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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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122 くすぶる思い

 両手を前に伸ばして左右に振りながらゆっくりと進む。ここはいつでも(あか)りに乏しい。目が暗闇に慣れていても、自分の指先がやっと見える程度だ。


 どうして、ただ歩いているのだろうか。その疑問が頭に浮かんだ瞬間、ぽつんと青い光が前方に現れた。距離はまったくわからない。とりあえず、光のほうに向きを変えて移動する。


 近くまで来ると、光の前には黒い影が見えた。これは、いつもと同じ展開だ。またしても。

 あれ? どうして、前があったと思っているのだろう?


「誰なの?」


 何も考えることなく疑問を口にしてしまうが、どういう答えが返ってくるかは、なぜかわかっている。


「おまえを知る者」

「あなたはわたしの記憶を持っているはず。それを返してほしいの」

「それほどに過去が重要か?」

「そうよ。記憶がないとわたしは本当のわたしになれない。それに、何も知らず、理解もできず、判断も下せない。結局、何をすることもできない」


 答えはない。




「あなたの役割は何なの?」

「役割? 成すべきことか?」

「わたしに何をさせようとしているの?」

「いずれわかる」

「いま知りたいの。もう十分に待ったわ。これ以上待つのはいや」

「まだその時ではない」

「どうして?」

「未完成だから」

「あとどれだけ待ったらいいの? 何度あなたに会えば、ここから先に進めるの?」

「時間はまだある」

「どうしても知りたいの。自分が誰なのか」

「知ったら恐れるだろう。後悔するだろう」

「それでも構わない」


 その間も、目の前の影を見ながら足を進めるが、いつものように、ちっとも声の主との距離が縮まらない。




「わたしに何を期待しているの? どうしろと? こんなことをしても意味がないわ。あなたは誰のためにこんなことをしているの?」

「それはおまえには関係ないことだ」

「関係あるわ。わたしの過去のことなら」


 結局、最後には我慢できずに走り出してしまう。

 いきなり黒い顔が近づいてきた。その声もはっきりしてきた。


「おまえはそんなに自分の過去が知りたいか?」


 この光がもう少し弱くなれば、相手の顔が見えるのに。今この人は何と言った? そうだ、今度こそ、もうちょっとで手が届きそう。今度はできるかもしれない。わたしの記憶。

 目の前の相手に手を伸ばして触れようとした。


「時が来るまで待て」


 黒い顔が少し遠ざかった。いつものように、黒い顔が笑ったように形を変えた。


「待って!」


 ここから先へは進めないとなぜか理解する。もがいても黒い影は遠ざかる。いつものように、漆黒の闇の中へ落ちていく自分を感じた。衝撃に身構える。

 何も起きない。えっ?




 代わりに背後から別の弱々しい声がする。


「レン、レン?」


 今度は誰?


「早く……こっちに来て」

「誰なの?」


 あたりに光はまったく存在せず何も見えない。何も感じない。


「……早く助けて」

「こっちってどこ?」

「ここよ」


 急に声が小さくなった。


「あなたは誰?」




 また場面が変わり、あたりが薄明るくなった。相変わらず周りには何もない。


「また、忘れたの?」


 この言い方は、シャーリン? さっと振り向くが誰もいない。


「何か、ますますカルのことがわからなくなってきた……」


 あちこち見回すが、霧の中にいるようだ。明るいのに何も見えない。


「違うの、これは、そうじゃなくて、わたしが呼ばれているの」

「ふーん」


 それっきり声が聞こえなくなった。急に意識が闇に閉ざされるのを感じる。



***



 すでに明るくなっていた。カレンは頭を回して部屋の中を見た。

 誰もいない。昨夜から訪問者はいなかったようだ。


 ベッドに両手をついて上体を起こしてみる。体のいたる所にこわばりがある以外は特に(ひど)い痛みもない。でも、汗びっしょりだ。それに、この妙に疲れ切った感じは何だろう?


 急に何か忘れていることを思い出した。きっと夢のせいだ。しばらくあれから解放されていたのに、またうなされてしまった。しかも、今朝はいやにはっきりと覚えている。

 それに……違う声が……確か名前を呼ばれた。あれは、わたしのこと?


 あらためて周りを見回す。ベッドの上で寝ていたことにほっと息を吐く。

 毛布の下から腕を出して、手のひらを広げてみる。まだ少し赤い。それから、指をぎゅっと閉じてみた。心なしか手に力が入らない。


 目を閉じた。あの夢には意味があるのだろうか。それとも、単なる悪夢なのかしら? でも、いつも同じような展開で、終わりはよく覚えていない。


 そうだ、今日のあの声、もうすでに曖昧になっているが、助けを求めていたような……。しばらく思い出そうと頑張るがどんどん薄れていく。

 結局は諦める。どうして記憶は失われるのだろうか。しばらく息を止めていたことに気づき、何度か深呼吸する。


 体をくるっと回して足をベッドから下ろしてみる。特に問題ない。時間をかけてゆっくりと立ち上がったが、足にひきつったような痛みが走った。それでも、日の光が漏れている窓に向かう。


 シェードを巻き上げてみると、窓の外には水面と川岸が見えた。ここは……船の中だわ。当然よね。昨日のまま。まだ、ベッドを出ていいとは言われていない。


 くるりと向きを変えて窓辺に寄りかかる。その時、ベッド脇の移動式テーブルの上に食事をのせたトレーが置かれているのに気づいた。誰かが持ってきてくれたらしい。


 ベッドの上に戻ると、トレーの置かれたテーブルをベッドのそばまで引き寄せる。突然、おなかがすいていることに気づき、覆いを取って脇に置くなり食べ始める。

 あっという間に終了。もっと食べられそうだが、もう何も残っていない。あとで、ソラに追加をお願いしてみよう。


 左手でテーブルを押しやると、そのまま体を毛布の中に潜り込ませた。たちまち睡魔が襲ってくる。



***



 再び目覚めると、視界に男の人が座っているのが映った。ぼんやりとだが視線が合う。


「おはよう、カレン」


 慌ててベッドの上に上半身を起こす。今回はすんなりとできた。


「あのう……どなたですか?」

「ロメルのステファン」


 そう言いながら、そばの椅子に積まれていたクッションをいくつか背中の後ろに入れてくれた。


「あなたが……ミアとメイのお父さん?」

「それに、どうやら、あなたの……義理の父らしい」


 口の端がわずかに上がって、笑っているように見える。


「お父さん……」


 頭を振る。この方がそうなのか。


「すみません、ステファンさん……」

「ステファンと呼んでください」

「ああ、すみません。あなたのお嬢さん、ミアさんのことでおわびをしないと、とても申し訳なく……」


 ステファンは指をカレンの口の前に伸ばすと、静かに首を横に振った。


「あの()はとても幸せだったと思います。あなたに会えたのだから。わたしにも今ならそれがわかります。過ぎ去った時を考えるのはやめ、これからはともに前に進むときです。家族なら、お互いを無条件で信頼し、協力してこの難局を乗り越えていかないと。どうかよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。それに、どうもありがとうございました」


 ベッドに座ったまま、深く頭を下げる。




 あの戦いの間、頭の中でくすぶっていた疑問を急に思い出した。レオンの時伸を使えば、あのトランサーの群れから簡単に脱出できただろうに、なぜそうしなかったのだろう?

 そうすれば、ミアもあんなことにはならなかった。どうして?


 あの時すでに答えがわかっていた。第五作用は自分にしか使えないに違いない。だから、ひとり逃げたりせずミアと残ることを選んだ。

 ああ、わたしはどうかしていた。本当に、全部が間違っていた。




 ステファンが手を伸ばしてきて肩にかけるのがわかった。それにしたがってゆっくり体を起こす。突然、彼にがっしりと抱きしめられた。


「具合はどうです?」

「はい、だいぶよくなりました。もう、起きられるような気がします」

「何か、食べるものを取ってきましょう」

「いや、大丈夫です、今はまだ」

「そうですか。それでは、他に何かしてほしいことはありませんか?」

「あのう、すみません。わたしのことを教えていただけますか?」


 逆にステファンにじっと見つめられてしまった。慌てて続ける。


「わたしは、何も記憶がなくて。あなたのことも、ケイトさんのことも何も知らないのです」

「記憶が欠けている件は聞きました。とてもお気の毒です。実は、わたしにとっても、あなたやシャーリンのことは今まで何も知らずに生きてきまして。ケイトもすでにこの世になく、もうどうしようもないかと」

「やはり、そうですか」


 すっと肩を落とす。


「実は、昨日もこちらに来てあなたの寝顔を拝見して、本当にケイトに生き写しだと思いました。娘の言ったとおりでした。あなたを見て確信しましたよ。あなたがケイトの家族だってことを。これは何人にも否定することはできません」

「そんなに似ているのですか? その……ケイトさんに」

「ええ、本当に。ミアがいつになく頑固に主張したわけがわかりました。ミアはもともと気が強い娘でしたが、あの時の剣幕には正直びっくりしました。わたしが何か知っているはずだと、鬼のような形相で問い詰められましたよ」


 ステファンは苦笑いを見せたあと、頭を傾けた。


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