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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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102 迫る危機

 ペトラが窓をあけると、ほこり混じりの生暖かい風がどっと吹き込んできた。

 ドーンという音がしたあと、カレンの耳はキーンと鳴った。上空で赤い光が開いた。夜ほどではないけれど、かなりはっきり見える。


 これで、気がつくかしら?

 やっぱり、昼間だとこちらを見ていないと気がつかないわね。


「船の前方に向かって撃たないとだめじゃないの?」


 再び、遠視装置を目に当てて見ていたペトラが言う。


「後ろに人がいるからこっちが見えてるはずよ」


 少しの間ペトラは身を乗り出していたが、振り返ると諦めたような口調で続けた。


「これ、とても船に向けて固定できないよ。どうしているかわからない。見えたかな? もう一回試す?」

「もうちょっと待って」


 カレンは左の窓を開くと、手をかざして船をじっと追っていたが、停船する気配はない。感知にも変化がない。


「ああ、屋根から人が降りてきた。もう誰もいない」


 そう言うペトラの声が聞こえた。

 少しすると、船との距離が縮まってきたような気がした。カレンはまた窓から顔を出し、手を振る。

 どうせ、見えないと思うけれど。


 すぐに、明らかに船が減速しているのがわかった。

 しだいに右岸に寄ってくるのが見える。


「クリス、その先で、川岸に降りられるわ」


 ペトラの声にクリスはうなずくと車を脇道に入れた。




 車はガタガタと斜面を下り川に近づいた。

 やっと船のこちら側にみんなが立っているのが見えた。大きく手を振る。向こうでも手を振り回している。急いで車から出た。


「カル―!」


 シャーリンの声が聞こえた。


「ウルブ7に戻って!」

「どうして?」

「トランサーの大群。向こうからやってくる」


 彼女は下流のほうに手を振った。


「トランサーが? なんで?」

「やつらの移動速度はすごく速い。すぐにウルブ7にたどり着く」


 ディードの大声に、クリスが怒鳴り返した。


「すぐっていつだ?」

「わからない。明日(あした)明後日(あさつて)か。とにかくわからない。急いで戻って」

「わかった。そっちのほうが速い、先に行ってくれ。こっちも全速力で戻るから」


 クリスが叫ぶとディードは大きく手を振った。

 全員がすぐに船首に向かうのが見える。



***



 翌日、カレンたちはウルブ7の第二通信塔の展望室にいた。

 ちょうど嵐が過ぎ去ろうとしていた。今朝は土砂降りの雨で()れてしまった。ここから見ると、空が少しだけ明るい。

 この塔は町の最も西に立っており、ここからは西側一帯が遠くまで見渡せる。見下ろすと、少し離れたところに防衛車両が並んでいる。


 ディードの声が聞こえた。


「ここからだとまだ何も見えませんね」

「ああ、まだ遠いんだろう。でも、明日にはここにやって来るだろうという話だ」 


 そう言ったクリスはミアのほうを向いた。


「これだけですか? この数だと、ちゃんとした壁を築くには一ブロック分しかない」

「もとは二ブロック隊あったんだが、半分は北の前線に派遣されている」

「どうしてあんな近くに展開するんですか? もっとずっと先に防御フィールドを張るんじゃないかと思ってました」

「そうだよ、ウィル。普通ならこんな近くで待ち構えたりはしない。でも、距離をとると防御範囲が狭くなるんだ。ルリ川の北側の町を守るには、ぐるっと半円形にフィールドを張らないといけない。距離が近いほど扇形に広げられるから、ユニットが少ないときは近距離にせざるを得ない」


 でも、一ユニットで町を囲むのは無理だわ。


「それでも、少なくとも二ブロック分ないと町は守れないし、ルリとポルリの間をつないで阻止線を作るには三ブロックか四ブロック必要だ」


 そう言うクリスを見てミアはぼそっと言った。


「援軍が来なければここはおしまいだ」




 カレンはミアをちらちらと見ていた。

 昨夜、ミアから聞かされた話を思い起こす。


 ウルブ5のケイトの家と名づけられた建物の、二階の部屋で見つけたわたしの写真。わたしとそっくりなケイトという女性。


 ミア、ミアの双子の妹メイ、シャーリン、それにわたしが姉妹だと告げられた瞬間は、目眩(めまい)を起こして倒れそうになった。

 その上、ケイトがわたしたち全員の母親だと聞かされては、もう驚きを通り越して何も言えなかった。


 どれもにわかには信じがたい話ばかり。このような偶然の出会いがあり得るだろうか。ザナが言おうとしたのはこのことなの?


 昨夜はほとんど眠れなかった。ミアの話を聞いても記憶はさっぱりだった。

 彼女にどうしても聞かなければいけないことがある。それも、ほかの人がいないところがいい。


「ミア、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、あとで少しいいですか?」


 こちらを振り向いたミアは素早く言葉を返した。


「昨日の話のこと?」


 本当は少し違うと考えつつもうなずいた。


「実はあたしもちょっと考えたことがあってね……」




 その時、ディードの大声が聞こえぱっと振り向いた。


「これで見てください。やつらが見えてきました」


 順番に大型の遠視装置を使ったが、誰もが驚愕の表情を浮かべて戻ってくる。

 カレンの番がきた。設置されている装置から(のぞ)くと、川から少し離れたところを黒いものがかすかにうごめいているのが見えた。

 思わず手を固く握りしめる。


 あの、北の基地では、こんなふうにじかに見たことはなかった。単に遠くに光り輝く壁を眺めただけだったのに気づいた。


 ここでは、現実にすぐ近くにトランサーの海が迫ってきていた。横に大きく広がって近づいてくる。あんな大群をこれで止められるのだろうか? 遠視装置から一歩下がると下に目をやる。




 カレンは窓に近づいて西側に感知力を伸ばしてみた。すぐに頭から覆い被さるような圧力を、こちらの神経を逆なでするような音を感じた。

 ああ、これが、アレックスの言っていた抑圧なの? すごい、圧倒的な力だわ。この前より近いためかしら。


 すぐに気づいた。何かおかしい。まだ壁はないのだから、この抑圧はトランサーが消滅するときに発生したのではない。ということは、これはトランサー自体が出しているものなの? 


 もう一度感知力を全開にしてみる。ものすごい圧迫感だ。

 突然、無数の声の重なりに聞こえてきた。これはトランサーの一体一体が出しているのかしら? そうだとすると集団で本当に意思を伝え合っている? もしくはどこからかの声を聞いてそれにしたがっているの?


 目をあけて西から迫る嵐を見る。空いっぱいに真っ黒い雲が沸き立ち、その下にはまだ肉眼では見えない紫黒の前線が生きた大海のごとく迫ってくる。視覚では捉えられないけれど作用力ではびしびしと感じる。


 こんな大海を本当に止められるのだろうか? 少し先に展開しつつある、防御フィールド発生ユニット車のちっぽけな姿を見ながら震えた。

 とても無理だわ。もっと多くの援軍が必要。


 あの海はウルブ5を素通りしたが、ここ、ウルブ7を見逃してくれるとはとても思えない。

 そういえば、どうしてウルブ5は素通りしたのかしら? 川の北側に広がる町には入ってこなかったと聞いた。トランサーは襲う相手を選択しているってことなの?




「ねえ、まだセインから援軍は来ないの?」

「それは、セインがどれだけ出せるかにかかっている」


 ペトラの問いに答えるクリスの声が聞こえて我に返る。

 後ろを振り返ったペトラにつられて、東側に目を向ける。この先にはセインがあるはずだがここからはまったく見えない。


「アリーはまだセインにいるんでしょ。セインからは何も言ってこないの?」


 クリスはまた首を横に振った。


「それじゃ、これから会いに行きましょ。車を出して」


 うなずいたクリスは階段に向かった。

 ペトラはこちらを振り向いた。


「ねえ、カルも来て。アリーを説得しないと。このままじゃ間に合わないわ」


 カレンはシャーリンを見た。


「シャルは?」

「来ないほうがいい。まだ許可が出てないし」


 そう断言したペトラにシャーリンはうなずいた。


「わたしたちは、今夜もミアの家に泊めてもらうよ」

「明日の朝には阻止線を固めないと間に合わない」


 こちらを見てそう言うミアに大きくうなずくと、急いでふたりのあとを追った。

 セインが何ユニットか出してくれたとしても、町を守りきれるかどうかわからない。それに、ここを守れたとしても、今度はトランサーがウルブ7を避けて東に進む可能性もある。そうなればセインやそれ以外の町も危ない。


 大群との衝突は間近に迫っている。もはや意識を向けることなく抑圧を感じていた。それに、遠視装置を通して見たうごめく漆黒が脳裏に焼きついて離れない。


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