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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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112 望まぬ出会い

 それまで黙っていたメイが、シャーリンの前に歩み出るのを、カレンは視野の片隅に捉えた。


「お姉ちゃん、その人のことを知っているの?」


 知り合い。そうだ、レオンはミアのことを言っていたし、当然メイのことも知っているはずだ。

 メイのそぶりでは彼に会ったことはないようだが。しかし、ここにいるわたしたち四人はレオンの仲間だとも言っていた……。


 振り返ってしばらくメイの顔を見つめていたミアは、結局一度だけ首を縦に動かした。

 それを見るなりシャーリンがうなり声を出した。


「それじゃ、知ってたんだね、ミアは。レオンのことも、彼が強制者であることも。わたしが誰に捕まってどんな目に遭ったかも。それに、わたしがその話をした時には、何にも言わなかった。なんで隠してたわけ? そいつを知ってるってこと……」


 シャーリンは掲げていた両腕を下ろしてしまった。


「どうして、何も教えてくれなかったの?」


 そう言ったあとすぐ、つぶやくのがかろうじて聞こえた。


「あっ、そうか、ミアはレオンの側なんだ……」




 ミアにも聞こえたようだ。彼女はすぐに首を振った。


「違う、違う、シャーリン、そうじゃない。レオンは、あたしの、あたしたちの再従兄(はとこ)だ」


 メイの甲高い声が響いた。


「ええっ? それ、どういう意味? いったい誰の……」


 その疑問はシャーリンの怒りに満ちた声に押しつぶされた。


「じゃあ、なんで、彼がわたしとカルを捕まえて強制力を使って尋問したわけ?」


 レオンの声はいやに静かだった。


「前にも言ったが、君たちを捕まえたのはおれじゃない」

「だったらどうして? あの時、助けるどころか、強制力で無理やりしゃべらせたあげく、そのまま放置したの? 万が一にもよ、血のつながった一族なんだとしたら、そんなの断じてすることじゃない」

「強制力を使ったことは間違いだった。あの時は……君たちが仲間だという確信がなかった」


 レオンが近寄ってきた。カレンはこれまでの経緯をすばやく頭の中で反すうして気づいた。

 彼はシャーリンではなくわたしに用があるに違いない。この前の答えを聞きに? でも、このような大変な時に?




「カレン、おれたちのところに来てほしい」


 ちょっとしてから思い出したようにシャーリンをちらっと見た。


「もちろん、シャーリンにも」

「何を寝ぼけたことを言ってるの? この人、どうかしてる。あんなことをしておいて、わたしたちがあんたを許してひょいひょいと仲間になるとでも思ってるわけ? どこまでおめでたいの?」


 左手を怒りで震えているシャーリンの肩に置くと、カレンは前に進み出た。


「わたしはあなたが考えているような人ではないわ」


 レオンは体をピクッと動かした。シャーリンが顔をくるっと回すのが見える。突き刺さるような視線が痛い。


「まだ、そんなことを言うのか? あれだけわかるように説明したじゃないか。ここにいるおれたちはみんな仲間だ。家族と言ってもいい」


 レオンはさらに早口になった。


「おれたちには重要な使命があるんだ。それには、おれたちが結束しないといけない。君とミアにメイ、それにシャーリンの五人」

「それは、あなたの使命でしょ。わたしのじゃない。それに……」

「わかってるのか? おれたちは、もちろん君も、力覚者(りきかくしゃ)の子孫なんだぞ」


 レオンは遠くにかろうじてその存在を示している壁を指差した。


「あの海を見ただろう? わざわざここまで見にきたかいがあったよ。あの頼りない壁を観察して確信した。やつらの本拠地を叩き(つぶ)すしかないことが。力覚者が集まればそれができる」




「力覚者?」


 シャーリンの問いにレオンは誰にともなくつぶやいた。


「アンドエンは力覚者を目の敵にしているがね」

「アンドエン? 彼らの主張していることと何か関係あるの?」


 レオンはシャーリンに目を向けたが何も答えなかった。

 シャーリンは言い方を変えた。


「それじゃ、その力覚者っていったいどういう人のことなの?」


 そう聞いたものの、すぐに付け加えた。


「もしかして、その力覚者というのは、紫黒の海を生み出したとかいう作用者たちと何か関係あるの?」


 レオンはシャーリンを(にら)みつけた。


「それは、アンドエンの言いがかりだ。ユアンは紫黒の海を作り出そうとしたわけじゃない。ほかの目的で……」

「でも、ヤンが……」

「彼に会ったのか? シャーリン、彼はペテン師だ。君は独断と偏見に満ちた、間違った説を吹き込まれたんだよ。おれの祖父、君の……大伯父は決して間違ったことはしてない。祖父のことを悪く言うやつは絶対に許さない」




 大伯父、つまり、エレインの兄。

 カレンはぱっと振り返った。


「シャル、ヤンって誰のこと?」


 シャーリンは両手で頭を押さえて首を震わせていたが、絞り出すように言った。


「彼が言うには、メリデマールの作用者集団が、北のどこだかで行なった実験が失敗して、それであの海が生まれた……」


 実験……。そうだ、レオンもアリシアもそう言っていた。それは本当のことなの?


 シャーリンがまたレオンにまくし立てる。


「それが、わたしたちの大伯父ですって?」


 シャーリンの声が裏返る。


「ユアンって言った? そんな話は知らない。ねえ、ミア、何か言って。あなたは全部知ってるんでしょ?」


 ミアの声はシャーリンとは対照的に落ち着いていた。


「レオン、あたしたちは誰もが、ここにいる四人が家族なのはわかってる。けど、ただの普通の作用者であることも事実。あんたが探してる力覚者はもう……」


 ミアの言葉を手で遮ると、レオンは一言だけ発した。


「もういい」


 レオンはまたカレンをじっと見た。その視線は鋭く、さながら獲物を仕留める前の動物の目つきだ。


「カレン、どうして事実を認めることをそんなに怖がるんだ? 力覚者であることがそんなにいやか?」


 力覚者には何ができるの? 普通の作用者と何が違うの? 自分が力覚者なのならそれでいいじゃない。なぜほかの人を巻き込むの?

 間違いを正しトランサーを消滅させる。レオンはそう言っていた。力覚者にはそれほどの力があるの?


「前にも言っただろう。力覚者は普通の作用者にはできないことができる。ユアンのように」

「それじゃあ、あなたは普通とどこが違うの?」


 レオンが肩を落とすのが見えた。


「おれたちは、力覚者の子孫だが、まだ力覚者にはなれてない」

「それはつまり、あなたもわたしも普通の作用者ということね」




 レオンは大きくため息をついた。ちらっと左を見る。


 トランサーを気にしているのだわ。もうすぐやってくる。でも、このままじゃ何もできない。誰にとってももう時間がない。


「おれたちは力覚者になるための方法を探している。その鍵が君だ」


 指を突きつけられ、レオンが一歩近づいてきた。つられて一歩退く。


「さあ、カレン、頼む。このとおりだ」


 レオンは頭を下げた。


「おれの言葉を信じてくれ。君はアリエンなのに時縮が使えた。あの時、川の中から生還しただろう。きっと他のほうも使える、力覚者ならば。もう君にもわかってるはずだ。それに時間がない」


 彼は尾根をちらっと見た。

 突然ミアが叫んだ。


「レオン、どうしたいの? 確かにカレンはおぼれなかった。それに、あたしたちはケイトの家、いや、エレインの家を発見した。でも、母と祖母の家も部屋の中も探したけど何も見つからなかった。あんたが言っていた、力覚する方法が記された書き物なんか発見できなかった。あんたの父親もあたしたちの母親も亡くなってしまった以上、もうどうにもできない。すべてはむだだったのよ」


 そうまくし立てたミアは大きく息をついた。レオンはミアの剣幕に押されたように見えたが、すぐ首を横に振った。


「ミア、そんなはずはない。おれたちは必ず……」




 レオンは再びカレンに向き合った。体が震えている。

 本当に切羽詰まった感じだわ。


「カレン、頼む、どうか協力してくれ。君がいればおれたちは……」

「だめ、カル、こいつが何をしたか思い出して!」


 そうシャーリンが怒鳴った。

 そうだ、彼はシャーリンを支配下に置くという最大の過ちを犯した。シャーリンをちらっと見たあと、カレンは首を横に振った。


「わたしはあなたが思っているような人ではないわ。わたしはただのひとつもちだと何度も……」


 レオンの顔に一瞬諦めの表情が見えたような気がしたが、次の瞬間には消えていた。


「それじゃあ見せてやろう」


 そう言い放つと両手を持ち上げ上着の襟を立てた。




 すぐにわかった。レオンを怒らせてしまったことが。

 わたし、答え方を間違えた? いったい何を見せるの?

 その時、レオンの姿がフッと消えた。一瞬何が起きたかわからなかったが、次の瞬間には答えにたどり着いた。


 ああ、これが彼の力、時伸。でも、これは、単にレオンの二つ目の作用力にすぎない。これが、彼が力覚者とかいう、ほかの作用者と違う存在である証拠にはならない。


 そう考えていると、後ろでドサッという音がした。慌てて振り向くと、先ほどまで硬直したように直立不動の姿勢だったモリーの部下が、その場に倒れていた。少し離れたところに立っていたエメラインが、同じように崩れ落ちた。


 エメラインが何か叫んだように聞こえたが、そんなはずはない。彼女はレオンの支配下に置かれていたのだから自由は利かない。それとも、さっきの言葉は頭の中で感じたのだろうか? それとも幻聴なの?


 次の瞬間、その頭の中で生み出された声は、カレンの耳元でささやく生々しい声にかき消された。


「ほら、君が正しい決断をしないから、君はほどなく仲間をすべて失ってしまうだろう」


 カレンがさっと振り向いた時には、すでにレオンの姿は消えて、代わりに、シャーリンの後ろに立っていたクリスが腰の銃に手を添えたまま後ろにゆっくりと倒れていくのが見えた。


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