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おかあさんと呼んでいいですか  作者: 碧科縁
第1部 第4章

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99 新しい発見

 少し離れたところに別の扉があった。他とは形が少し違う。

 胸が高まってきた。きっとここだ。なぜかシャーリンには確信があった。扉をゆっくりと開く。

 見たところ、普通の部屋に普通の家具。椅子と机があり、まるでここは個人の家の中のようだ。ソファもあり、窓と窓の間には暖炉まで備わっていた。


 部屋の中をぐるっと見回したシャーリンは、暖炉の上の写真立てに目が釘付けになった。ドキドキしながら小走りで近づく。


 赤ちゃんが二人並んだ写真。産まれて間もない頃だろう。

 少し腰を落として眺める。髪もほとんどなく誰だかわからないけれど、これはきっとミアとメイだ。どういうわけかそう思った。


 隣の写真に目をやる。その中から、女の子がこちらを見つめていた。はっきりしないが、十歳前後だろうか。顔を近づけてよく見る。

 目の色がメイの家で見た写真の女性と同じだ。これはきっとケイトの子ども時代の写真に違いない。


 その隣の写真は、またケイトの写真だった。五、六歳くらいに見える。着ている服も全然違う。ぐっと目を寄せて何度も確かめる。


 いや、こっちはカレンだ。髪は短くしているけれど、目の色がわずかに濃い。間違いない。胸が高まる。自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。


 写真はそれで終わりだった。え? これだけ?




 廊下からミアとメイの声が聞こえた。


「普通の部屋ばかりだわ」

「あっち側も同じだ」


 ふたりが入ってくるのが背後に感じられ、すぐに両側に並ぶのが視界に入った。ちらっと見ると、暖炉の上の写真に目を向けたまま固まっている。


「これ、わたしたちなの?」

「うーん、わからない。ただの赤ん坊だよ。これだけじゃ、誰だかわからない」

「でも……」


 ミアは隣の写真を指差した。


「だが、こっちの二枚はケイトだ」

「確かに、お母さんの子どものときの写真だわ」


 シャーリンは口を挟んだ。声が裏返るのがはっきりわかる。


「違う。そっちの右側のはカレンだ」

「どうしてわかるの?」

「よく見て。目の色が少し違う」


 メイが二枚の写真を両手に持って窓からの光が当たるようにした。


「そう言われると確かに、こっちは、目の色が少しだけ濃い茶色」


 それから、暖炉の上に目を戻した。


「それで、シャーリンの写真は?」

「ない」


 そう言う自分の声は普通に戻っていた。

 その場を沈黙が支配した。




 ウィルとディードが何やら言いながら入ってきたので振り返る。三人が無言で立っているのを見てか、そのまま黙り込むのが見えた。それから、女性たちが立っている暖炉の前にやってきた。


 しばらく写真を見つめていたディードがゆっくりとこちらを向いた。シャーリンの写真がないことに気づいたらしい。


「シャーリンは、ロイスで産まれて育ったんだから、ここに写真があるはずはないと思いますが」


 そうだ。ディードの言うとおり。

 わたしは何を期待していたんだろう。わたしたち四人が一緒に写っている写真とか? そんなものがあるわけがない。


 ミアがそっと言った。


「つまり、あたしたちはロメルで育ったけど、カレンはここで暮らしていたんだ」


 ディードとウィルが部屋の真ん中にあるソファに座ると、つられて、メイとシャーリンも向かい側の席に腰を落とした。


「つまり、これで、少なくともカレンのことはわかったわけだ」


 そう口にしたミアを見てうなずきながらつぶやく。


「カレンはケイトの娘、ミアとメイの妹……」


 なぜか急に疲れが出てきた。


「でも、わたしのことは結局何もわからなかった……」




 ミアはしばらく暖炉の周りを調べ、数少ない家具の扉を開け閉めしていた。


「ほかの部屋をもう一度見てくる」


 彼女はそう言い残すと部屋を出ていった。


 残りの四人はソファにだらんと座ったまま、冷たい暖炉をぼんやりと見ていた。ほかの三人を眺めれば、それぞれが黙って考え事をしているように思う。


 胸に手を当て、ペンダントのあるところを押さえる。なぜ、ケイトは三人にこれを持たせたんだろう? どうしてカレンじゃなくてわたしなのだろう?

 それから暖炉の上のカレンとケイトの写真をじっと見つめる。ふたりが何か語ってくれることを期待して。


 ウィルがぽつりと言った。


「この建物は、人が暮らしていた形跡はあまり感じられませんね。とてもきれいにかたづいているし、向こうに厨房とかもありましたけど、何もないです。食料も、それ以外にも生活の痕跡とか」

「たぶん、ずっと前から空き家のままなんだろう。ここに入ってくる道に木の枝が生い茂っていたくらいだから」


 そう、ディードの言うとおりだ。


「もっと、お母さんの写真がいろいろあるかと思っていた。一枚だけなんて、それも、子どものころの写真だけ。ちょっと拍子抜けしたわ。がっかり」




 しばらくたってミアが戻ってきたときも、ほかの四人はそのままの格好だった。

 ミアがあいているソファにドサッと座ると、無数の細かいほこりがぱっと舞い上がった。窓からの光の帯に照らされた無数の輝く星がゆったりと流れるように広がっていく。


「お姉ちゃん、何を探しているの?」

「ん? ああ、何か、ケイトが残したものが絶対にあると思ってるんだけど。たとえば記録とか日記とかさ。でも、何もない、ここには。棚の中も机の中もほとんど空っぽ。一階も収穫なしだ。まるで、最初から人が住んだことなんてないみたいだ」


 背筋に冷たいものが走る。


「建物はこれだけだった? ほかにはないの?」


 メイの質問には、ディードが答えた。


「最初に、建物の周囲を調べたと思いますけど。ほかには何もなかったですよ。少なくとも見える範囲には」




 少ししてから、ディードが考え込むように言う。


「ここは、学校ですかね?」

「え? 宿泊施設だと思ったけど」


 自分の感想を伝えると、ディードが首を振った。


「下には、教室っぽい部屋がありましたよ。それから練習室のようなものも」

「学校にしちゃ、小さくない? それに町から遠すぎるよ」

「それじゃあ、習練所かもしれない」

「作用者のための施設ってこと?」

「そういえば、前にエレインから聞いたことがある。大勢の子どもを預かっていたことがあるって」


 そう言うミアにディードが聞いた。


「エレインって?」

「わたしたちの祖母のことよ。お姉ちゃんが住んでいる家の持ち主」

「ああ、あの家の?」

「ミアとメイのおばあちゃんは習練所を開いていたの?」

「ああ、シャーリン。たぶん、それがここだったのかもしれんな。でも、子どもって言ってたから、たぶん初動前の作用者のことだと思う」


 なるほど。エレインは、何人かの子どもを預かって、泊まり込みで作用者になるための教育をしていたのだろうか?

 メイはゆっくりと、ミアのほうを向いた。


「それで、これからどうするの?」


 ほかの全員がミアに顔を向けた。おそらく何かすばらしい案を出してくれることを期待して。

 ミアはわたしたちを順番に見たあと肩をすくめた。


「別に考えはないよ。手詰まりだ」



***



 ディードが無言で車を始動した。山道を下り町に向かう。


 後ろの席でシャーリンは考えていた。

 このあと、どうすればいいのだろう? 結局わかったことは、カレンがあそこで暮らしていたことだけだ。おそらくエレインと一緒に。

 それ以外には何も新しいことは判明しなかった。


 隣のミアをちらっと見る。彼女は、あれ以来、口を開いていない。

 誰の目にも彼女の落胆がはっきりと見える。ここで、ミアは何を期待していたのだろう?


 とりあえず、ウルブ7に戻るしかないけれど、そのあとはどうしようか。まずは、カレンたちが到着するまで待つしかないか。それから……一緒にウルブ1に戻って、オリエノールからの情報を待つ。

 それで本当にいいのだろうか?




 遠くに町が見えてきた。何台かの車とすれ違う。

 行きに比べてやたら車が多いなと考えていると、ディードの隣に座るウィルが同じような感想を口にした。


「来るときは、車はそれほどいなかったのに帰りはやけに多いですね」

「そうだな、今日は何かあるのかな?」


 そう言ったディードは、前方から荷物を積んだ大きな車が来ると、道の端に車を寄せて少し減速した。


「おかしいな。何かあったのか」


 そうつぶやいていたディードは、しまいには車を止めてしまった。

 彼がくるっと後ろを振り返った。


「そういえば、昨日も町中は混雑していたと言ってましたね?」


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