118 こん睡
扉が勢いよく開きペトラが駆け込んできた。
「ねえ、カルはどうなの?」
息を切らしている。
シャーリンは椅子をペトラのところに運び肩を押して座らせた。
「ほら、落ち着いて。連絡がいったと思うけど、特に具合の酷いところはないと言われたから大丈夫」
水をコップに注いで手渡した。それを一気に飲み干すペトラを見ながら話す。
「力を使いすぎて疲れ切っただけだと思う。でも、カルがわたしたちを助けてくれたおかげで、ここにこうして座っていられる。ほんと、カルはすごいよ。信じられないほど強い」
ペトラは何度もうなずいた。
また扉が開く音に顔を上げると、ソラが入ってくるのが見えた。
「でも、この顔はどうしたの? それに腕も酷い」
「ああ、それはね、説明するのがとても難しいんだけど……」
「軽い火傷ですよ。すごいように見えますけど、大したことありません。真夏で急激に日焼けしたときなんかにこうなります。傷も残りません。すぐによくなります。原因は知りませんけどね。足のほうはトランサーにだいぶ噛みつかれたようだ。そっちは相当痛かったはず。意識があれば今も痛みはかなりあると思う。それにしても、いったいどうすればこんなに全身が傷とあざだらけになるのかねえ」
いつの間にかペトラの後ろにソラが立っていた。納得したようには見えないペトラが、椅子ごとズリッと横に動くと場所を譲った。
ソラは毛布をめくって腕と足の状態を確認し処置を施した。それを見ながらペトラが顔をしかめる。
足の醜い傷はトランサーによるものだし、顔と腕を火傷したのは確からしい。しかし、ペトラの聞きたいことは、どうしてカレンが火傷を負うことになったのか、それにどうして全身が傷だらけなのか。
でも、この話題は避けるのが無難だ。追及症のペトラが満足するような答えを提供できない。
「カレンから直接聞いたほうがいい。わたしには説明できそうもない」
ペトラはしばらく首を傾げていたが、それ以上深くは追求してこない。助かった。
ペトラの隣で診断器を操作しながらソラがしゃべる。
「どこにも異常がないのに意識が一向に戻らないのは変ね。作用力を酷使したとしても、普通ならもう戻ってきているはずだけど。……これは実に興味深い……」
横から診断器の表示を覗き込むペトラに目をやり何度も首を振った。
「体の機能はまったく正常なのに」
そのあと、ほとんど聞き取れない声で付け加えた。
「これは、この前と同じ症状なのかねえ」
ペトラは耳がいい。
「この前?」
その問いが聞こえたのかソラは即答した。
「川から拾い上げた時のことですよ」
「川から拾ったって、何を?」
これを聞くなりソラはピクッとしたが、ペトラの鋭い視線を目にすると、急にあたふたと診断器その他をかたづけ始めた。
「シャーリン国子、何か変化があったらすぐに知らせてください」
「わかった」
ソラの慌てぶりに、ペトラは何も言わずにこちらを向いた。
「シャル?」
思わずため息が出た。
誰もあのことをペトラに話していないのか。
「ねえ、シャル?」
やんわりとした声がたたみかける。
「カイの前の船が攻撃を受けて沈んだ時の話だよ」
「ああ、それは聞いた。それで?」
「カレンは川に落ちた」
「川に落ちたあ!?」
ペトラの声が大きくなる。手を振って慌てて説明する。
「そして意識をなくした。順番は逆かもしれないけど。それからモリーたちが救助してくれた。そのあと今と同じようにソラが診てくれた」
「何かずいぶんはしょってない?」
「そんなことないと思うけど。要点ははずしてない」
きっぱりと言う。これ以上追求しないで。お願い。
しばらく黙ってこちらを見ていたペトラは肩をすくめた。
「いいわ。それもカルに直接聞くから」
なぜかソラが深く一礼したあとによけいな一言を加えた。
「シャーリンさま、この前のように、抱きしめてあげれば目覚めるかもしれません」
「抱きしめる?」
ペトラの声が険しい。
やれやれ。別にペトラに隠しておくようなことではない。でも、どれも、それなりに説明が必要なことばかりで、今は、この瞬間はただ面倒なだけだ。
考えてみれば、カレンのことはほとんど何も知らない。いや、どんな食べ物が好きかとか、嫌いなものとか、考えていることはわかるけれど、つまり、そういうことじゃない。
本人すら自分の過去を知らないのだから、しょうがないのだけど。あのレオンのやつはわたしやカレン自身よりもカレンのことを知っていたような気がする。
今となってはどうしようもないが、もっと彼と話をしようと努力するべきだったのかもしれない。
こんこんと眠っているカレンの顔を見下ろした。カレンはあのあともレオンと会ったようだ。その時に何を話したのだろう?
もしかして、わたしたちが姉妹であることもすでに知っていたのだろうか。そう思いついたとたん、体に寒気が走った。
ミアがレオンと知り合いなら、当然すべての経緯を聞かされていても不思議じゃない。
それにしても力覚者とは何者なのだろう? うーん、これではまた話がぐるぐるするだけだ。
「ねえ、シャル? ミアは、ミアはなぜそんな行動を取ったの? クリスにいろいろ聞いたけど全然わからなかった。いったいその前に何があったの?」
「わたしには、ミアがどうして家族を裏切ったのか理解できない。レオンはわたしたちの再従兄らしいけど、それにしてもメイを裏切って、あいつの味方をするなんて……考えられない」
ペトラは確認するように言った。
「ミアとシャルたちは姉妹。レオンとかいう人は血のつながった一族でミアの以前からの知り合い」
「彼の言葉を信じるならそうなる」
それから、あの場で聞いたことを覚えている範囲で話して聞かせた。
こちらがしゃべっている間中、黙ってカレンの手を握っていたペトラの顔を見つめる。ペトラはミアのしたことをどう思っているのだろうか。
しばらく考え込んでいたペトラが突然話し始めた。考えがまとまったらしい。珍しく歩き回ることもなく座ったままだった。
「あのね、シャルはわたしの直感を信じる?」
「突然、何を言いだすんだい?」
目をぱちくりさせた。
「ああ、一つだけ言わせてもらうとね、ペトとカルの直感はたいてい正しい。それは保証する」
ペトラはニヤッとするとうなずいた。
「わたしは、ミアは裏切ったんじゃないと思う。家族のためにと思って行動したのよ」
「そんなはずないだろ。現に、ミアはレオンと組んで……」
「ミアはレオンの考えを信頼し、彼の成すべきことを信じたの。それは、しいては家族みんなのためになることと考えた。それに、きっと、その人のことが好きだったのよ」
びっくりしてペトラの顔を見つめる。
「ペトはレオンに会ったことあるの?」
「もちろんないよ」
「それじゃ、どうして……」
「わかるの。理由はわからないけどね」
「まるで答えになってない」
ペトラの顔は少し悲しげだった。
「あのね、ミアは厳しい選択を迫られたと思うの。考えたあげく、実の妹ではなく好きな人について行くことを選んだ。でも、だからといってメイとシャルを裏切ったわけじゃないの」
「そんなこと……」
「シャルも好きな人ができればわかるわ、きっと」
思わず息が詰まり、激しく咳き込んだ。
「こら、ペト、あんまり人をからかうと……」
「そのまま自分に跳ね返ってくる? それは構わないの」
「もしかして、ペトには誰か想う人がいるのかい?」
「まさか」
思い過ごしか。ちょっと安心した。
「そうだ。わたし、候補者に心当たりがある」
「何の候補者?」
「シャルの未来よ」
手をさっと伸ばしたが、ペトラはクスクス笑いながらひらりと避けた。立ち上がろうとしたところで、ペトラが両方の手のひらをこちらに向けて突き出した。
「ちょっと待って、シャル」
「な、なに?」
「カルを抱きしめてあげて」
「いきなり、どうして?」
「ソラがそうしろと言ったからよ。軍医の指示はとても重要なの。ソラはわたしの尊敬する医師だし。それに、わたしの見立てでもカルにはシャルからの働きかけが必要だと思うわ。彼女は医術者ではないけど、こういったことの本質を知り尽くしているの。さあ、やってみて」
思わず椅子に座り直した。ため息が出た。ペトラの期待に満ちた顔を見つめる。それから、ピクリとも動かないカレンの顔を眺めた。
ねえ、カレン。ペトラはとてもいい子だけど、時々、全然理解できなくなるよ。今の話、全部聞こえていた? ねえ、聞こえたと言ってよ。
ペトラの顔をちらっと見上げる。
「なに?」
眉を上げるのが見える。
「ちょっと会わない間に、急に大人になったな。うん、貫禄が……」
急にケラケラと笑い出すペトラを見て、あっけにとられる。
「やっぱり、考えることが同じだね」
「何の話だい?」
それには答えずに続けた。
「でもね、知ってる? 姉妹より親子のほうが血は近いんだよ」
そのあと意味ありげな顔をした。
何のことだ? 最近、急にわけのわからないことを言いだすようになったな。
これは、カレンの影響なのかな。枕のそばで頬杖をついているペトラとカレンの顔を交互に見つめた。
「さあ、そこ、どいて」
「何をするの?」
そう言いながらもペトラは素直に後ろに移動した。
「カルと話がしたいんでしょ」
ベッドの上にかがむとカレンの背中に両手を回して引き寄せた。
「うん、頑張って。応援する」
ため息をつくとカレンの耳元で話しかけた。




