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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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101 再会は突然に

 昼すぎになってやっと、クリスとペトラが車で戻ってきた。すぐに、クリスの運転でルリ川の南岸道に入り西に向かった。

 後ろの席に座り膝に地図を広げてしばらく調べていたペトラが顔を上げずに言う。


「ねえ、カル、どうして、ウルブ5なの?」

「さあ、わからないわ」


 カレンは声をひそめて続ける。


「シアの話だと、船でウルブ5に向かったみたいだから、たぶん昨日のうちに着いているはずよ。調査とか言っていたけれど、何のことか見当もつかないわ」

「車だと、船より遅いよね、たぶん。間に合うかな?」


 顔を上げて前の座席の背に手をかけたペトラは、腰を浮かすとクリスの脇に頭を突き出した。


「ねえ、クリス、ウルブ5までどれくらい?」

「ウルブ7から先の道の状態がよくわからないので、何とも言えないですが、今日中に着けるかどうか」

「ほへっ、けっこうかかるね」




 ウルブ7を通りすぎるまでは広い道を快調に進んだが、町を過ぎたとたんに、明らかにあまり利用されていない道路は狭まり荒れてきた。時折、激しい震動が座席を通して伝わってくる


「それで、どうして、シャーリンたちがウルブ5に行くとわかったんですか? 連絡がとれたんですか?」

「え? まあね。カルがちょっとした魔法を使ってね」


 ペトラはまた腰を浮かせて前に身を乗り出した。

 クリスは横を向いて、いつもの調子で答えたペトラのしたり顔に目をやったあと、振り向いてこちらを見た。


 どうにも答えようがなく肩をすくめると、クリスは首を何度も振った。魔法を使ったのはわたしではないけれど、ここで否定してもしょうがない。


「前を見て運転しないと事故を起こすよ」


 そう言うペトラの声に、すぐにクリスは前に向き直り速度を少し上げた。とたん車が激しく上下に揺れ、前の座席の背にしっかりと(つか)まるはめになった。

 ペトラは背もたれから手を離して自分の席に戻ると首を何度かさすった。頭を天井にぶつけたらしい。




「それで、向こうでシャーリンたちと合流できるんでしょうね? 行き違いになったりしませんか?」

「カルがいるから大丈夫」

「それはそうでしょうけど」

「さあ、もっと飛ばしてちょうだい」


 クリスは振り返ってペトラの顔をちらっと見たあと言った。


「わたしが思うに、飛ばしても、さほど時間は変わりませんよ。それに、これ以上速くはできませんし」

「どうして?」

「ここから先の道がよくないからですよ。ほら、前を見てください」


 ペトラは再び身を乗り出して前をじっと見たあと座席に深く座り直した。すぐに、でこぼこ道で体が左右に激しく揺すられ始めた。

 川の南側は少し高台になっているため水面がよく見える。


「ルリ川は大きくて広いから、やっぱり、誰もが川を使うわね」

「うん。道がずっとこんな状態だと、着くのは真夜中を過ぎそう」

「しかたないわ」


 しばらく単調な道中が続いた。




「ねえ、クリス。マイセンの近くに陣取ってるインペカール軍はどうなったの?」


 クリスは前を見たまま答えた。


昨日(きのう)の昼の時点では、マイセンと国境を挟んだ位置に居座ったままでした。どうも元は北の前線にいた部隊のようですね。防御フィールドを展開できるユニットを四つ確認したという報告があった。昨日から休みなので、今どうなっているかは聞いていない」

「マイセンを占領しようと(たくら)んでいるの?」

「いいや、違うと思うね。それにしては兵力が少なすぎる。彼らの意図がまったく読めない」

「アリーと話したんでしょ。どうするつもり?」

「とりあえず、こちらもマイセンの兵力を増強するしかないようだ。この前送った部隊に加えてさらにセインの防衛軍から送り込む準備をしている」


 ペトラは大きなため息をついた。


「大同盟はどうなっちゃったの?」

「別に、同盟がどうにかなったわけじゃない。それに、ポルリ川の本流より北の地域では三国とも自由に動ける協定になっているから、今のところ文句のつけようもない」

「でも、何か目的があってそこにいるんでしょ?」

「わからない。今のところ、単にこちらに圧力をかけてるとしか思えない」

「インペカールは何て言ってるの?」

「訓練と休養だそうだ」

「マイセンの近くで? どう見てもオリエノールの北鉱山を狙ってるとしか見えないけど」


 クリスは肩をすくめた。


「いくらなんでも、今の時期にそれはないだろうというのが結論だ」




 だいぶ日が傾いたころ、ずっと川を眺めていたペトラが言った。


「ずいぶん船が来るよ。やっぱり、わたしたちも船を借りるべきだったわ」


 クリスもちらっと右に目をやった。


「そういえば、やたら多いな。それも東に向かうやつばかりだ」


 しばらく船が途絶えたが、今度は小型の船がたくさんやってきた。


「あれ見て。この先の空」

「嵐が来そうだな。この分だと、あの嵐より先にウルブ5にたどり着けそうもない」


 ペトラがこちらを見た。


「カル、どうする?」

「この辺に町はあるかしら? どこかで嵐をやり過ごしたほうがいいかも」

「クリス、止めて。地図を調べるから。こんなに揺れが激しいとよく見えない」


 クリスが停車させると、後ろの席に座ったまま、ペトラとカレンは地図をたどった。


「この少し先を左に行くと小さな町があるわ」

「どれ、見せてください」


 カレンは地図をクリスに渡した。


「また、船が行くよ」


 ペトラの言葉に、カレンは右側の窓の外を見た。美しい青色の船が通過していくところだった。


 シャーリン?

 船を見つめながら知らず立ち上がる。頭を天井に激しくぶつけてうめき声を漏らした。


「何してるの、カル? 大丈夫?」


 頭のてっぺんを手でさすりながら答える。


「シャーリンがあの船に」


 そう言いながら、急いで扉をあける。


「ええっ? どうして?」


 そのあと何か言うのが聞こえたが、ペトラもすぐに反対側の扉をあけて出てきた。

 ペトラは手をかざしてすでに後ろに離れつつある船を見た。


「だって、ウルブ5でしょ。それに、あの船はムリンガじゃないよ」


 もう一度、感知を全開にした。遮へい? どうして?

 くるっと後ろを向くと前の席の扉をあけて頭を入れた。


「クリス、あの船に乗っている」


 左手を後ろに見える船に向けた。

 地図を見て距離を測っていたらしいクリスは、顔を上げることなく言った。


「誰が?」

「シャーリン。車を戻してちょうだい」


 まだ船を見ていたペトラに叫ぶ。


「ペト、早く乗って!」


 クリスは狭い道で何とか車の向きを変えた。船はもうかなり先に行っている。

 ペトラが大声を出す。


「クリス、出して。今度こそ飛ばして」

「了解。しっかり(つか)まってくださいよ」




 すぐに、車は全速力で戻り始めた。


「もっと速くならないの? これじゃあ全然追いつきそうもないよ」

「そう言われても、船のほうが速いんだから」


 ペトラは立ち上がった。


「何をするの?」

「前の席に移るの」


 そう言いながら、足を伸ばした。

 車が何度も飛び上がり、ペトラはバランスを崩すと前の席に背中から落ちた。


「いててて」

「ねえ、大丈夫? むちゃしないで」

「ははは、大丈夫。足をぶつけたけど何ともない。向こう見ずはシャルの特権だということを忘れてた」


 やっと席に座り直すと横を向いた。


「クリス、遠視装置を貸して」

「脇の袋に入ってます」


 ペトラは手を突っ込んで探っていたが、小さな単眼鏡を取り出すと、さっそく目に当てた。しばらく船に向けていたが、諦めたような声が上がった。


「よく見えない。後ろの高いところに何人かいるようだけど、誰だかわからない。あんなところで何をしてるんだろう?」

「ミアも乗っている」


 何度か感知を繰り返したあと、カレンはそう言った。


「ミアも? じゃあ、別の船に乗り換えたのね。どうしてだろ?」


 それから横を向いた。


「ねえ、クリス、だんだん引き離されてない? 何とかならないの?」

「この車では、これが限界です」




「うーん、何かあの船に連絡する手段はないの? ほら、通信装置とか」

「そんなものありませんよ。軍の船となら連絡できますけど、民間の船とは無理です」

「うーん」

「そうだ、信号弾」

「信号弾? どこにあるの?」

「後ろの席の下にある箱の中です」


 ペトラの顔が見えた。


「カル?」

「はいはい、ちょっと待って」


 カレンは頭を下げて座席の下を(のぞ)き込んだ。見つけた細長い箱を引きずり出す。蓋を開いて中に信号弾と発射装置があるのを確認すると、こちらに伸ばしていたペトラの手に箱ごと渡した。


「これ、どう使うの?」

「発射装置の後ろの蓋をあけて、中に信号弾を押し込んで閉めてください」

「やったわ。それから?」

「赤いロックレバーを引いて。音がするまで。そうしないと撃てない」

「これで発射できる?」

「ああ、上に向けて」


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