第48話 強くてかっこいい人、ですねっ
クラリスは非常に面白くなかった。
近衛騎士が、自分よりも、この酔っぱらいに意識を向けていることについてだ。
クラリスは自然と声に感情が乗っていた。
「へぇ、ファルシア。あんた第一部隊に行きたいの?」
「えっええ!? 何でですか……!? わっ私はクラリスさんのところにいたい、ですっ」
「! あ、当たり前でしょう! 私は今、あんたの覚悟が本物かテストしたのよ。これにつまづくようなら、即刻クビにしてたわよ」
「そ、そうだったんですか……!? 危なかった……」
ファルシアとクラリスのやり取りをぼんやりと眺めていたイグドラシル。
彼女は今、酔っ払っているので、色んなことに配慮した発言ができない。
だから、彼女は常にストレートなのだ。何のしがらみもない、右ストレートだけを常に放つことが出来る。
「仲いいね~」
「イグドラシル……あんたは本当にもう……」
「あはは! 私は生憎、酒と剣しか生きる道はないんで」
「も、もしも本当にクビになっちゃったらその、どうするん、ですか……?」
イグドラシルはまず、手に持っている酒瓶を全て飲み干す。
その上でファルシアからの問いに対し、考えを巡らせる。
少し考え、結論を出した。そもそも、イグドラシルは自分の行き着く先など、とうに見えているのだから。
「その時はそだねー。適当に国を回って、賞金首でも斬って楽しく暮らそっかな~」
「今、あんたのその姿が見えたわ。すごくはっきりとね」
「あははは! だから私が離れないよーに給料アップお願いしてもいいですか?」
「調子に乗るな。で、あんたはまた飲みに来たの?」
「もちろん!」
「今、業務時間中ってことは知ってるわよね?」
「……さっ! ファルちゃん行こ! そこの酒場に入りたいんでしょ? クラちゃんもいこいこ」
「クラちゃん……?」
イグドラシルはヘラヘラ笑う。
「そうそう。名前呼べないなら、あだ名で通すしかなくない?」
「……まぁ、ね」
「決まり! じゃ、入るぞ~!」
酒場に入るなり、マスターが睨んできた。
その対象は案の定といえば良いのか、イグドラシルだった。
「イグドラシルよぉ、今日は何の日か分かって来てんだろうな?」
「わーってるよ、うっせーな。ほら、しっかり数えたまえ!」
イグドラシルの手から放り投げられたのは、お金が入った袋だった。
それを数えたマスターは、舌打ちをした後、それを金庫へしまった。
「何回も言ってるが、ちゃんとその場で払えねぇもんなのか? お前だけだぞ、前月分のツケを今月の給料で払う奴は」
「やーほら、めんどくない? チマチマ払うより、どーんと一括で払うのが私よ!」
「ウチにもやりくりってのがあんだよ馬鹿が!」
売り言葉に買い言葉。
イグドラシルとマスターの言い合いがヒートアップする。
それを見ていたファルシアは目を輝かせていた。
「い、イグドラシルさんは強くてかっこいい人、ですねっ」
「そう見えてんなら、目の病気を疑ったほうがいいわよ。真面目に」
「く、クラリスさんはそう思わないんですか?」
「逆にどの要素が、あんたをそう思わせるのよ」
「綺麗な剣を振るえる……からですかね?」
クラリスはつい、顔を手で覆ってしまった。
そもそもファルシアはまともな感性をしていないことを思い出してしまった。
ファルシアの感覚はズレている。
だから、彼女に常識を聞いても無駄だったのだ。
そう、そして何より彼女は――。
「剣馬鹿に聞いた私が悪かったわ。ごめん」
「そっそれは褒め言葉、ですか? えへへ……」
「罵倒よ! 蔑称よ! 哀れみすら覚えるわ」
ファルシアとクラリスの間に、何かが突き出された。
よく見ると、ジョッキだった。その持ち主であるイグドラシルは満面の笑みだった。
「ほらほら。さっさと席に着こっ! 飲み物と一緒に、鶏の唐揚げも頼んだから食べよう食べよう! 季節限定らしいよ?」
その言葉に、クラリスは固まった。
いきなりやってきた至福の瞬間。彼女はまず、深呼吸をした。
そして落ち着く。己が何者かを確認しているのだ。
そう、彼女はクラリス・ラン・サインズ。このサインズ王国の第一王女にして、この国の将来の女王となる人物。
それが、鶏の唐揚げで揺らぐなどあり得ない――!
「ファルシア! 何してんのよ! 早く座りなさい!」
いつの間にかイグドラシルのテーブルに着席していたクラリスは、ファルシアを手招きする。
食欲に負けた王女の姿が、そこにはあった。
「お邪魔します……」
すぐに運ばれてきた酒が入ったジョッキと、未成年向けの飲み物が入ったジョッキ二つ。
イグドラシルがまず軽く杯を掲げた。
「それじゃあ明日への活力に対して、そして我らがクラちゃんに乾杯~!」
「……乾杯」
「乾杯ですっ」
乾杯直後、一気に酒を飲み干したイグドラシルはすぐにお代わりを要求した。
クラリスとファルシアは、ほどほどに口をつけ、例の鶏の唐揚げを待っていた。
「くはぁ! やっぱ昼間っから飲む酒は最高だね! クラちゃんとファルちゃんもそう思うよね!?」
「ごめん、その感情だけは一生共有できないわ」
クラリスはばっさりと、まるで断頭台でも使ったかのように、一撃でイグドラシルを切り捨てた。




