第65話 近衛騎士、ファルシア・フリーヒティヒ
“虐殺剣聖”とファルシアは小屋から出て、広場で対峙する。
いつの間にか、斬撃の結界は消失していた。一体、何が要因となって消えたのかは分からない。
「あれが“虐殺剣聖”……」
「ファルシアちゃん、大丈夫かな」
ユウリとマルーシャは抜剣し、いつでも加勢出来るように準備をしていた。
“虐殺剣聖”はそんな彼女たちをちらりと見た後、またファルシアへ視線を戻す。彼の中で、今ここにいる剣士はファルシアのみだった。
「少女よ、最後に問う。俺を倒すと言ったな、その言葉に偽りはないか?」
「ありません」
「そうか」
“虐殺剣聖”はようやく鞘から剣を抜いた。普通の剣と比べ、刀身が長い。
ファルシアはその剣を確認した段階で、様々な仕掛け方を考えていた。リーチ差は明白。ならば、いかにその差を埋めていくか。
「来るか? 行くか?」
「――行きます」
ファルシアは駆け出した。一気に距離を詰める。この強靭な脚力は、魔力による肉体活性化の効果。
彼女は、長剣の間合いに一瞬入り、すぐに離脱をする。その間、“虐殺剣聖”は不動の構えを見せる。
(刀身が長いということは、それだけ振る動作が『重い』はず。“虐殺剣聖”さんの攻撃に合わせて、一気に飛び込む)
彼女は時間をかけるつもりはなかった。魔力による肉体活性化をしているとはいえ、肉体、武器のリーチ、体力など、有利は向こうにある。
まだ互いに剣を振っていない。ファルシアはひたすら、剣が届くか届かないかの間合いを移動している。
九度目の間合いからの離脱。その時、ファルシアは一瞬だけ『足に力が入りすぎた』。
――その瞬間、“虐殺剣聖”の長剣が閃いた。
「――ッ!!?」
一度、ファルシアは大きく距離を取った。
そして、彼女は自分の左頬に手を添えた。手には血が付着していた。
「速い……そして良く視ている」
左頬に一筋の傷が出来上がっていた。
あと少し離脱が遅ければ、首に深い傷がついていただろう。
ファルシアの瞳から、ハイライトが消失していた。
「良い勘をしている。咄嗟に頭を引いたか」
“虐殺剣聖”が動き出す。
彼はファルシアを追いかけ、剣を突き出した。長いリーチから繰り出される突きは、まさに槍の一撃。
ファルシアはその突きを弾き飛ばし、当初のプラン通り、懐に飛び込んだ。
“虐殺剣聖”はそれに合わせ、飛び退く。ファルシアは間に合うと確信する。このまま一気に勝負をつける。
「――あ」
なんと、そこでファルシアは立ち止まった。
強烈な死の気配。それを感じたファルシアは、無意識に追撃を中断した。
「ファルシア・フリーヒティヒ! 何を!?」
思わずユウリは叫んでしまった。
千載一遇の好機だった。あそこでもっと踏み込めていれば、勝利を掴めたかもしれない。
しかし、ファルシアにとって、それよりも確かめたいことがあった。
“虐殺剣聖”は攻撃を止め、じっと見つめる。
(ここはさっき“虐殺剣聖”さんが剣を振った場所だ。そして、私の勘が正しいのなら……! あの剣の軌跡は確か――)
ファルシアは剣を縦に振った。すると、『手応え』がした。
この感触には覚えがある。――あの斬撃の結界と同じだった。
「斬撃を『置いた』――いや、違う。これは『置いているんじゃない』。勘違いをしていたんだ、私」
「ほう」
“虐殺剣聖”は無言で答えを促した。
ファルシアは己の感覚が生んだ、その事実を口にする。
「“虐殺剣聖”さんの『置かれた斬撃』の正体は、『消えずに残っていた斬撃』」
「正解」
“虐殺剣聖”はファルシアの答えを認めた。
「俺は時間魔法を使うことが出来る」
「時間魔法……!?」
「斬撃なぞ、瞬きどころか刹那で終わるのが当たり前。だが、俺の時間魔法で、その斬撃の時間を遅くした」
「その応用が、あの斬撃の結界」
「話が早くて助かる」
己の手札をあっさりと開示する“虐殺剣聖”。
――種が明かされても、勝敗に影響はない。
そう考える“虐殺剣聖”には、絶対の自信があったのだ。
驚異的な剣の腕前に加え、時間魔法の存在。
普通の者ならば、この時点で絶望に叩き落されているだろう。
“虐殺剣聖”はファルシアの口元に気がついた。
「お前、笑っているのか?」
「はい。すごい剣の腕前に、すごい魔法も使えるなんて、“虐殺剣聖”さんは本当にすごいです」
ファルシアは首肯した。彼女は誰が見ても、はっきりと分かるくらいに微笑んでいた。
彼女の言葉には語彙力の欠片もない。言葉を選べないくらい、彼女は興奮していたのだ。
「だから私は、貴方と剣を交わしたいです。それで私は、もっと強くなりたい。誰よりも強くなって、クラリスさんを守り抜きたい」
「この状況に絶望どころか、希望を見出す、か」
一瞬の沈黙。
その後、“虐殺剣聖”は口を開いた。
「“虐殺剣聖”、カイム・フロンベルク! 名乗れ少女!」
「近衛騎士、ファルシア・フリーヒティヒ」
両者、名乗りを上げる。
これから始まるのは、もはや殺し合いに非ず。
己の意地と誇りをかけた聖戦。
一人は、剣の道を歩き、最奥へと至ろうとする修羅。
一人は、少女のために、最強へと至ろうとする餓狼。
両者の覚悟は決まった。




