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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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125 力覚者

 突然、ティアが耳元でささやいた。


「それで、ザナはこの形態のことをどう思っているの?」

「どうって、何が?」

「だから……わたしは……かわいい?」


 思わず忍び笑いを漏らし、肩を揺らしてしまった。ずるっと滑り落ちたティアは立ち上がると、腰に手を当ててこちらを見上げ頭を振った。深みを増した髪が盛夏の草原のように広がる。


「ごめんごめん、そうだねえ、女のわたしから見ても、ティアはとてもかわいらしいと思うよ。その青と深い緑が相乗効果でとてもきれい。それに、寝顔とかはもう絶品だわ。いくらでも眺めていられる」


 ティアは少し後ずさりした。


「寝顔? わたしは眠らないし」

「そう? でも、かわいいと人に思われるように作られたんでしょ?」

「……そうとも限らない」

「ふーん、複雑だねー」


 ティアはまじめな顔をしてつぶやいた。


「ザナ、わたしたちはもう残り少ない。わたしたちのすべきこと、守るべきものが、ザナのしたいことと一致していればいいのだけれど」


 そうだ、少なくとも目的の一部でも同じならば、その間はシルの協力を得られる。そうでないと……。




「ねえ、カレン。もう少し、力の使い方を制御したほうがいい」


 ティアも同意するようにうなずいた。シアは寝たまま首を縦に動かした。

 横着なやつだな。


「すみませんでした、ザナ。気を失ったことですね。みんなにもたっぷり(しか)られました」


 頭を下げるのが見えた。


「きっと、ザナがわたしを(よみがえ)らせてくれたのですよね。とても感謝しています」


 おや、いつの間に……。


「ああ、そうだと思いました」


 カレンはしたり顔をした。


「それなら、もうわかっていると思うけど、自分の中の精分をからっぽにしてはいけないよ。いったんそうなると自分の体すら起動できなくなる。代償もすごく大きい」

「はい。十分身にしみました」

「人にとって精分は、自分の体の維持にとって大事な要素。作用者にとっては、外から精気を取り込み自分の持てる精媒というエンジンを回す役割を担っている。ちゃんと残りを把握しながら力を使うこと。わかった?」

「はい。しっかり学習しました。同じ間違いは犯しません……たぶん」


 最後のつぶやきは聞き間違えだと思いたい。




「ところで、ザナにお聞きしたいことがあるんですが」

「なに?」

力覚者(りきかくしゃ)というのは何ですか?」


 ずいぶんと核心に迫る質問だ。


「誰から聞いたの?」

「えーと、力覚者というのはレオンからです。彼は、その、わたしたちを仲間にしようと近づいてきたのですが、その時、自分は力覚者の子孫だからと主張して。力覚者はすごい力を持つのだと言われました」


 いやはや。カレンの顔をじっと見ながら少し考える。レオンは、力覚者の意味を取り違えている。


「なるほど。そのレオンは少し誤解しているようだが」

「やはり、違うのですね?」

「力覚というのは、普通の作用者が、通常とは少し違う力を得ることを総称しているけど、力覚したからといって、強くなるとか特別な作用者になるとは限らない。力覚者にもいろいろあるんだよ」

「やはり、詳しいんですね。どうか教えてください」

「前に言ったかどうか忘れたけど、わたしの祖母はローエンの出身で、メリデマールに移住して母が生まれた。だから、西の王国に伝わる教えはふたりからさんざん聞かされたの。全部が正しいかどうかはわからないけどね」

「はい」




「向こうでは知られたことだけど、作用者の中にはまれに、普通とは違う力を持つ者が突然出現することがあるの。通常じゃないと言ってもいろいろあってね。イグナイシャとかメデイシャとかオベイシャもその一種と考えられている」

「えっ? そうなんですか?」

「彼らのことを作用者と考えていなかったと思うけど、通常の作用力を使わない彼らも一種の作用者には違いない。普通と力の方向や使い方が違うというだけで」


 さらに話を続ける。


「それで、作用者が力覚すれば、別の作用者と連携する力とか、作用を同時に使うとか、あるいは、三つ以上の作用力を持つことだってある。つまり、可能性だけはいろいろあるの」


 ここで、カレンは合点したような顔を見せた。


「ああ、ああ、そうなんですね」


 どの部分に、同意点を見いだしたのだろう?


「普通、作用者の持っている作用力は子どものころから決まっている。一般的には初動時にわかることになっているけど」

「それを()て力名が授けられるのよね」


 カレンは鼻にしわを寄せて考えているようだった。

 ザナは首を振って続ける。


「でも、実は産まれた時から、いや、この世に生を受けた瞬間から定められているの。非常に強い感知者ならそれも見分けられるのよ」

「生を受けた瞬間……ですか」

「そう。それに、力覚の種があるかどうかも見て取れるという話よ。力覚は最初から持っている作用とは違い、どちらかというと後天的な種類の力を得ることなの。決して力が増大することじゃない。それに、力覚は普通だと同じ継氏の親にしかできない」

「親だけ……」


 そうつぶやくカレンを眺める。


「極限状態に追い込まれることで力覚するという説もあるらしいけど、怪しいわね」


 顔を上げてこちらに目を向けるカレンを見ながら、さらに記憶を探る。


「ある日、突如として力覚することがあったらしいという話も……」


 レオンが何を探していたのかは何となく理解できた。それでも……。




 扉の開く音がした。どちらの幻精もそのままの姿勢でのんびりとしている。ということは……。


「こんにちは」


 やはり、ペトラか。しかし、いつもいいタイミングで現れる。

 全員が入ってきたペトラをじろっと見る。


「えっ? みんなそろってる。どうして?」


 ペトラは後ろ手で慎重に扉を閉めた。その顔が妙に輝いている。これは、質問攻めにされるな。まあ、その相手は、シアとティアだろうから傍観していればいい。

 そう考えていたら、いきなりこっちに質問が飛んできた。


「あのね、カル、メダンでのこと、ザナに聞いてもいいかしら? カレンはザナとすごく親しいようだし、いいよね?」


 カレンはちょっとためらいを見せたが最終的には首を縦に動かした。

 ペトラがこちらを向いた。


「二つの作用力を同時に使える人はいるんですか?」


 カレンが吹き出し、ペトラはくるっと向きを変えた。


「えっ? カル、わたし、変なこと言った?」

「いいえ、何でもないわ。続けてちょうだい」

「つまり、二つの力を同時に使う方法というのがありますか?」


 カレンに目を向ける。彼女がかすかにうなずくのを確認した。


「ペトラは生成と破壊を同時に使えるの?」

「それが、よくわからないのです。この前、カレンが医術を手伝ってくれた時にはできたんですけど。ひとりでは何度やってもうまくいかなくて……」




 その一言ですべて納得した。カレンは前にも力を分けたことがあるようだ。でも、二つの経路を開けたということは、原理的にはひとりでもできる可能性はある。これは、すごいことになりそうだ。思わず身を乗り出す。


「作用者の中には、二つの力を同時に使える人がごくまれに現れたという話は聞いたことがあるわ。でも、そういう人がわたしの周りにはいないから、わたしには教えてあげられないの」


 ペトラはがっかりした表情を見せた。


「でも、カレンに手伝ってもらってできたのなら、ひとりでもできる可能性が残されている。二つの作用を流す経路が備わっているという意味だから。普通は一つしかないのよ。だから、あとは、練習じゃないかと思うわ」

「ああ、そうですか。わかりました。頑張ってみます」


 一応ペトラが納得したようでよかった。

 耳の中で声がする。


「うまく逃げたね。感心したよ」


 こら、ティア、人をからかうのは幻精にしても不作法よ。




 カレンが突然言いだした。


「そういえば、思い出したのですけれど、クリスはひとつもちではないと思うのですが」

「どうして?」

「この前、あの尾根でトランサーと遭遇した時です」


 カレンはブルッと体を震わせたが、すぐに話を再開した。


「ものすごい大群で、防御フィールドの維持は大変だったと思います。あのクリスもメイと同じくらい頑張ってくれて。わたしが言うのもおかしいですけど、それはもうひとつもちとは思えないほど」

「なるほど。でも、カレンもひとつもちと言われているでしょ」

「はい、でも、それとこれは……」

「それでも、カレンの力はすごいはず」

「あ、クリスも同じ?」

「そう。クリスの父親と母親はひとつもちなの?」


 そう問われたペトラはちょっと考える仕草を見せた。


「確か、父親はふたつもちで母親はひとつもちだったと思う」

「どちらも防御者?」

「はっきり覚えてないけど……」


 ペトラは眉を寄せて考えている。




「普通、作用力は同性の親から受け継ぎ、ふたつもちは二種類の力を持つ。でも、まれに承氏のほうからも継ぐ場合がある。その際たまに、両親から同じ力を授かることがあるの」


 ちょっと思い出すように考える。


「ひとつもちと重ねもちは区別が非常に難しい」

「重ねもち? 何ですかそれ?」

「同じ力を二重に持っているという意味よ」

「そんなことは本には出てこなかったけど。ああ、つまり、事実上のふたつもちと同じ力があるってこと?」

「同じかどうかはわからないわ。本当に希少らしいから。まあ、そのことを本人が知っているのかどうかはわからないけど」


 カレンがつぶやいた。


「わたしの父は感知者なのかしら……」


 とにかく、カレンとペトラが納得したようでよかった。

 また耳の中で声がする。


「カレンは違うだろ」


 聞かなかったことにする。



***



 ミアの送別会は、ウルブの準家の中でも最も力があると言われているロメルが執り行うものとしては、とても質素なものだった。


 もちろん、ここはウルブ1ではないし、ロメルの人たちはここにはほとんどいない。それに、今はすぐ近くに前線があり戦闘の真っ最中であることから、簡素なものにならざるを得ないといったところか。

 おそらく故郷であらためてきちんとした会が執り行われるのだろう。


 残念ながら、ミアの御体は発見できていないので、お別れと言うには中途半端になってしまう。

 それにしても、ミアがいなくなると少し困ったことになる。カレンはミアから前に進むための手がかりを得られたのだろうか?


 歌唱が始まった。

 イオナたちがまたしゃしゃり出てきたということは、それなりの確信があって行動しているに違いない。

 これからどうしようか。カレンに今すべてを話すわけにはいかない。もう少し様子を見ておくとしよう。しかし、近いうちに話すしかないようだ。


 わたしとナタリアが自由になるまで待てると思っていたが、その時間はとてもなさそうだ。

 記憶が保たれなかった以上、他に選択肢はない。たとえ、向こうに知られたとしても……。


 歌は厳かなウルブの国歌に続いて、別の曲に移っている。

 そういえば、ナタリアはカイルのことを指摘していた。いま彼はどこにいるのだろう?

 彼の目的が同じだとすると非常にやっかいだわ。でも、イリマーンとしてはどちらかというと確保だろうし、ハルマンとは目的が違うはず。


 前に並んでいる、メイ、シャーリン、カレンの後ろ姿を見ながら考えた。

 前線の状況が落ち着いたら、三人と話をしないと。これは、本当は母の役目なのだと考え、思わずため息が出た。


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