114 大群と対峙
光は薄れたが、目にはしばらくいくつもの輝く輪の残像が焼きつき、何度も目をぎゅっと瞑って正常な視界を取り戻す。
やっとあたりが見えるようになるなり、シャーリンは空を見上げて強制者の船を探した。少しして空の反対側に発見する。
崖の向こう側、北に向かってやや高度を下げていた。白い煙がわずかに見える。どうやら何らかの損傷を与えられたらしい。船は遠ざかり、台地に遮られて視界から消えた。
ほっと一息つくと近くに目を向ける。そばには、カレンとメイがすでに立ち上がっていて、近くにうずくまったクリスとエメライン、モリーたちも無事のようだった。
黒い流れが存在していた一帯には大きな深い亀裂ができていて、そのあたりに密集していたすべてのトランサーが消滅していた。
しかし、右に目を向けると、その新しくできた溝に向かって新たなトランサーの大群が雪崩のように迫ってきた。目の前の深い溝は幅が五、六メトレはあるだろうか。
その溝の向こう側の台地にも尾根から別のトランサーがなだれ込んできた。
気がつくと、カレンが亀裂の縁に立って叫んでいた。
「ミア、早くこっちに渡って! そっちはトランサーが!」
向こう側の台地では、ミアとレオンが黒い流れと向き合って立ち、ミアがトランサーを攻撃するたびに光がはじけ、レオンの姿が何度もかき消された。防御者に守られないあのふたりがトランサーの大群に太刀打ちできる可能性は低い。
トランサーを確実に封じ込められるのは防御者だけだ。
どういうわけか、ミアとレオンが言い争っているように見えた。
カレンが突然こちらを振り返った。
「シャル、向こう側のトランサーを何とかして。あのふたりがこっちに移動できるように。このままだと、ミアが……」
シャーリンはうなずくと亀裂越しにトランサーを攻撃し始めた。でも、さっきよりずっとたくさんのトランサーが次々と押し寄せてくる。
亀裂のこちら側は、メイと立ち直ったクリスによって何とか防いでいるが、向こうのふたりは、こっちに渡ってくるしか生き残る道は残されていない。でもどうやってこの距離を?
下を見ると、亀裂の中はすでに紫色に光る大群で溢れかえっていた。
シャーリンはあたりを見回した。ミアを助けるにはこちらに渡る手段を見つけないと。どうすればいい? そもそもこの亀裂を作ったのはあの空艇の攻撃だ。
あの強制者がわたしたちを攻撃してきた。強制力を使うのではなくて物理的な手段で。どうして今さら……。
そんな考えを無理やり振り払い目先の問題に集中する。溝は跳び越せないが、すばやく渡れば、今なら何とかなるかもしれない。
カレンもそう思ったに違いない。こちらを見て言う。
「シャル、エム、こっち側に渡れるようにそこの下を掃除して!」
シャーリンの返事を待たずに手を口に当てて叫ぶ。
「ミア、早くこっちに来て! 渡れるように道を作るから!」
ミアがこちらを見たが、そのそばに現れたレオンが倒れるのが見えた。かろうじて声が聞こえる。
「レオン、やられたの?」
ミアはレオンを片手で引っ張り上げて立たせると、レオンの腕を肩に回した。台地がまた揺れ、ふたりがよろめくのが見えた。
ミアがたけり狂ったように周りを攻撃し始めた。
「ミア、早くこっちに!」
カレンの悲痛な声すら、もはや夢の中のように曖昧だった。
気がつくと、ミアはさっきより遠い位置にいた。ふたりはトランサーの群れに押されて崖のほうに移動している。
それでも、ミアとレオンが寄り添って立ち、何とか攻撃を続けているのがわかった。
「シャル! 何とかならないの? 道を作らないと」
「わかってる、カル。でも、こいつらはどんどん増えてくる。消滅させるよりもっと早くやって来る。なんでこんなに湧いてくるんだ?」
エメラインが絶え間なく攻撃をかけ、モリーとその部下たちも銃を使っていたが、焼け石に水とはこのことだった。
カレンが苦しそうな声を出した。
「向こうから来られないなら、こっちから迎えに行くしかない」
どうやって?
「みんな、聞いて。あのふたりを助けないといけない」
「あいつ、レオンもか?」
「そうよ、シャル」
カレンはきっぱりと言った。
彼女はレオンのことを嫌っているわけではないらしい。彼と前に会った時に何があったのだろう?
カレンが早口で説明する。
「メイとクリスでフィールドを張ったまま、その溝の中に下りて向こう側に上がれる?」
メイが即座に答えた。
「やってみる。お姉ちゃんを助けないと」
カレンはすばやく首を振ると続けた。
「ほかの人は攻撃でミアのところまで道を切り開いて」
すぐにクリスが言う。
「よし、わたしが先に下りる。エム、シャーリン、そこの下のやつらを排除してください」
ふたりで亀裂の中にできる限りの力を注ぎ込んだ。地面が見えてくるとそこにクリスがすばやく降り立った。
その時、また地面が大きく揺れるのを感じた。思わず膝をつく。何が起こっているのかわからないが、左側に目をやると、亀裂の先が広がっているのが見えた。
この瞬間に誰もが理解した。空艇による攻撃でできた亀裂にトランサーがどんどん入り込み、行き場を失ったやつらの破壊攻撃で亀裂がさらに広がっている。
そのうち、台地のこちら側も崩れるかもしれない。急がないと巻き込まれる。
シャーリンは急いでクリスの隣に飛び降りた。続いてメイが降りてきて、トランサーを押しとどめている間に、クリスが何とか反対側に上がろうとした。エメラインは動かずに攻撃を繰り返している。
その時、メイが小さな悲鳴とともに苦しそうな顔を見せた。
「だめ、これ以上支えられない」
「もう少し、頑張って!」
そう叫んだシャーリンは反対側に道を開いて、クリスが溝から這い上がるのを助けた。
クリスがあらためてフィールドを張ったが、すぐにトランサーが群がり、あたりがまぶしい光に覆われる。
クリスの姿が見えなくなり、一瞬飲み込まれたかと思った。とてもだめだ。クリスはすぐにも潰れそうだった。
どうしよう? メイもクリスもこれ以上一歩も動けそうにない。シャーリンは所かまわず攻撃し続けていたが、その威力がしだいに弱まってくるのを自覚していた。
あまりにも短時間に力を使いすぎている。全員が疲れ果てていた。少し中断が必要だったが、ここで休むことは死を意味する。
視界の隅では、エメラインがクリスの移動を助けるように前方の地面をなぎ払うのが見える。いくら攻撃しても、新しいトランサーが次々となだれ込んでくるためなかなか進めない。




