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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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115 逃げ道がない

 モリーが近寄ってきた。


「レノ・シャーリン、このままだと全滅です。向こう側に戻るべきかと思います」


 カレンの声は必死だった。


「でも、ミアとレオンを助けないと。援軍は、空艇はまだですか?」


 モリーは首を横に振った。


「我々のエネルギー残量もわずかです。このまま撃ち続けるとあと二、三分しか持ちません。今ならまだ戻れます」


 モリーの言うことは正しい。正しいけど……。カレンをちらっと見たあと首を横に振る。




 シャーリンは、ひたすら周りを攻撃し続けていた。クリスとメイは背中合わせになってフィールドをかろうじて維持している。エメラインはトランサーの流れてくる上流側に陣取って意味のない攻撃を繰り返していた。


 カレンが振り返った。その視線の先を一瞬だけ確認する。ミアとの距離は前よりさらに広がっている。

 その時、ミアが何か叫んでいるのがかすかに聞こえた。慌てて首を戻す。


 何を言っているのかわからない。

 カレンは、フィールドの端ぎりぎりまで移動していたが、まだよく聞き取れないようだ。

 こちらを向くなり叫ぶ。


「シャル、こっちに来て! 早く!」


 シャーリンは体を回すとカレンのほうを向いた。


「何をするの?」


 叫び声が耳に届いた。


「こっちの外を掃除して!」


 すばやくカレンのそばに移動すると、フィールドの外の群れを排除しながら聞く。


「カル、どうするの?」


 一帯のトランサーが一度に消滅した、と同時に、カレンがフィールドの外に飛び出た。




「何するの? 危ない! 中に戻って!」


 カレンはつま先立ちでミアを見ていた。

 確かに人は出入りできるけど、フィールドの外に出るなど無謀だ。


 ミアの叫び声とともに、何か黒いものがこちら目がけて飛んでくる。その物体はくるくる回りながら弧を描いて近づき、カレンのすぐ近くに落ちた。


 カレンがそれに手を伸ばそうとした時、一瞬だけ空き地だった場所を埋め戻すように両側から黒い流れが飛ぶように殺到してきた。

 彼女はトランサーには目もくれずに、ただ袋をつかもうとした。その間にカレンの両足が黒い流れに飲み込まれる。


「カル、早く中へ!」


 シャーリンは、カレンの足の周辺に闇雲に攻撃を振るうと同時に、手をフィールドの外に突き出した。半分倒れかかっていたカレンの腕をつかみ、強引に内側に引きずり込む。カレンの反対側の手には地面から拾い上げた袋が握られていた。


 そのままふたりとも地面に転がり、シャーリンは大きく息を吸い込んだ。カレンは足を押さえながらうめき声を上げている。顔がひきつっていた。


 シャーリンはすぐに体を起こすと、カレンにくっついて入り込んだトランサーを次々と攻撃した。エメラインが鬼の形相でトランサーを次々と踏み潰すのが視界に入る。


 カレンは少し落ち着いたように見えるが、足は(ひど)いことになっていた。




 シャーリンは振り返ってミアの姿を探したが、もはや黒い海の向こう側にかすかに見えるだけだった。

 メイの悲痛に満ち(あふ)れたすすり泣きが響き渡った。

 ミアを助けるどころか、こちらも、今にもフィールドが崩壊しそうだった。もう限界。


 反対側を見ると、防御面が再び揺らいでいた。今度はクリスが倒れる寸前だった。シャーリンは攻撃をやめると、急いでクリスのそばに移動し、フィールドの外をなぎ払った。


「メイ、向こうに回って、クリスと場所を代わって!」


 クリスがこちら側に来たところで、シャーリンが入れ代わり防御面を支える。交代したとたんにクリスはその場に倒れこんだ。

 これで、攻撃者はエメラインひとりになった。


「カル、もうだめ。クリスはこれ以上使い物にならないし、メイもそろそろ限界。ここから動くことすらできない」


 カレンは足を押さえながら立ち上がろうとしたが、うまくいかずに倒れると、膝を抱え込むようにその場に座り込んだ。それから、こちらを見る。

 その顔には疲労と絶望しか見えない。


 フィールドの色が変わってきたのがわかる。崩壊が迫っていた。

 どういうわけか、ほぼ全部のトランサーが自分たちの周囲に殺到しているように感じられる。フィールドの全体がまぶしい光と一体になり、周りの黒い海を視認することすらできない。




 フィールドを支えるのに全力を注ぎ込んでいるため、すでに身動きすらままならない。

 このまま頑張っても終わりが近いのは明らか。エメラインの力も弱まっているし、クリスは身動きしない。カレンは怪我をして……。


 顔を上げると、座ったままこちらににじり寄ってくるカレンが見えた。何をしようとしているのか見当もつかずただ眺める。


 左手を伸ばしてメイの右手をつかむのが見えた。それから、こちらに反対側の手を伸ばしてきた。

 何をするの? カレンは防御者じゃないけど、この状況を何とか打開しようと考えているのはわかる。でも、これ以上、何ができるの?


 左手首を冷たい手で(つか)まれたことで、急に、前にも同じようなことをしてもらったのを思い出した。そうだ、あの時、カレンはレンダーの代わりになってくれた。

 でも、今は、レンダーはちゃんとあるし、精気が取り込めないわけじゃない。単に自分たちの中の持てる力が果てつつあるだけだ。


 ふとカレンの向こうに目を向けると、モリーたちがエメラインの両隣に並んで、すでに撃ち尽くした銃をこん棒代わりに繰り返し地面に叩きつけていた。

 その意味のない行為になぜか笑いがこみ上げてくる。




 カレンの声が現実に引き戻した。


「シャル、もう少しだけ頑張って。何とかしてみるから」


 続いてあえぎが聞こえた。

 何とかするって、何ができる? すぐに理解した。自分の力を分けようと考えている? そんなことが可能なの?

 その瞬間、あの時もそうしてもらったのだと悟った。そういうこと……。

 しゃべり始めるが、自分の声なのになぜかやたら遠くに聞こえる。


「何かできるのなら、先にクリスをお願い。この状況、ふたりじゃとても無理」


 光の洪水の中、カレンがクリスをちらっと見たあと、ゆっくりと首を動かすのがかろうじて見えた。ちゃんと聞こえたらしい。


 こっちの手を離すと膝を地面につけ中腰の姿勢のままゆっくりと向きを変える。すぐそばに放心状態で座ったままの、クリスのだらりとした腕に向かって手を伸ばした。

 

 カレンはこちらに背中を向けたまま、首だけを回してしゃがれ声を出した。


「シャル……わたしの体に手を回して」


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