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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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121 後悔と悩み

「本当にありがとう」


 シャーリンがカレンを抱きしめると、つぶやきとため息が耳に届いた。


「また、大失敗しちゃった……」

「そんなことないよ。戻ってこられたのは、全部、カルのおかげだよ」

「みんなで頑張ったから……」

「うん、うん。あ、そうだ。モリーたちには……一応の説明はしておいたよ。いやー、もう、大変だった……」


 両手で頭をかいて続ける。


「特にエムがしつこくてね……」

「何のこと?」


 カレンから体を離して続ける。


「ああ、それはね……カルがあられもない姿を……そこにわたしが……。つまり、なんであんな状況になっていたかを……。みんな誤解してるようだったから。死に際で錯乱したとか……」

「ああ、そういえば、あの人たちもいたわ……。すっかり忘れていた」


 あきれてカレンの顔を見つめる。


「あのね、カル……」


 すぐにカレンはこちらを見上げて眉をぐいっと上げる。


「他にできること、なかったでしょ?」


 きっぱりと言うカレンの顔を見て諦めた。


「はい。カルの言うことは正しいです」


 ため息がこぼれ落ちた。

 たぶん、誤解は解けているはずだし、口止めもした。問題はないはず……。


「それより、体の具合はどう? 痛いとことかない?」

 

 カレンは首を横に振ったが、すぐに息を漏らした。


「足があちこち、腕も」

「うん、痛み止めは入れてあるみたいだけど、(ひど)い傷だらけだからね」

「ごめんね、シャル。ここにずっといてくれたんでしょ」

「そりゃもう、カルのことは心配だからね。息するのを忘れたりすると困るし」

「……それはご親切に、ありがと」

「それに、また、夢遊病者のようにそこいらを徘徊(はいかい)して、何かしでかすと変に思われるし」

「えっ? どういう意味? わたしがそんなことしたの、今までにあった?」


 何度も首を縦に振る。目を離すと何をするかわからないからね。


「昨夜はエムがここに泊まり込んだらしい。今は寝てるよ」

「うっ。……怒られそう」

「へ? どうしてわかるの? わたしはもうたっぷり(しか)られたよ」


 カレンは体を小刻みに震わせて笑った。


「彼女はちょっと変わってるよ。なんで、わたしの周りは変な人ばかりなんだ?」

「その変な人たちの中に、わたしは含まれていないでしょうね?」


 そう真顔で言うカレンを眺め何度も首を振る。筆頭でしょうが。

 そう考えながらも、カレンのにこにこ顔を見ているとこちらも自然に笑顔になる。




「何かおかしい?」

「カルが寝込むことってあんまりなかったよね。知っているのは三回だけだし。でも、あの最初の時はけっこう大騒ぎになった」

「最初?」

「ほら、カルがロイスに来て、フェリとアリッサにべったりでさ、まだ、意思疎通も完全じゃなかった頃。あれ、いつだったっけ? ほら、急に具合が悪くなって、二、三日寝たきりだっただろ? あれを思い出してさ。あの時もこうやって見てたなあと思って」


 カレンは少しの間、目を閉じていたが、こちらを向くと聞いてきた。


「フェリシアとアリッサに付きっきりでいろいろ教えてもらったのは覚えている。でも、その頃に寝込んだ話は記憶にないのだけど」

「あれっ? カルは何でも覚えているんだと思ってた」

「もちろん、記憶力には自信があるわ。でも、記憶は魔法のように、さっと披露できるものではないのよ。単にどこかにしまい込まれているだけで、探さないと呼び出せないからちょっとやっかい」

「へーえ、そうなんだ」

「……その寝込んだっていうのはやっぱり記憶にないわ。春になる前、まだ寒かった時期のことなら覚えがあるけど。あれは、十二の月の初め頃よね」


 きゅっと眉をひそめるのが見えた。


「そうかい? まあ、あれは確かロイスに来てひと月もしない頃のことだし、あの頃は、カルもまだぼーっとしてたしね。あの病気の時も、油断してるといつの間にかふらふらと出歩くこともあったし。まあ、あんな状態なら、忘れたとしても大したことじゃないよ」

「何か、わたしが()抜けのように聞こえたわ」


 そう言ったものの、彼女の眉間にはますます深いしわが刻まれた。




「そういえば、ディードが心配してたよ」


 顔を上げたカレンは答えた。


「あら、ディードは元気?」

「もちろん。彼は本来の任務であるペトラの護衛に戻ってね。どこへ行くんでもついて行ってるよ。苦労してるんじゃないかな、きっと。……そうだ、忘れてた。ステファンがカルに会いたがってた。知らせてあげないと」

「ステファン?」

「うん、ミアとメイのお父さん。つまり、わたしたちの……義理の父ってことになるけど、何か全然慣れないな。あの人がもうひとりの父だと言われても……」

「つまり、ロメルのご当主ね。何か、混乱しちゃうわね」

「うん、それに、聞いた話だと、ロメルはウルブ1では主家に次ぐ立場にあるらしいよ。つまり、ウルブの国内でも十指に入ると言えるんじゃないかな」

「へーえ」


 うなずいたカレンは話を変えた。


「それで、ペトラは?」

「実はついさっきまでいたんだよ。ザナも一緒にね。ペトラはどうやらザナにぞっこんらしいね」

「えっ? ザナが着いたの? お会いしたいなー」

「またすぐに来るって」

「うん。ああ、ペトラとザナね。どういうわけか、ペトラはザナのお気に入りになったみたい。クリスまで巻き込んでいろいろと……」

「えっ? クリス?」


 なんか怪しいな。


「うん、三人でいることが多かったわ。もちろん、訓練のためらしいけれど」


 そう言いながら、また眉間にしわを寄せた。

 うーん、ますます怪しい。よけいなことを考えていなければいいが。どうやら、カレンもそれは疑っているらしいけれど。




「フェリとアリッサが来たんだよ」

「えっ? ここに? どうして?」

「セインに買い物に来たらしいけど、ついでにウィルに会いにこっちに現れたんだ。カレンがこん睡状態なのを見て、ふたりともびっくりしてずっとオロオロしてたよ」

「ちゃんと説明してくれた?」

「もちろん。今はウィルとどこかに出かけてる。きっと、あとでまた来るよ」

「そう。ウィルは?」

「彼は、前からミアにムリンガをまかせられていてね。毎日、整備をしているよ。あの船はミアの所有物なんだけど、いろいろあってね。今はこっちで預かってるんだ」

「えっ? ロメルのお家の人に返さなければいけないでしょう?」

「うん、そう思ってさ、メイとステファンにはそう話したんだけどね。ステファンがミアのものだから、彼女の遺志に従うと言って聞かないんだよ」

「そうなの」

「それで、船はしばらく預かることにした。まあきっと、サンチャスが沈んだことを気にしてくれたんだろうね」

「ふーん」

「ああ、それで、ウィルにはフェリたちと一緒にロイスに帰ってもらおうと思う。あっちでの冬前の仕事がたまってるし。いつ雪が降りだしてもおかしくないからね。ちょうどいいんでムリンガで帰ってもらうことにした」

「それはよかった。ウィルはずっと大変だったわ。彼もこれで少しは落ち着けるわね。あ、そうそう、シャルの練習に付き合わないとね」

「え? なんの?」

「ほら、レンダーを使わないやり方とか、ほかにもミアのように……」

「ねえ、カル、カルは病人なんだよ。それが……」

「いいこと、シャル、わたしは単に寝ていただけ。それに、練習に力を使うのはシャルであって、わたしはそばであれこれ注文をつけて見ているだけ。何の問題もないわ」

「はあ、そうですか……」


 病み上がりのカレンを怒らせるのは得策ではない。


「わかった、わかった、お願いするよ。ミアにはいろいろ教えてもらったけど、あれはもう、カルにしかできない技だから……」


 カレンの顔に笑みが浮かんでいる。なぜかほっと胸をなでおろした。




 扉が開く音に顔を上げると、ソラが入り口を通りそのまま扉を押さえるのが見えた。後ろからお盆を二つ持ったメイが部屋に滑り込んでくる。いい匂いが部屋の中に広がると、カレンの顔がぱっと輝いた。


 メイはお盆を一つカレンの横の机に置くと、もう一つを持ってベッドの後ろを回ってきた。

 急いで隣のベッドから別のテーブルを引っ張って移動させ、メイと向かい合って座る。


「食事の前に、腕と足を診せてください」

「えっ?」

「本当に大丈夫か確認しますから。食事はちょっとだけ待ってくださいよ」


 シャーリンは、カレンにちらっと目をやってから、目の前のごちそうを見下ろした。

 すぐに食べ始める。カレンとソラを眺めていたメイがこちらに向き直り眉をひそめた。


「シャーリン?」

「いいの、いいの。メイも早く食べないと冷めちゃうよ。それに、これ、すごくおいしい。誰が作ったのかなあ」


 顔を上げると、ソラに片腕を(つか)まれたカレンが非難がましい目つきでこちらをじっと(にら)んでいた。

 自然に顔が緩んでくるのを感じ、慌ててまじめな顔を取り繕う。


 ずっとこちらを見ていたメイは、ちょっと顔をしかめたものの、一度だけ肩をすくめると素直に食事を始めた。


「ほんとだ。おいしいー」


 カレンの視線が突き刺さってくるが、気にしない、気にしない。


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