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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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110 出撃

 空艇02は、地面を離れいったん東に向かったあと、カフリ川に沿って北に針路を取った。

 大きな建造物はすぐになくなり低い建物に、しだいに普通の住家へと変わっていった。


 ウルブ7は大都市だが、南側の地域が大きく発展しているようだ。大きな工場などもたいてい南部に作られている。鉱山や森などの資源が近いためかもしれない。

 あるいは、大型の船がルリより北側には上れないためだろうか。確か、国境沿いのカフリの本流は川幅がもっと広かった。


 進行方向右手の遠くには山の連なりが見えるが、その手前は見渡す限り広大な平地が広がっていた。




 カレンはミアの隣、窓側の席に座り、眼下にパッチワークのように広がる農地に目を見張っていた。さまざまな色に染まった畑は実りの時期を過ぎていた。

 ここにトランサーの大群が進んできたら、あっという間に何も残らない不毛の大地と化してしまう。そうさせてはならない。


「うちの畑もこの向こうにあるんだ」


 突然の声に驚いてミアに顔を向ける。


「交易だけじゃなくて農業もやっているんですか?」


 ミアは肩をすくめた。


「実を言えば自分では何も。全部、ほかの人に貸してるんだ」


 こちらを見て少し笑った。


「知ってるかい? 農業と言っても今はほとんど自動化されてるんだよ。人は監視して必要に応じて指令を出すことなんだがね」

「えっ? そうなんですか?」


 ロイスのあたりでは農業をやっている人をあまり見たことがない。山間部だからだろうか。もっともリセンのあたりまで行くと農地が多いはずだが、これまで農作業を見学した覚えがまったくなかった。


「それでも、ちゃんと畑を見て回り、適切に管理しないと作物のできは悪くなる。だから、毎日面倒を見てくれる人にやってもらうのが一番」

「それ何となくわかります。生き物に対してはきちんと愛情を(そそ)がないといけないのですね」

「おもしろいことを言うね、カレンは」


 ミアはニッと笑った。


「とは言っても、農地は祖母から譲り受けたもので、自分で獲得したものじゃないのだけどね。でも、ほったらかしにしておくと畑はあっという間に使い物にならなくなる」




「ミアのおばあさんはどんな方なのですか?」


 ミアはクスクスと笑った。


「カレンもその血を受け継いでるんだよ」


 何度も頭を振る。


「ああ、すみません。何て言うか、全然実感が湧かないです。たぶん何かの間違いじゃないかと思うのですけれど」


 口ではそう言ったものの、本当は、ミアやメイ、それにシャーリンの妹でありたいと思っている。

 記憶のない自分に姉妹がいて、そばに存在していると知っているだけで、どれだけの安定感を授かり、心の平穏が得られるのか想像もできない。


 でも、それは夢のような話でまったく信じがたいことなのだ。

 何しろミアやメイと何一つ共通点がない。髪も目の色はもちろん外見も。それに、シャーリンともまるで違う。とても同じ母親から生まれたとは言いがたい。


 まあ、それを言えば、シャーリンもロメルの姉妹とは似ていないわね。本当にわたしたちは姉妹なのかしら?




「もちろん、あんたがあたしの家族であることは間違いない」


 ミアの口ぶりは力強いが証拠がない。


「どうして、そう言い切れるんですか? 裏付けもないのに」

「それは、あんたに会ったとたんにわかったさ。何しろケイトに生き写しだからね。心臓が止まるかと思ったよ」

「はあ、そんなに似ていますか?」


 ミアは大きくうなずいた。


「それに証拠なら、ケイトの家で見つけた写真がある。同じところにカレンの写真があったのは、カレンがケイトと一緒にいた何よりの証拠じゃないか」

「でも、それは写真だけです。同じ家に住んでいたからといって血のつながりとは関係ないです」

「まあ、あたしを信じろ。あたしにはあんたをあの桟橋でひと目見た瞬間からわかっていた」


 そもそも、わたしとシャーリンが姉妹であることすら信じられない。シャーリンは確か人工子宮で育てられたと聞いている。

 そうだとすると、シャーリンと同じ歳のわたしも人工子宮のお世話になったのかしら? それなら、同じ時期なのに一緒にロイスに来なかったのはどうしてなのだろう?


 ミアは苦笑した。


「カレンは心配性だな。シャーリンとそっくりだ」


 いろいろと悩んでいるのが筒抜けのようだ。


「えっ? どうしてですか?」

「シャーリンも同じようなことを言ってたよ。自分は絶対にあたしと姉妹じゃないって」


 確かにそうでしょう。

 とにかく、考えれば考えるほどわからない。頭が痛くなってくる。最近、時々見るようになったあの夢のせいもあるかもしれない。




 気がつくとミアが前を向いたまま話を続けていた。


「エレインはちょっと変わっていてね。よく、調査だとか言っては長い間出かけてたよ。旅が好きだったのかな。あちこちから持って帰ってきたお土産をいろいろもらった記憶もある。家にもいくつか残ってると思う。今度来た時に見せてあげるよ」


 こくりと首を動かす。エレインはミアの祖母の名前。


「学校を開いていたとシャーリンが話していましたが」

「うん、そう聞いたけど、あたしが初めて会った時には、もう養成所に関わるのはやめてたんじゃないかと思う。あたしも、ウルブ5のケイトが住んでいた家に行ったのは初めてだし、あそこがエレインの学校だったとしても、相当長い間使われていないのは確か」

「その養成所は、作用者に対する教育の場だったのですよね。そういう学校ってよくあるのですか? オリエノールだと、普通の学校と作用力について学ぶ習練所にはっきりと分かれているようですけれど」

「ああ、祖母がやってた養成所は住み込み形式だから、その両方を兼ねたものだと思う。習練所とは言えないだろうな。子ども相手だから」

「でも、作用力について人に教えられるほどの方なのですよね」

「うーん、それはわからない。教えると言っても相手は初動前の子どもだ。だから、軍隊で行うような本格的な、たとえば戦闘とかの訓練ではなかったとあたしは思うけどね」




「作用者の学校って実際どのような教え方をするのでしょう?」


 ミアが怪訝(けげん)な顔をしたので慌てて説明した。


「ほら、わたし、そういった記憶が全然ないので……。つまり、ロイスに来る前のことは覚えてなくて」


 ミアは軽くうなずいた。


「ああ、その話はシャーリンから聞いた。確か昨年の今頃と聞いたから一年ちょっとか?」

「ええ、あれは、八の……」


 あれ? いつだっけ? 日にちが出てこない。


「……八の月の終わり頃だったと思います」


 首を(かし)げる。ロイスに来た日のことを忘れるはずがないのに。

 ミアは話を戻していた。


「それで、ロメルでは普通の学校に通い、作用者としての訓練はもっぱら家の中でやっていた。まあ、あそこには作用者は大勢いるし、実践するための施設もそれなりにある。教官と言えるほどの人も何人かいるしね」

「ああ、そうですよね。大きなお屋敷に住んでいると聞きました」

「まあね。だから、あまり参考にならないかな。こっちのウルブ7には、作用者向けの初歩的な養成所と称するところがいくつかある。たいていの作用者はそういった所で基礎を習得したあとは、作用の種類ごとに分けられた習練所に入る。もしくは、防衛隊に入って本格的な訓練をするかのどちらかだよ」

「ああ、そうなのですか」


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