123 あらたなるきずな
しばらく何か考え込んでいたステファンが話を再開した。
「実は、明日、ミアのお別れ会をこちらで開く予定なのです……。もちろん正規の会はロメルに戻ってから行うのですが。とにかく、ここで一区切りつけないと」
「わたしも、ぜひ出席させてください。お願いします」
「体の具合が問題ないようでしたら、もちろん、ぜひにも。車を迎えによこしますので」
「ありがとうございます」
「これはわたしの娘であるカレンへの、わたしからのお願いですが、いずれロメルの当主となるメイのこと、それにロメルの将来のことなど、助言者になってあげてほしいのです」
そこまで言ったあと、ステファンは慌てたように首を振った、
「ああ、誤解しないでください。別にあなたにケイトの身代わりを求めているわけではないのです。ぜひ、メイの話し相手になってあげてください」
カレンはあんぐりと口をあけてしまい、慌てて閉じる。
どうして、誰も彼もが、わたしが誰かほかの人の助言者になれると思っているのかしら?
記憶に問題があるわたしには、たった一年の人生経験しかないし、それを補う器用さも能力もないのに。
それでも「はい」と答えるしかなかった。
別に断る理由など何一つなかった。皆のことが大好きなのだから。
もっとも、使命を果たせるかと問われたら、即座に否定するしかない。
***
ノックの音に続き、現れた顔はモリーだった。
珍しい。今日は非番なのかしら?
後ろに大勢いるなと思っていたら、モリーに続いてぞろぞろと五人入ってきた。あのときの人たち……。
「カレンさま。お休みのところ、お邪魔して大変申し訳ありません。シャーリン国子からお目覚めになったとうかがったものですから。どうしても、お礼を申し上げたくて」
えっ? あらたまって、どうして?
「この前の戦いで、皆さまの警護を命じられながら、全うできず逆に助けていただき面目ありませんでした。我々一同の命を救っていただき深く感謝申し上げます」
「えっ? いや、それは、トランサーが相手なので……。それに、わたしは別に……」
モリーは首を横に振った。
「あんな絶望的な状況で、それに、大勢の前であのようなことをしてまで、特別な力を発揮され、あらん限りを尽くしていただいたこと。我々は心から、カレンさまを尊敬しています」
「いえ、だから、それは違っていて……」
「それで、僭越ながら、我が部隊よりお礼をさせてください」
そう話しながら、モリーは小さな箱を取り出した。
こちらに向けてから蓋を持ち上げると、中から小さな指輪が現れた。そのまま箱をこちらに差し出した。
「水軍を全うした者は、除隊後にこれと同じものを受け取ります」
水軍。それは、川艇か海艇に乗る人たちのこと。
モリーは箱をささげ持ったまま微動だにしない。しかたなく、目の前にぐっと差し出された箱から指輪を持ち上げて眺める。
「これはどういうものですか?」
「同境のリングです。それは、苦楽をともにした仲間との、団結の証しなのです」
「そんな特別なものをいただくわけにはまいりません」
手に持った指輪を返すために差し出したが、モリーの両腕はすでに体の脇にあり、箱は見えなかった。動作がすばやすぎる。
「指揮官の命も得ています。どうかお受け取りください。何かの折に各所にいる仲間がきっとお役に立ちます。もちろん、我々もです」
指揮官? 目の前の顔を順番に見回す。
「そんな大事なものをわたしに?」
全員が大きくうなずいた。
「それでは、ありがたくいただきます」
「サイズが合わなければ直しますので」
なぜかわたしに合わせたかのように、左手の第五指にぴったりだった。お守りに相応しい場所。
モリーは手を胸に当てると言った。
「それでは、これで失礼いたします」
全員がすばやく部屋を出ていった。
いい人たちだ、皆。
それにしても、いったいシャーリンはあの人たちに何をどう説明したの?
***
扉から合図がありそっと覗き込んだのはエメラインだった。
「いらっしゃい、エム。いろいろと心配をかけました」
ベッドのそばまで来たエメラインの顔は無表情だった。これは、叱られる前触れだろうか。
「カレンさま、わたしを解任してください」
「はい?」
突然求められた要求に戸惑い、目の前の強ばった顔を凝視していると、エメラインは少し肩を落として話し始めた。
「わたしには、ロイスの衛事たる資格がありません」
「どうしてですか?」
「わたしはシャーリンさまとカレンさまの守り手でした。にもかかわらず、強制により行動を排除され、空艇からの攻撃を回避できず、あまつさえトランサーとの戦いでもまったく無力でした。こんなわたしには護衛を努めさせていただく資格はないのです」
「それは違います。どれも不可抗力です。それに、わたしにはあなたを解任する権限はありません」
「カレンさまはペトラさまの相事ですので、わたしを解任できます」
「えっ? そうなの? ただの助言者と聞いたけれど」
「とにかく、わたしをクビにしてください。お願いします」
エメラインが頭を下げると、白が混じった金髪が肩からさらっと流れ落ち顔を覆い隠す。
即答する。
「エメライン、あなたを解任はしません」
「なぜですか?」
頭を上げてこちらを見下ろす目は訝しむように細められた。
カレンはゆっくりと首を横に動かした。
「失敗が自分のせいだと主張するのは、ただの思い上がりだと思います」
エメラインの新緑を写す目が大きく開かれた。
「わたしはあなたを信頼しています。アリシアさんがつけてくださった衛事ですから。どうかやめるなどと言わないで」
エメラインはこちらを見たまま何も言わないが、緊張が解けた顔は少しだけ穏やかになっていた。
「あなたはクリスの右腕であると聞いています。とても有能なのですね。人生経験に疎いわたしとは大違いです。わたしはシャーリンと違って自分の身を守る手段を持ち合わせていません。だから、これからも頼りにしています」
エメラインはハッとしたように腰を落とすと、ベッドの前で膝をつき、わたしの伸ばした手を取って両手で包み込んだ。
「申し訳ありません、カレンさま。わたしは、わたしは……傲慢でした。あの戦いで、カレンさまの力を目の当たりにして、ここにわたしは必要ないと確信しました。わたしを、いえ、全員を全力で守っていただいたのに、わたしはカレンさまへの感謝も忘れ、ただ自分勝手なことを申し上げてしまいました……」
そのままうなだれているエメラインの肩に反対側の手を伸ばす。
「わたしはわたしにできることをします、これからも。でも、あなたの助けがないとわたしは道を見失うかもしれません。あなたにしかできないことが、たくさんあるはずです。これからもシャーリンとわたしを助けてもらえますか?」
エメラインは顔を上げ、少し戸惑ったような声で答えた。
「カレンさまはわたしを必要としているということでしょうか?」
「もちろんです。そうでなくて、どうしてこんな話をします?」
エメラインは驚いたように何度か目を瞬いた。
「かしこまりました」
かすかに震える声で答えたエメラインは、顔を縁取る髪をさっと後ろに流した。さらに、一つ息を吐いたあと早口で続けた。
「シャーリンさまとカレンさまがわたしを必要としているのならば、あらためて、全力で任務を遂行することを誓います」
カレンはほっとして息をそっと吐いた。
「記憶に問題のあるわたしはしょっちゅう、子どもでも知っているような間違いを犯しては周囲に迷惑をかけてきました。変なことをしても大目に見てくださいね」
「かしこまりました」
大きく息をついたあと、こちらを見上げる深緑の瞳は湖水のように澄み渡り、いつものかわいらしい笑顔が戻ってきた。
新しく作られつつある記憶をまた失うことにならなくてよかった。安堵の胸をなで下ろしていると、エメラインのはつらつとした声が聞こえた。
「一言よろしいでしょうか?」
「はい?」
「ご自分を酷使するのはやめてください」
思わず大きなため息が出てしまう。
「やはり、叱られるのね?」
「当然です」
彼女は大きく首を振ると続けた。
「わたしがあなたの守り手である以上」
「はい」




