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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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108 押し寄せる海

 今や臨時の四軍指令室となった第二通信塔の最上展望室は大勢の人でごった返していた。

 部屋を見渡すと、クリスとアレックスがウルブ7の力軍(りきぐん)司令アンと打ち合わせをしている。シャーリンもその席についていたが、その横顔には心なしか疲労が感じられる。


 はるばるウルブ5の郊外まで出かけていき、ケイトが、つまりミアとメイの母親が、かつて住んでいた場所を見つけた。でも、建物の中に入ることはできたものの、シャーリンが思い描いていたような発見が、一つもなかったためだわ。カレンはそう確信した。


 しかし、シャーリンは何を期待していたのかしら? 今度じっくりと話を聞いてみないと。


 部屋をぐるりと取り囲む巨大な窓から外に広がる景色は、ウルブ7に迫る危機を如実に感じさせる。壁を作り出すために活動している庇車(ひしゃ)は三台で郊外に広がる農地の向こう、さほど遠くない位置にいるのがかろうじて見える。


 夜明け前に着いたオリエノール軍、アレックスとともに朝に到着した、混成軍所属の予備隊のおかげで、原隊、交番隊と非番隊の一部までは構成できたと聞いた。


 見たところ、三つのフィールドにより大群をうまく押しとどめているように思え、だまされてしまうところだけれど、実際には壁の継ぎ目らしき部分からトランサーが次々と侵入してきた。




 四軍司令官の立場となったアレックスの話では、本来なら、ルリ川からポルリ川まで直線状に壁を築くのが定石らしい。それには、その間の距離から考えると四ブロック分の隊が必要らしい。

 まあ、そもそも、ここからそれだけ西に離れた場所に壁を作るような時間はまったくなかったわけだけれど。


 その代わりに、すぐ近くでルリからカフリ川まで届く扇状に壁を築くしか、選択肢は残されていなかった。これなら、三ブロックで構成はできるけれど、壁の曲がりが大きいため、弱いところが必ずできてしまうのだそうだ。


 幸い、明日には別のインペカールの予備隊が到着するらしい。そうなれば、どのブロックにも非番隊がつき交代に支障がなくなり、安定した壁を維持できると聞いた。

 それまで、現在の部隊だけで持ちこたえられれば、の話だが。


 少なくとも、トランサーによる蹂躙(じゅうりん)を食い止めることはできた。アレックスの隊が間に合わなかったら、どうなっていたのだろうと考えると背筋に冷たいものが走る。


 その場合は、本来、交番隊であるべき隊からも庇車(ひしゃ)を出すことになって、ほどなく壁を維持するユニットが不足して壁は機能しなくなったはずだ。

 そうなれば、ウルブ7は紫黒の海に飲み込まれ、脅威は続いてセインを席巻(せっけん)することになった。




 今は、次々と侵入してくるトランサーを排除するために、三軍の戦闘隊はすべて出払っている。徐々に負傷者も増えているようだ。

 ペトラは力軍(りきぐん)の仕事を遂行するべく出かけたまま。


 本当は、ここで戦況を見て必要な判断を下すとか、他国との調整が、アリシアからペトラに課せられた任務だと思う。クリスとシャーリンが反対したにもかかわらず、その役目をふたりに押しつけて飛び出していってしまった。


 まあ、こうした事態になることは、誰もが予想していたけれど。

 もちろん、国子(こくし)自ら前線に出ることはありえないし、ペトラの技量が、戦闘時の医療活動を支える上で、とても貴重な存在になるのはわかっていた。

 並の作用者には救えない命も、あの時のように何とかできるかもしれない。


 カイの部下が守ってくれているとはいえ、また思いつきで何かしでかさないか心配だ。クリスは、ディードをペトラの護衛として付き添わせたが、ディードにしてもほかの人も、ペトラのすることをきっと止められないわ。


 警護隊の責任者であるクリスはどう思っているのかしら? まだアレックスと何やら話し込んでいるクリスをちらっと見た。

 その近くでは、ミアとエメラインが額を寄せ合うようにしてテーブルに広げられた地図を調べていた。


 ミアが混成軍にいたことがあるのを今日初めて知った。メイでさえ予備隊に籍を持っている。さすがに実戦はないようだけれど。

 この部屋にいる人たちの中で何も知らないのは、わたしだけ。




 北の混成軍基地に滞在中には、壁はとても遠いところに見えた。日が傾いてくると見え始める光の(またた)きや、とっぷりと日が暮れたあとに、暗闇の中に鮮やかに浮かび上がる金色の帯としてしか認識していなかった。

 だから、ここから見える景色には衝撃を受けてしまった。


 ここはとても高い位置にあるため、今日のようないい天気であれば昼間でも、2万メトレ先の壁の向こう側からはるか地平線まで埋め尽くす紫黒の海が見て取れる。

 その色の変わるところが壁の存在を示していた。


 壁のこちら側のあちこちで間断なく見える(きらめ)めきは、壁をすり抜けてきたトランサーに立ち向かう攻撃者あるいは正軍の甲車による攻撃の印だ。

 空艇が飛行しているのも見える。


 それにしても、ここは外とは違ってやけにむしむしする。きっと部屋の中にいる人が多いために違いない。今日は袖の短い服にして正解だった。




 窓に近づいて透き通った床の上を進む。窓の近くは下が透け透けになっているのに先ほど気づいた。下の小さい第二展望室は普通の床だったのに。

 うっかり視線を下げると、はるか下界に、色とりどりの豆粒のように小さな建物が見え、ちょっとの間目まいに襲われた。


 どう考えても、ここの高さは、空艇でミンに向かった時よりはるかに高い。あの時は眼下の光景にすくんだりはしなかったことを思い出し、すぐに目を閉じて深呼吸を繰り返し感情の高ぶりを抑える。

 窓のそばは涼しく、気分を落ち着けるのにちょうどよい。


 アレックスに教わったように、前方に存在するトランサーの群れに対して感知力を開いてみた。すぐに、耳を塞ぎたくなるような圧力、圧倒的な存在感、無数の集合体から発するよくわからない低い振動のようなものを感じる。


 遠くから近づき左から右まで波のように伝わる何かの感触を覚える。昨日とは大違いだ。これは壁が作られたためだろうか。




 さらに力を絞って正面を向く。トランサーは何を目的として動いているのかしら? あるいは、何かに突き動かされている? 全体が同じことを目指している、または、動くように強制されているのか。いや、そもそも、トランサーには思考というべきものがあるのかどうか。


 防御フィールドと反応するのだから、何らかのエネルギー要素があると言われている。それは、本当は生物ではないことの証拠なのかしら。


 南にはルリ川、北の遠くにはごく低い山、丘の連なりが見えている。ここからは見えないけれど、その向こうにはポルリ川が横たわり、東を流れるカフリ川と合流しているはずだ。

 その間に広がる前線に沿って感覚を滑らせる。段丘の右に見えるカフリ川はそれなりに広いため、そこまで壁を作ればウルブ7は完全に守られる。


 黒と茶色の境目として認識されるそれぞれの壁が、一つひとつ大きく湾曲しているのがかろうじて見える。

 今さら気がついたけれど、確かに、その交わるところがわからないほど一体化している。きっと、あのような浅い角度で交差している部分が弱くて侵入路になっているのね。


 感知の方向を絞り込むのが、以前よりうまくなったと実感する。特定の方向の限られた力のみを()るのは、これほど便利なのだとあらためて認識した。

 このような大事なことはもっと早くに知っておくべきだった。




「カレンもトランサーを感知できるのかい?」


 声の主は明らかだったが、目を開いて確認すると、いつの間に来たのかミアが隣に立っていた。体の向きをそろそろと変え、左手で手すりを握る。


「ええ。あれは、作用者よりはよっぽどおしゃべりなの」


 ミアの眉が上がった。


「やつらは話すのかい?」

「うーん、どうかなあ。波のように圧力が伝わってくる。それが、わたしには意思の伝達のように思えてならないの」

「へーえ、そいつはおもしろい。とは言え、やつらと会話ができるわけじゃない」

「はい、それはそうです。でも、何と言えばいいのか、その、うまく説明できないですけれど、トランサーがひたすら進んでくるのには理由があるんです。それがわかれば……」

「やつらの侵攻を止められる?」


 首を縦に振る。ミアは首を(かし)げてこちらをじっと見た。

 もちろん、そんな単純なことではないとわかっている。

 今朝、ミアと再会した時に、あとで少し話したいことがあると言われた。わたしもいくつか聞きたいことがあった。


 レオンのこととか、昔の実験について。この戦闘状態がもう少し安定すれば、個人的な時間が取れるはず。


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