第69話 剣に狂う――誉れだな
「俺はようやく出会えた……。真正面から俺を倒せる者に……」
「“虐殺剣聖”さん……」
ファルシアのやや逆立った髪が戻る。同時に、放っていたオーラも霧散する。
『フェイズ・トランス』状態から、元のファルシアに戻ったのだ。
“虐殺剣聖”も『フェイズ・トランス』が解除され、元に戻っている。
彼は言った。自分の望みを叶えるために。
「俺を殺せ。今なら、気持ちよく死ねる」
「い、嫌……です……!」
ファルシアはすぐに“虐殺剣聖”へ駆けより、手当を開始する。
その行動に、一同は驚愕した。
「何やってんのよファルシア!」
「何をしている……? 俺を殺せ。今、この瞬間に死ぬことこそが剣士としての幸せだ。さぁ、早く殺せ」
「ば、馬鹿にしないでくだ……さい!」
ファルシアは弱々しくも、きっぱりと答えた。
「あ、貴方は裁かれるべき、です……! 貴方はその……人を沢山殺したん、ですよね? あっ貴方は……幸せになっては、いけません」
罪を犯したら罰を受ける。当たり前のことだ。
ファルシアは最初からこうするつもりだった。
「お前は……最初から俺を殺す気はなかったということか?」
「……全力で戦って、それでも貴方が生きていたら、こうするつもりでした。もしも殺してしまったのなら、それはそれでということで」
「は、はっはは……。俺はお前との戦いで、死ぬことを考えていた。お前は俺との戦いで生きていることだけを考えていたか」
「し……死ぬつもりで戦っている人に、私は負けません」
「そもそもの覚悟の差、か」
クラリスが“虐殺剣聖”の前へ歩み寄る。
「“虐殺剣聖”。ウチの近衛騎士の望みよ。あんたは生きて連れて帰る。まさか、文句はないわよね?」
「……当然だな。勝者の言うことには従う」
ユウリとマルーシャが拘束用の手錠を用意する。生け捕り出来たときのために、用意しておいたものだ。
“虐殺剣聖”の周りに皆が集まった辺りで、知らない声が聞こえた。
「お見事。あの“虐殺剣聖”を倒せたんだね」
ファルシアたちの視線が、声のした方へ集中する。
そこにはアーデンケイル教団のクルスがいた。
「クルス、さん……?」
「やぁファルシア君、久しぶりだね。それに、王女様も」
「こんな時に何の用よ、アーデンケイル教団」
「“虐殺剣聖”を引き渡してもらいたい。彼の身柄は我らアーデンケイル教団が預かる」
「はんっ。話にならないわね。“虐殺剣聖”は既にサインズ王国騎士団が押さえているの。あんた達の出る幕は無い」
「そうか、それならこうさせてもらおう」
クルスが指を鳴らすと、彼の後ろに、白いローブを着用した人間たちが現れた。
数にして、五十はいるだろうか。全員、短剣を握っていた。
大勢を前にしても、ユウリは冷静に言った。
「我々は公務として対応しています。これはアーデンケイル教団が、サインズ王国騎士団へ公務の執行を妨害しようとしている。そういう受け止め方でよろしいのでしょうか?」
そう言いながら、ユウリは剣を抜いていた。マルーシャもそれに合わせて、剣を抜く。
ファルシアは疲れ切っており、クラリスは護衛対象。こちらの戦力は、ユウリとマルーシャのみ。
二対五十。この戦力差は、まだ経験したことがなかった。
「妨害? 何の事かな? 我らアーデンケイル教団は秩序と平和のために行動しているんだ。これは妨害ではなく、むしろ手助けだと思って欲しい」
「戯言を……!」
「あなた達! ユウリちゃんの言う通り、これはどう見ても公務執行の妨害よ! これが終わったら、アーデンケイル教団へ然るべき対応をさせてもらいますからねー!」
「これが終わったら……?」
その時、クルスは笑顔から一瞬で、真顔へと変わった。
「君たちはもう透明になるのだから、それは考えなくてもいいよ」
冷たい殺気が、周辺を覆う。
ファルシアは即、その殺気に反応し、戦闘状態に戻ろうとする。
しかし、彼女の体力は限界を迎えていた。動こうと思っても、動けない。
「ごめ……んなさ、い。クラリスさん、逃げてください。私が戦っている間に、クラリスさんだけでも遠く――」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! あんたもユウリもマルーシャも、あとついでに“虐殺剣聖”も! 皆で生きて帰るのよ!」
「でも、それじゃ……」
「あぁ、それは無理だろうな」
“虐殺剣聖”が立ち上がり、長剣を握り、アーデンケイル教団の前へ出ていった。
「そこの騎士二人。ファルシアと王女を連れて、さっさと消えろ」
「え……! ぎゃ、“虐殺剣聖”! 何をするつもりなの!?」
マルーシャの問いに対し、“虐殺剣聖”は長剣を構えることで、答えた。
「俺はまだまだ剣を振りたくてな。あいつらを練習台にする。巻き込まれたくなければ、早く去るんだな」
「そう言って、貴方は逃げることを考えているのでは」
「ゆ、ユウリさん……。“虐殺剣聖”さんは、本気です」
ファルシアはよろよろと立ち上がった。
彼女と“虐殺剣聖”の視線が重なる。
「“虐殺剣聖”さん、ありがとうございます」
「何に対しての礼だ? 俺は何もしていない」
「いいえ、してくれました。……“虐殺剣聖”さん、絶対に生きてくださいね。また斬り合いたいです」
「無論。俺は必ず、貴様を完膚なきまでに斬る」
ファルシアはユウリとマルーシャを説得し、クラリスを連れ、この場を後にしようとする。
「逃がすか!」
アーデンケイル教団の一人がファルシアへ襲いかかろうとした。
しかし、“虐殺剣聖”による神速の斬撃が、アーデンケイル教団兵を微塵切りにしてみせる。
「いやぁ、この展開は読めなかったね」
クルスが両手に短剣を握っていた。一人だけ、短剣二刀流という特殊なスタイル。
彼は“虐殺剣聖”へ言葉を投げかける。
「君は、君に勝った者を手助けするのだな。何故かな?」
「敗者の誇りと意地。……何よりも、俺を超えた者の勝利だ。俺が祝福せずに、誰がすると言う?」
「やはり剣に狂っているね。普通はそんなことを考えないよ」
「剣に狂う――誉れだな」
“虐殺剣聖”はアーデンケイル教団五十人の精鋭へ駆け出した。
それと同時に、ファルシアたちはその場を離脱する。
ファルシアたちを追う者は誰もいなかった。
追おうとする者は全て、“虐殺剣聖”が斬って払ってみせたからだ。
剣に狂った“虐殺剣聖”。人の運命を閉ざし続けた彼の剣は、ファルシアたちの閉ざされようとした運命を斬り払ったのだ。




