113 作用力と向き合う
シャーリンの怒りの声があたりに響き渡った。両手を上げてあちこち見ていたが敵が発見できないでいる。
そうよ。動きが見えない相手を攻撃するのは不可能。
レオンはさらにモリーと残った彼の部下を順に倒すと、またカレンのそばに出現した。そのただならぬ気配に体の震えが止まらない。
「さあ、どうする? 君はおれと同じことができるはずだ。おれの行為を止めるには同じ次元に立たないと始まらないぞ」
カレンの頭の中ではいろいろな思いが駆け巡っていた。わたしにも時伸が使えるとレオンは言っているらしい。でも、そんなことは絶対ありえない。
手を振り回していたシャーリンが急に静かになり、その両手をこちらに向けるのが見えた。
えっ? その動作の意味するところがわかるまでわずかの間があった。
レオンに乗っ取られた。そして、このわたしに対して力を解き放とうとしている。
カレンは反射的に横に飛んだ。足を滑らせ肩から地面に落ちると、右腕を何かに激しくぶつける。その勢いでごろりと転がってうつ伏せになったが、肺の空気がすべて押し出された。頭がふらふらするが、両手をついて何とか立ち上がる。
すでにシャーリンはこちらを向いていた。その無表情の顔が彼女のほうが断然有利であることを雄弁に物語る。どうしよう。わたしは防御力を使えない。
突然、耳がミアの叫びを捉えていることに気がついた。
「レオン、やめて! シャーリンもカレンもあたしの家族なの。あなたが考えてるような人じゃない。もう、諦めて! もう、終わりにして!」
シャーリンから次の攻撃力が吐き出される前に、カレンは少し走ってから地面に向かって体を投げ出した。すぐ上を熱い流れがかすめるのを感じたかと思うと左の肩に痛みが走った。
ソフィーの攻撃でも同じところを……と考えながら、そのまま体が横に回った。今度は背中が地面に叩きつけられ、痛みが全身に走った。石の上に落ちたようだ。
とにかく感知力を開く。ついでトランサーからの雑音を何とか閉め出す。こうすればシャーリンの攻撃をほんのわずかだが事前に知ることができる。
メイが地面に座り込み声もなく、ただ目を見開いたまま固まっているのに気づく。彼女も支配されているのかと考える暇もなく、次の攻撃を受ける直前に動き射線をかろうじてかわす。
何度か繰り返すうちに要領はわかってきたが、感知力だけではいつまでもかわしきれない。
何度も転んで地面や石に打ち付けた腕も足も傷だらけ、膝と肘から出血しズキズキする。体のいたるところが痛むし、疲れて動きも判断力も鈍ってきた。早く何とかしなければ。
レオンの居場所を探した。単に動きが速いだけだわ。彼は遮へい者じゃない。力の発信源を覆い隠すことはできない。それさえわかれば……。
次の攻撃を避けて地面を転がった先に、モリーの部下が横たわっているのが見えた。その近くに武器が落ちていることに気づいたとたんに、そこに向かって飛びつく。
武器を両手で拾い上げながら立ち上がり、感覚を周辺に滑らせる。レオンがいた。そちらに向きを変えようとした瞬間、持っていた武器がもぎ取られた。
レオンが耳元でささやいた。
「君の動作は遅すぎる。これでおれを撃てると本気で思ってるのか?」
声のした方向を振り向いた時には、すでにレオンは消えていた。次の瞬間には反対側から力を感じる。
そちらを向こうとしたが、今度は、逆のほうからシャーリンの攻撃力が高まるのを感じる。さっと飛びのくも足を滑らせて膝をつくと激痛が走った。
レオンがだめならシャーリンを止めるしかない。別の武器を探す。地面に転がっているモリーのだらんと伸びた手の中にあるのが見えた。とりあえずそちらに向かって走る。
次の攻撃をかわしてモリーのそばに転がった。彼女の手からすばやく銃をひったくるとそのままシャーリンに向けて構える。
でも、シャーリンを撃つなんてそんなことはできない。狙いを下げて足に向け直す。攻撃力が高まるのを感じたが、カレンは身動きできないでいた。
次の瞬間には銃が勝手に手から離れて飛んでいった。
完全に、わたしの負け。どうすることもできない。シャーリンを撃つなどできるわけがない。もう、体を動かす気力すら残っていなかった。
結局、わたしは彼女に殺されるのだろうか。どうして、こんなことになったの? これは全部わたしのせいなの? わたしが悪かったの?
お願い、助けて。これを終わらせて。誰でもいいから、どうかお願い。
体の奥から冷たい感覚が上がってきた。ついで、シャーリンが攻撃を発するのを感じ、目を閉じる。
その瞬間、胸の中で別の何か熱いものがどっと湧き上がってくるのが伝わってきた。体が小刻みに震えるのを感じたとたん、手が勝手に伸びて頭を抱え込んだ。
そのまま、体をくるっと回すと横に倒れこみ、続いて背中を一回転させると草むらに膝をついて起き上がっているのに気がついた。
すぐに背中に激痛が走った。草むらなのにまるで岩に体を打ち付けたかのようだ。
痛みをこらえてあたりを見回すと、シャーリンは凍りついたように仁王立ちしており、その向こうにレオンがこちらに向かってゆっくりと歩いてくるのが見えた。
カレンと目が合った瞬間、レオンは急ぎ足になった。
カレンは慌てて立ち上がると、クリスの姿を探した。もう、あたりに銃は見当たらない。でも、確か、クリスは衝撃銃を身につけていたはず。
見回すと、離れたところに倒れているクリスを見つけ、そちらに向かって走り出した。
すぐに、どういうわけか体が何かに突き当たるような激しい抵抗を感じ、全身の動きが押し返された。それでも進もうと力を振り絞り、次の瞬間、突如、体を普通に動かすことに成功した。
しかし、クリスのところにたどり着く前に、ものすごい熱気が襲いかかってきて、思わず手で顔を覆った。両腕に鋭い痛みを感じて、もはや走るのもままならずその場にへたり込む。
体を覆っていた熱気はすぐに消えたが、顔と腕に激しい痛みが残った。両腕を見下ろすと真っ赤に染まっている。クリスのところまであと少し。
もう一度立ち上がり走り出すと、再び熱風と圧力に翻弄された。何とかこらえてクリスのそばに倒れこむ。手を伸ばして彼の衝撃銃をつかもうとした瞬間、その銃はあえなく別の手がさらっていった。
カレンはうめき声を上げると、目を閉じその場に仰向けに倒れた。これでもう完全におしまいだった。速く移動できても彼にはまったくかなわなかった。
心臓を締め付けられるような息苦しさを覚える。何とか目を開くと、衝撃銃を手に持ったレオンが立ってこちらを見下ろしていた。その瞬間、力が抜けるように胸の中の熱気がしぼんで逆に冷たい感触が体中に広がる。
やっとのことで体を起こしあたりを見回す。ミアは離れたところに立っていて、振り返るとすぐ近くにシャーリンが座り込んでいた。
シャーリンはこちらを見ていたがその顔は真っ白だった。全身が激しく震えているのまではっきりと見える。
「やはり、おれの考えは正しかった。君には三つある」
見上げるとそこには、変わった形状の帽子を脱いだレオンの顔があった。
「時伸を使うときは、熱から身を守る必要がある。よく覚えておくといい」
カレンはただ茫然とレオンの顔を見つめていたが、彼はフッと笑いを漏らすとミアのほうに歩いていった。
「カル」
シャーリンのしゃがれ声が聞こえた。
「カル、わたし、カルを……」
声が途切れ途切れだ。どうやらまだうまくしゃべれないようだった。
「もう少しで……殺す……ところだった……ごめん」
レオン。そんなにしてまでわたしの力を引き出したかったの? こんな思いをシャーリンにさせてまで……。立ち上がろうとしたが、力が抜けたようで動けなかった。代わりに話をする。
「わたしは大丈夫。レオンは……わたしを試した。みんなを犠牲にして。最初から彼に従うべきだった。ごめんなさい」
シャーリンを見て笑おうとしたが、顔がひきつってしまって中途半端になってしまった。
「カル、その顔と腕はいったいどうしたの? それに足も血だらけじゃない」
思い出したとたんに、痛みがぶり返してきて、顔をしかめた。両腕を持ち上げて調べる。熱傷の他にもたくさんの擦り傷がある。膝からは血が出ているし全身がガタガタだ。
「顔も酷いことになっている?」
シャーリンはうなずいた。
「炎天下で太陽にこんがりと焼かれたときみたいだよ。すぐ手当てしないと」
「大丈夫、シャル。わたしは、わたしは、レオンは、わたしがひとつもちじゃないと前から言い張っていて……」
ニヤッとしたシャーリンから答えが返ってきた。
「わかってるよ。カルはね、特別な存在だから。初めて会った時から」
そう言うと両腕を地面についてよろけながらも立ち上がろうとした。
突然、カレンはすぐそばに大群が来ているのを感じた。次の瞬間には、黒い流れが押し寄せてくるのがシャーリンの肩越しに見える。
「シャル、後ろ!」
ふらつきながらもやっと立ち上がったシャーリンはさっと振り向くと黒い川に向き合った。
「トランサー!」
シャーリンは防御フィールドを展開しようとしているようだった。少し時間がかかったがぎりぎりで何とか張れたようだ。半球状のフィールドに守られたカレンはすばやくあたりを見回した。
後ろでうめき声が聞こえる。振り向くとモリーたちが起き上がるところだった。
しばらくポカンと彼らを見ていた。殺されたのではなかった。単にちょっと気絶させられただけだった。
横を見ると、ミアとレオンが少し遠ざかって崖の方向に退いているのが見えた。目の前を黒い川が通りすぎようとしていて、このままだと向こうの崖から飛び出してしまいそうだ。
その先には本物の川があり、その向こうは……。
もう、何もかもどうしようもなく絶望感だけが残った。
援軍が来るまでトランサーを食い止めるどころか、何もしないで黒い流れがそばを通過していくのをただ見ている。
まったく最低だわ。でも、この川に割って入ることは不可能だ。
突然、船が低空で接近してくるのが視界に入った。
「援軍が来た」
シャーリンがそう言い終わらないうちに、空艇から光の帯が伸びてきてすぐ近くにさく裂した。まだ弱々しく張られていたフィールドは一瞬で崩壊して、あたりには光の洪水が立て続けに出現した。
地面が何度も激しく揺れ、カレンはその場にうつ伏せに倒れた。繰り返し、地鳴りのような揺れが襲ってきた。
顔を起こすとシャーリンはまだ膝をついた状態のまま空を見上げていた。
「何で? あれはこの前のとは違う。でも、きっと強制者だ……」
「強制者? イオナのこと?」
しまった。援軍じゃなく、よりによってイオナに見つかってしまった。それを聞いたとたんに、もう感知をする必要性は失った。
どうしよう? もう、どうしてこうなるの? 力がどんどん抜けていくのを感じた。
横を見ると、シャーリンが体をシャキッとさせるのが見えた。
どうするつもり? そういえば、イオナはまだ強制力を使っていない……。こちらを見たはずなのに。何とかする猶予がある? ねえ、シャーリン?
「メイ、防御をお願い。今度こそ……」
そう言うなり、シャーリンは上を通りすぎる白い空艇に手を向けた。
遠ざかりつつある空艇の後ろを狙って、シャーリンから細く輝く光がほとばしった。その直後に、メイが防御フィールドを張ることに成功した。黒い流れからそれてきた一団は新しい壁に阻まれ一気に燃え上がった。
一方、シャーリンの攻撃は空艇を捉え、その瞬間に生じた光の爆発に思わず目を瞑った。両手で顔を覆いながらも指の間から確認すると、シャーリンが輝く海を前に足を踏ん張ったまま、何度も攻撃を送り込んでいるのがわかる。
遠くでミアが同じように空艇に向けて力を放ったように見えたが、すぐに、再び真っ白い光に覆われ、視界が閉ざされた。




