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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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120 目覚めのとき

 廊下からメイの挨拶が聞こえた。

 ちょっとして声の主が部屋に入ってくる。


「いらっしゃい、メイ。大丈夫?」

「ええ、シャーリン。ただ、ひとりでいると何だか寂しくて、ここに来ちゃいました。カレンがまだ目覚めないのにごめんなさい」

「そんな、とんでもない。メイが来てくれて、カレンだってきっと喜んでるよ」


 メイはベッドのそばの椅子に腰を降ろした。


 しばらくして彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

 こちらに滞在しているロメルの人たちについて、リンモアの船銘板をもとに戻したこと、お別れ会の予定など。

 シャーリンはただ黙って聞いていた。


 カレンがかすかに動いたのを目の隅で捉え、さっと顔を向ける。

 驚いた。これはいい兆候に違いない。何たって、そろそろ目覚めてもいい頃合いだ。


 そこで気がついた。ザナはカレンの手をずっと握っていた。

 ああ、そういうことか……どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。


 メイがうれしそうな声を上げる。


「カレンが戻ってきた」


 目をゆっくりと開いたカレンはすぐにまぶしそうにした。それから頭を回して、こちらを見る。


「あれ、シャルなの? わたし……」


 カレンが起き上がろうとしたので、慌てて肩に手を伸ばして制する。


「だめだめ、まだ動いちゃだめ」

「わたし……あ、気を失って……」


 それから頭を戻すとそのまま左に回した。そこで初めてメイがいるのに気づいたようだ。まだ、力は戻ってきていないのか。




 カレンはメイの顔をしばらく凝視して固まっていた。

 そのあとカレンは一度ブルッと震えた。


「メイ……ごめんなさい。取り返しのつかないことをしてしまった。許してはくれないでしょうけど、それでも、謝るしか……」


 メイの秋空のような薄花色の目がたちまち潤んできた。カレンの左手を取って両手で包み込むなり、言葉が流れ出た。


「いったい、何を言っているの? カレン、どうして謝るの? カレンはわたしを、わたしたちみんなを助けてくれました。もう何と言ったらいいかわからないくらい感謝しています。あんなにすごいの初めてです。だから、何にも謝ることなんかこれっぽっちもないわ」


 一気にしゃべるとメイは大きく息をついた。その目から涙がこぼれ落ちる。


「でも、ミアが、あなたの大事なお姉さんが……。わたしがレオンに楯突いたから、彼は……」

「いいえ、カレン。それは違います」


 きっぱりとした声。カレンから手を離すと両手で涙を何度も拭った。


「お姉ちゃんは自分の意思でレオンのもとに行ったんです。カレンが原因ではありません」

「それでも、わたしがレオンの言うとおりにしていれば、早く彼の要求を受け入れていれば、もっと……」


 メイは首を激しく振った。


「違うの。お姉ちゃんは最初から決めていたの。きっと、ずーっと前から。でも、なんで、あんなやつが好きになったんだか……」

「好き? レオンが?」


 メイは首を縦に動かした。




 カレンの手を握り直したメイはさらにしゃべり続けた。


「わたし、カレンと姉妹になれて、こんなにうれしくなったの本当に久しぶりなの。あなたは、とてもしっかりしているし、こんなにすばらしい。それにすごく強い……」

「メイ、もうやめて。恥ずかしいわ。わたしはとてもそんないい人じゃないし……」

「いいえ、そんないい人です」


 メイは大きく首を縦に動かし、カレンを見つめた。


「わたしは一番大事なものを失ったけど、代わりに得たものはこんなにすてきな姉妹」


 こちらを見てにっこりする。


「ふたりにはとても感謝したいの」


 うん、そうだ。ひとりぼっちでないのはとてもいい。自然と勇気が湧いてくる。


「それでね、お願いがあるのだけど……」

「何でしょう?」

「これから、わたしの話し相手、相談相手になってもらえますか? あ、あらためて言うと、何かすごく照れくさいわ」


 話し相手か? だって、姉妹なのだから当然。でも、メイはロメルの次の当主、唯一の跡継ぎでしかもやり手だ。相談する相手は大勢いるはず。あの有能なフレイとか。


 カレンは首を振りながらも少し笑っていた。多少は元気になってきたようで安心する。


「わたし、変なこと言いました?」


 カレンはまた首を動かした。


「やっぱりあなたとミアは双子なんだなあって」

「どういう意味ですか?」

「内緒です……」




「わたしはね、カレンはお姉ちゃんの代わりだと思います」

「えっ? わたしはとても……」

「あ、ごめんなさい。何か代用品みたいな言い方になっちゃって」


 メイは慌てたように手を激しく振った。


「そういう失礼な意味ではなくて、つまりね、このところずっとひとりみたいなものだったから、とにかく新しいお姉ちゃんと妹ができてとってもうれしいの」


 そこで、こちらを向くと急いで付け加えた。


「ああ、気を悪くしないでね、シャーリン。あなたはどちらかというと……」

「はいはい、どうせわたしはできの悪い妹ですよ。うん、その自覚はあるよ。ずっとカレンのことを妹だと見なしてたけど、実際は逆で、わたしはカレンに頼りっぱなしでさ……」

「シャーリン! もう、いい加減にしてよ」


 シャーリンはまじめな顔を作って言う。


「カレン、わたしのこと、これからもよろしくお願いします。わたしの相談にものってください」

「あきれた。何、のんきなこと言うの? おかしいわ、シャル。あなた、今日はとても変よ」


 それはわかっている。実はロイスを出てからずっと変なのですよ。


「今のこれが本当のわたし」


 カレンは、さらに何か言おうとしたみたいだが、諦めたように口を閉じた。




 突然思い出したようにカレンが訴えてきた。


「おなかがすいた……また倒れそう」


 あれだけの力を使ったのだから、間違いなく空腹のどん底だな。


「ああ、ごめん。何か取ってこよう。その前にソラにも教えてあげないと。きっと、びっくりするよ」

「どうして?」

「この前も同じようなことがあったから、今回もすごーく気になってるみたい。どうやらカレンの異常さにもとっくに気づいているようだし」

「どうしよう。これ以上ソラがわたしを変人だと思ったら……」

「わたしが知ってる以外にも、まだ何かしでかしたの?」

「えっ? それは……」

「やっぱり、あるんだね?」

「ああ、違う、違う。他には全然ないわ。わたしはいつでも普通よ」


 慌てて否定するカレンはとても怪しい。どんなすごいことをやらかしたのだろう?


「それより、食べるものをお願い。本当に気を失いそうなんだから」


 そう涙目で訴えてきた。


「はい、はい」


 立ち上がろうとすると、メイが手で制止してきた。


「シャーリンはここでカレンとおしゃべりしていて」

「でも……」

「いいから、休憩して。それより、シャーリンもおなかがすいていない?」

「うん。そういえば、気がつかなかったけど、もうこんな時間か……」

「実はわたしも朝にちょっとつまんだだけなの。だから、わたしがソラのところに寄って話をして、そのあと、食事をたっぷりと用意してくるから」


 そう言うなりメイは部屋を滑るように出ていった。


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