように見えたので。はい、どうぞ」


 カレンにお代わりのお茶を手渡しながら、メイは心配そうな声で続けた。


「本当に大丈夫? 休んだほうがいいのでは?」

「あ、ちょっと考え事をしていただけです。どうもありがとう」


 確かに、カレンは考え事にはまると心ここにあらずのありさまになる。何が気になったのかな? フィオナの絵のことだろうか?


「それならいいのだけど」


 そう言いながらも、メイの気遣わしげな表情は消えない。


「そうそう、これ、もっと早くにお渡しすべきだったのですが、この前はぼんやりしていて……」


 カレンは脇に下げていた巾着から小さな袋を取り出した。そのままメイに差し出す。


「それ、何ですか?」

「あそこで……ミアから受け取ったものです」

「ああ、あの時の?」


 メイはそれが何かを察したようだ。受け取ると袋の紐を解いて中を(のぞ)き込む。


「やっぱり、お姉ちゃんのペンダントだ……」


 中身を取り出すと袋は膝の上に置いた。両手でペンダントを持って、そのまま窓から差す夕日にかざす。しばらくくるくると回していたが、手を下ろすとペンダントを再び袋の中にしまった。それから、袋を持った手をカレンに伸ばした。




 カレンがそれをじっと見つめていると、メイは独り言のように続けた。


「思い出しました。あの時、お姉ちゃんはカレンのことを何度も何度も呼んでいて、これを投げてよこしたんです。ああ、これは、カレンが持っていてください」

「でも、これは、メイのお姉さんが残した大事な……」


 メイは椅子から腰を浮かせると、カレンの手をぐいっと引っ張って、手のひらを上に向けるとそこにペンダントの入った袋を置いた。ついで、首を横に振った。


「カレンのお姉さんでもあるのよ。わたしとシャーリンはすでに同じ物を持っています。だから、これは絶対カレンが持つべきです。それが、お姉ちゃんの希望でもある」


 カレンはメイをじっと見つめていたが、最終的にはこくんと首を動かした。




「このペンダントが、わたしたちをお母さんとおばあちゃんの家に導いてくれた」


 それまで黙っていたペトラが我慢しきれないといった様子で口を挟んだ。


「導いたってどういうこと?」

「あ、ペトラには話してなかったかもしれないけど、ペンダントは三つあって合わせると地図が表示されるの」


 メイは両手を首の周りに回すと、するすると紐を引っ張った。服の内側から自分のペンダントを取り出すと、紐からはずして手に持ちくるりと回した。すぐにペンダントがうっすらと緑色に光りだす。


「あれ? メイのも光るの?」


 メイはうなずいた。


「ええ、自分のペンダントを手にした時だけ」

「ああ、国子(こくし)(あか)しと同じね。触ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」


 メイはペトラの前にペンダントを差し出した。


 ペトラはマヤを抱き上げるとフィオナの膝の上に座らせた。

 (かが)んでメイのペンダントを取り上げたとたんにため息が聞こえる。


「細工がとても緻密。それに、とってもきれい」




 ペトラはペンダントから目を離すとメイのほうを向いた。


「どうやって地図を出すの?」

「それはね……」


 メイがこちらを向いた。


「シャーリン、お借りしてもいいですか?」


 服の内側に手を突っ込むと自分のペンダントを取り出した。すぐに光を放つ。


「シャルのはオリエノールの青……」


 うなずきながら、ペンダントをペトラに手渡す。

 首を(かし)げたペトラに聞かれる。


「ミアのは何色?」

「赤」


 カレンはまだ手の上にのっていた袋をそのままペトラに手渡す。

 ペトラが中からペンダントを取りだし、すでにテーブルの上に置かれていたほかの二つの隣に並べた。


「その丸いほうを外側にして三つをそろえるの。順番と向きは端の形に合わせて」


 三つのペンダントを持って試してみたペトラは納得したようだ。




「ああ、なるほど」


 それから、手を持ち替え、再びペンダントをくっつけると両端を押さえた。


「メイに渡してごらん」


 メイはペトラからそのままの状態で受け取り、縦にした状態で下端を持って掲げると、ペンダントはまず緑色に光り出し、それから徐々に青色が混ざってきた。

 ペトラの目が丸くなり、ぱっとメイを見た。メイの反対側の手がシャーリンの手に置かれていることに気づいたようだ。


「ああ、そういうこと。でも、ミアがいないと……」

「そう、もう地図を見ることはできない。ふだんはもともと刻まれている模様が光るだけ」


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