105 シャーリンの悩み
そうだ。力名のことをすっかり忘れていた。
力名は、両親の名前を受け継いだものだから……。シャーリンはミアに顔を向ける。
「あのー、ミア、継氏のことを考えてみたんですけど……」
ミアはすぐに反応した。
「ああ、姉妹なら継氏か承氏が同じ。母親が同じなら当然ながら継氏は一緒だ。でも、継氏と承氏が同じでも姉妹の証拠にはならないと言いたいんだろう? 確か前にもその話はした」
「ええ、そうなんですけど少し気になって」
「あのさ、シャーリン、継氏と承氏の数はそう多くないし、確かに同じ人はたくさんいる」
「そうです。だから、わたしがミアと姉妹だとは信じられなくて……」
「まあ、まあ。いずれにしても、この場合、力名は全然あてにならんよ」
「なぜですか?」
「だって、作用者は継氏の力を受け継ぐのが普通だろ。それで、アリエンは第二と第三なんだよ。知ってると思うけど。でも、あたしもメイも遮へいしか受け継がなかった。その点、カレンは普通だよ。でも、あんたは……」
シャーリンはしばらくミアの顔を見つめた。
「うっ。どっちでもないです。これ、おかしいですよね?」
「あたしにはわからないな。シャーリンはきっと父親のを受け継いだんだろ?」
「そうです。でも、これ、本当に変ですよね。いや、前からおかしいとは思ってたんです。誰も何も教えてくれないし」
「あんたのその容姿も父親譲りだと思っていいのかい?」
「どうかな? よくわかりません」
「つまりだね。あたしたち三人には承氏の力を受け継いだという共通点がある」
ミアはひとりだけ納得したようにうなずいた。
あのー、わたしは全然わかっていないのですけれど。
「あのペトラならきちんと説明できるかもな」
ミアはつぶやいた。
ああ、そうだ。ペトラならこれがどういう意味か、説くことができる知識がある。今度、確かめてみよう。
いろいろ考え込んでいると、ミアの手が伸びてきて肩をポンポンと叩いた。
「いいかい? そいつはあんたにしか光らせられない。つまり、そのペンダントはシャーリンのもの。だから、わたしたち三人は姉妹。それに、外見だけで判断するなら、あたしたちもケイトに似てるとはお世辞にも言えないと思うがね。ケイトと同じ血筋だと断言できるのはカレンだけだな」
シャーリンは思わず笑ってしまった。
「どうだい? 少しは納得したか?」
「でも、どうして、四つにしなかったんでしょう? 四人いたら四つに分けるんじゃないかと思いますけど」
ミアはこちらをじっと見たあと、肩をすくめた。
「きっと、理由はあるんだろ。用意してあったのは三本だけだったとか。あれを作るのはさ、きっと大変で時間もかかったと思うよ」
「はい、それはわかりますけど……」
「ところで、カレンはロイスに去年現れたと言ってたね」
「はい、もうかれこれ一年以上になります」
「記憶がないと聞いたけど、それじゃあ、どうやってロイスに来たんだい?」
「ロイスの住人は誰も到着したところを見てないです。カレンもわからないと話していました。でも、ロイスに来た時は、ひとりでは何もできないといった感じでしたから、誰かに連れてきてもらったのは確かなんです」
「父親とか?」
「わたしの父ですか? それはないと思いますけど」
「まあ、どっちにしてもカレンのことを知っている人物が、少なくとも一年前にはいた」
確かにそうだ。カレンの素性を知っていて、ロイスにはあれっきり来ない、あるいは、来たくないのか。まてよ、何度も来たけど単にこっちが知らないだけかも。わたしの知っている人かな。いったい誰だろう?
「まあ、そのうち彼女の記憶が戻ればすべてわかると思うけど。記憶はいつか戻るんだろう?」
「それはわかりません。一年たつけど何の変化もないし」
「カレンはずっとあんたと暮らしてたのかい?」
「はい。実を言うと、彼女と暮らし始めた頃は、話もまともにできませんでした。まるで何もできない幼児のようで。うちの筆頭家事のアリッサ、それにフェリシア、ウィルの姉のことですが、このふたりに付きまとっていました。それで、いろいろ見て聞いてまねしているうちに、急速に成長していくといった感じでした。一、二か月もするとほとんど普通の人になって。それはもう、みんなびっくりでした」
マラをゴクッと飲む。この喉ごしに慣れると病みつきになりそう。
「カレンは人前では言いませんけど、記憶力がものすごくいいんです。一度見たり聞いたりしたことはまず忘れることはないし。そりゃ、いろいろと奇妙な行動はしたけど、一度理解してしまうと二度と同じ失敗をすることもなかった」
「なるほど。そりゃ変わってるな。つまり、二か月足らずで十数年成長したってことか。どうして記憶をなくしたんだろう?」
「それは、彼女もすごく悩んでいました。でも、いつだったかな……そう、あれは、もうすっかり普通になったあと、春になった頃に裏山の通信塔まで行った日。えーと、冬の前後に塔の点検をするんです。確か、てっぺんの機械室でそこからの景色を眺めてた時でした」
思い出す。そうだ、あの時、あそこで初めてシアと顔を合わせた。
「急に大きな声を上げたかと思うと、突然表情が変わって、何ていうか、何かを悟ったかのように。あれには本当にびっくりさせられました。わたしには、その時、彼女に何が起こったのかわかりませんけど、あの日以来、自分の記憶のことはあまり口にしなくなりました」
あの日のことを後日教えてもらったことがある。今考えてみると、きっとシアに関係あることに違いない。そもそも、ロイスに来て最初の何日かぼーっとしていたのが、ある日から突然いろいろと学習し始めた。もしかすると、あれもそういった切っ掛けがあったのかもしれない。
少し、体がふわふわしてきた。気のせいか眠くなってきたかも。それにしては、自分がふだんになく饒舌になっているのを感じていた。
「実を言うと、父がいなくなって、その代わりにカレンがやってきて、妹ができたと喜んだんです。ずっとひとりだったから。それで、一緒に暮らし始めて、彼女の毎日の突拍子もない振る舞いと成長をこの目で見て、それから、ふたりでいろんな仕事をして、あちこちに出かけて、それは毎日がとても楽しかった……」
ミアは何か考え事をしているのか、口を挟むことなくこちらをじっと見ていた。
「でも、あの日からすべてが変わってしまった。結局、わたしは何もできずに、力の使い方もなってなくて、いろんなところで間違ったことをして、カルにもミアにも、それからほかの人たちにも迷惑をかけっぱなしで……」
だんだん愚痴っぽくなってきたのは自覚していた。手の中のグラスをじっと見つめる。これにはやっぱりアルコールが入っているような気がする。
「ほら、わたし、あまり先のことを考えずに行動するから。それは自分でもわかってるんです……」
窓の外の灯りに目を向け思い出す。
「いつの間にかカルがわたしに助言をしてくれるようになって、わたしを助けてくれて。だから、それに甘えてたのかも。気がつくと、わたしを追い抜いてはるか先に行ってしまった。何かうまく説明できないけど、カルのほうが年上でしっかりしていて……」
グラスを飲み干す。
「結局、わたしたちはもう以前のような、仲のよい関係ではなくなった気がするんです……」
自然と長いため息が漏れる。
ミアにじっと見つめられているのを感じる。何か気に障ることを言ったかな?
「それはどうかな。あんたたちには別次元の深いつながりを感じたけどね、あたしには。誰にも立ち入る隙がないというか。ああ、ふたりが船に乗り込んできた時からさ。シャーリン、あんたとカレンは性格がまるで違うけど、それだからこそのきずなが、あるんじゃないかな」
そのあとつぶやくように言うのが聞こえた。
「たぶん、それが、家族ってもんだよ」
家族か……。
「そういえば、メイはミアのことをいろいろ話してくれたけど、ふたりは強いきずなを感じます?」
「ふーん。メイがあたしのことを恨んでるとか好きでないとか言ったかい?」
「えっ? いやいや、そうではなくて……あの、そうだったかもしれないけど。……つまり、理解はしてるってことだったかな」
そこまで言って、慌てて首を横にブンブンと振る。頭が一瞬クラッとして、両手で耳を押さえる。
「ああ、そうじゃなくて……つまり、メイはミアのことが好きなんだと思う。……それに、わたしもミアのことが好きです。ああ、わたし、何か変なことをしゃべっている。すみません、どうか、忘れてください」
おそるおそる顔を上げると、ミアの顔には笑みが浮かんでいた。どういうわけか、ご機嫌のようだった。
「安心しろ。一眠りすれば、みんな忘れちゃうよ」
ミアは自分のグラスを光にすかした。
「それに、いろいろといいことを聞かせてもらったよ」
「えっ? いったい何の話です?」
「これはちょっと考え方を変える必要があるかもな」
「どういうことです? ミア、わからないのですけど……」
「ああ、そのうち教えてあげるよ。確信が持てたらね」
思わずあくびが出た。
「うん、マラが利いてきたな。ほら、そのままここで横になりな」
「でも、ベッドに戻らないと……」
「ここで寝ちまいな。夜が明けたらすぐ出発だから」
そうだった。確かロメルの人が車で迎えに来るはず。その人はメイの部下なのかな……何たってメイはロメルの次の当主だし……。
「わたし、ミアのこと大好きですからね」
「わかった、わかった。あたしもシャーリンが好きだぜ」
「……それ本当ですか? そんなことカルにも言われたことがない……わたし、すごく……」
「いいから、黙れ。ほら、さっさと寝ろ」
引っ張られるままに体を倒した。ミアの膝に頭をのせているのはわかっていたが、あっという間に睡魔に襲われると、それ以上何も考えられなくなった。




