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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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111 ミアの願い

 しばらく黙っていたミアが突然言いだした。


「なあ、カレン、ひとつ頼みがあるんだが」


 こんな時にあらたまって、いったい何の話だろう?


「もしもの時には、メイの相談相手になってくれないか?」


 あっけにとられて一瞬ポカンとした。それから気づいた。もしもって……。


「ミア、いったい、何の話をしているのですか?」


 思わず声が上ずってしまった。自分の大声にハッと驚いて声を抑える。ついでに体も縮こまらせた。

 ミアの手がカレンの膝をポンポンと叩く。


「そう驚くなって。これは単なる仮定の話だよ」


 ミアの顔をじっと見る。

 さらに独り言のように話が続いた。


「ほら、ムリンガはウィルが面倒を見てくれるだろうし、リンはシャーリンのことがえらく気に入ってるようだ。こっちの家と地所はメイが……」

「ミア、冗談はやめてください。そういうことじゃなくて……まったくもう縁起でもない」

「ははは。怒ってるカレンはとてもかわいいよ」


 激しく首を振る。


「わたし、怒ってなんかいません。これは……単にあきれているだけですから」


 ミアはどういうわけか、ご機嫌に見えた。


「わかった、わかった。でもさ、こういったことは事前によーく考えておくと本番では何事も起こらない、というのがあたしの人生の鉄則でね」


 何だかよくわからないけれど、ミアらしい考え方なのかもしれない。


「はあ、その理屈、わたしには全然理解できませんけれど、ミアがそう言うのでしたら……」


 カレンは胸の前で両手を互いに押し合わせると再び外の景色と向き合った。




 なだらかな丘陵地帯に差し掛かると、船は大きく左に旋回して高度を下げる。間もなく遠方にポルリ川との分岐点が見えてきた。

 想像していたより川幅は広い。ポルリ川はずっと西まで伸びているはず。確かに、この丘陵地帯の向こう側に壁を築きたかったのが納得できる。


 船は少し右に旋回して水面すれすれを上流に向かって飛び続ける。ほどなく左正面にかなりの高さの崖とその先に続く段丘が現れた。

 南斜面は緩やかな坂になっているのに対して、反対の北側はかなり切り立っているように見える。

 窓から前方の景色を食い入るように見ていると、ミアがぽつりと言った。


「確かに、この川を越えてきたら、もうやつらの侵攻を遮るものは何もないな。そのまま、何にも邪魔されずにあっという間に町にたどり着く」

「そうですね。しかも町の北側は広すぎて、素人目にも壁を築くのが無理だとわかります」


 船は崖に急接近したところで、ほとんど垂直に上昇して尾根に踊り出る。それから、こぶのような形をした台地の真ん中にふわりと着地するとすぐに扉が開いた。

 シャーリンたち六人とモリー以下六名の兵士を降ろすなり、空艇はあっという間に飛び立ち崖の下に消えた。すぐに、水面すれすれを飛ぶ船が視界に戻ってきた。


 反対側を眺める。あたりにはゴツゴツとした岩があちこちに転がり、土の中には小石がごろごろ含まれていた。とても歩きにくそうな場所だ。

 外は寒くこの薄着だと体が少し震える。風が強いせいもある。どの方向もはるか先まで見渡せて何も遮るものがない。


 全員がシャーリンを見て指示を待っていた。それに気づいた彼女は、クリスを見ながら話し始めた。


「防御に適したところを探して移動する。ミアは、この全員の作用力の度合いを一番よく知っている」


 クリスがうなずくのを確認すると続けた。


「だから、誰が何をすればいいかもわかると思う」


 そう言ったあとミアのほうを向いた。


「指揮を執ってもらえますか?」




 ミアはクリスをちらっと見たあと、何か言いたそうに口を開きかけたが、思い直したようにニヤッとすると一度だけうなずいた。

 あたりを見回したあと、よどみなくしゃべり始める。


「ここは崖から近すぎるし、南側の斜面がよく見えない。それに防御範囲も広すぎる」


 両手を広げて確認するように続けた。


「少し先が見える位置に移動しよう。ひとりが確実に防御できる幅はせいせい10メトレだ。本当はもっと狭いほうがいい。さて、攻撃者ふたりを両側に、中央の継ぎ目にひとり配置する必要がある。ふたりの防御者は、20メトレより狭いところに陣取る。できれば、鞍部(あんぶ)の手前が防御しやすい。そうだな、メイが左、クリスが右の防御面を築き、シャーリンとあたしは尾根の縁を進んでくるやつらを片っ端から撃破する、エムには中央を死守してもらう」


 全員がうなずくとモリーを見て付け加えた。


「あなたたちは、三班に分かれてそれぞれのサポートを頼む。二面だと並んで前方にだけ防御を集中するしかない。だから、後ろは無防備になってしまう。一度でも後ろ側に侵入を許すとあっという間に崩れてしまうから、くれぐれも背後に回られないように注意してほしい」




 ミアがこちらを向いた。


「カレン、残り時間はどれくらい?」


 西を向くとそれまで閉じていた感知をごくわずかに開いて、まだトランサーが遠いことを確かめた。


「まだ、少し時間があるわ。十五分くらいかしら」


 その瞬間、別の力を感じ取った。慌ててあたりを見回す。ああ、こんな時に……。


「よし、移動開始だ。急ぐぞ」


 ミアの号令に慌てた。


「ミア、待って!」


 でも、なぜ、よりによって彼がいるの? ここで何をしているの? 

 ミアが立ち止まって体の向きを変えてこちらを見ると同時に、その向こうにレオンが姿を現した。

 背後で、モリーと彼女の部下が武器を上げる、かすかな金属音が聞こえた。

 くるっと反対を向いたミアがそのまま動かなくなった。




 すぐにシャーリンが反応した。


「ミア、そいつが強制者! わたしを捕まえたレオンとかいうやつ。気をつけて!」


 強制者という言葉に反応したのか、背後のクリスとエメラインが動くのを感じたが、すぐにレオンが強制力を使ったことがわかる。

 振り返るまでもなく、ふたりの行動が封じられたことは間違いない。


 ミアにはシャーリンの声が聞こえているはずだが、レオンとシャーリンの間に立ったまま、ただレオンを見つめていた。


「どいてください、ミア」


 シャーリンは手を上げてレオンに向けていたが、その先にはミアが立ち塞がったままだ。

 イライラした声が聞こえた。


「ミア、そこをあけて。この前のお返しをしないと」




 何かとてもおかしなことになっていた。後ろの全員を支配したレオンから、もう強制力はほとんど感じられないし、ミアといえばシャーリンの言葉を無視して動こうともしない。


 時が止まってしまったように感じた。

 ミアとレオンはその場にじっと立ったまま向かい合い、シャーリンも諦めたのか何も言わない。

 それとも一瞬のことだったのだろうか。

 ついに発したミアの声には戸惑いが感じられた。


「ここで何をしてるの?」

「君の姉妹に会いにきたのさ」

「こんなところで? トランサーの大群が今まさにあたしたちの町に襲いかかっていて、さらに別の群れがすぐそこまで迫っていて、ウルブ7の東側に回り込もうとしている、こんな時に? どうして?」


 レオンは一瞬だけ左を向いて、トランサーがどこまで来ているのか確認するような様子を見せた。

 カレンもつられてそちらに目をやったが、流れくる黒い影はまだ見えない。でも、感知力はすぐにも視界に入ってくると告げている。


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