11話「一番美味しいものを聞くなんて野暮だ」(リズ)
魔族の学校では学生一人一人に寮の個室が与えられる。種族が違うので、暗いところでしか生きていけない者や明るいところでしか栄養を蓄えられない者などそれぞれ事情があるため、出身地などによって寮が決められているのだ。
私は木の床と壁に囲われ窓がある部屋。寝床はハンモックと毛皮の両方を用意してくれていた。小さい机というか、箱が置いてある。
「足りないものがあれば言ってね」
寮母である半人半蜘蛛のアラクネがやさしく教えてくれた。
ほとんど何もない部屋だけど何が必要なのかもわからないので、特に困ることもない。
入学式では学校長という白い三つ首のケルベロスが不思議なことを言っていた。
「ここは元々、人族との戦争時、前線への補給基地だったケン。ダンジョンもあれば、自給自足が可能な畑、牧場、養魚地、酒場まであるケン。闘技場や運動場、火山に砂漠まで用意したケン。食うのにも戦うのにも困らんケン。この学校で問われるのは一つだケン」
学校長はそこで大きく炎を吐いてから、息を吸い込んだ。体は大きく膨れ上がり、威圧感が学校全体に広がる。黒い煙が体中から立ち上り、みるみる地獄の番犬に様変わりした。
「我々は魔物から心を得て魔族になった。果たして心を獲得した魔族は、強靭になったのか、それとも脆弱になったのか」
低い重低音で、胸に響く。忘れてはならないこととして恐怖と共に記憶に刻まれた。
その言葉の後、学校長は再び小さい白いケルベロスに戻った。
「この学校ではその答えを探しているケン。学校を潰す方法や学校内の魔族を全滅させられる方法が見つかったら、必ず教えてくれケン。思いついているのなら試してみても構わんケン。この学校はすべてを歓迎するケン。励むケン」
私は獣人だから、心は元々備わっているものだと思ってた。だけど、魔族は違うらしい。
戦うことだけを教えてくれるのかと思ってたけど、そうではないみたいだ。
「重さ」
ライスが言った私に足りないもの。単なる重量の話ではないと思っていたけど、もしかしたらこの学校でなら身に着けることができるかもしれない。
農学、ダンジョン経営学、武術、魔法学基礎、歴史学など私が受講できる授業は多い。初めに形態変化や能力制御・強化などを学ばないといけない種族もいるが、私は特になにもしなくていいという。ただ、身体的な補助として棒と杭の携帯をしていてほしいと言われた。
「無意識に攻撃をしてしまう種族もいるから、なるべく受け流してあげて」
寮母が教えてくれた。
また、試験や大会でいい成績を収めると、専門的な学問も受講できるのだとか。その辺はよくわからない。とにかく、家みたいなサイズのゴーレムや光を避けている薄いゴーストが一緒に授業を受けるということに興奮している。
朝、寮母の作ってくれたカニクリームコロッケという揚げ物を食べて学校に向かう。コロッケは私が今まで食べてきた食べ物の中で一番美味しい食べ物だった。毎日、食べたい。
素直にそう言うと、寮母は「ンフフフフフ」と笑ってどこかへ去っていった。
寮から学校に行く学生たちに紛れながら、聞き耳を立てて農学の授業へ向かう。
人族の学生はいないので目立ってしまい、声をかけてくれる人もいない。こそこそと噂話をしている魔族たちも多い。あまり興味が持てないけど。
逆に、なにも目もくれず、独り言をブツブツ呟きながら授業に向かう魔族について行ってしまう。明らかになにも食べなくてもいいような骸骨の剣士が「農学、農学……」と言っていたので、一緒について行った。
農学の授業を受ける学生たちは学校内にある森に集まっていた。どこでそういう情報が手に入るのかは今のところわかっていない。雰囲気でついて行っている。
「え~、鳥頭大蔵です!」
鳥顔オールバックのムキムキガルーダの農学の先生が自己紹介していた。
「まず、農学というのは範囲が広すぎるため、全てを教えることは不可能! マジ無理と思っていただいて結構! そのうえで、知ってもらいたいのは1ヵ月に自分が消費する食べ物の量。種族も体系も違う君たちにどれだけ食べ物が必要なのかチェックしとけヨウ!」
リズムよく言われて頭に入ってこなかったけど、とりあえず今日食べた物は覚えているので、記憶しておく。
隣を見ると、骸骨の剣士が紙に「ミルク」と書いているので驚いた。その紙と書きやすそうな木炭風の棒はどこで手に入れるのだろう。
「では、さっそく実技をするのでダンジョンに向かおう」
「大蔵先生! この森ではなくダンジョンで実技をするのですか!?」
骸骨の剣士が手を上げて質問した。なんという積極性。私にはないやる気に満ちている。学ぶべきものが多い。
「骸骨剣士の君には、この森を切り開いて、焼いて、畑にするまでどのくらいの時間がかかって、なにを失うのかはわかるかい?」
「いえ、わかりません」
「今は多くの時間と多くの犠牲が伴うとだけ覚えておいてくれ。答えを教えるために、もう少し勉強してくれると、こちらとしても詳しい説明がしやすくなるんだ」
「わかりました」
「今はまだ難しいことを覚えなくてもいいけど、疑問に思うことは大変すばらしいことだ。本当に気になるなら、ぜひ、自分で調べてみてくれ。ちなみにこの森はトレント先生が管理する植林場だ。無暗に切らぬよう気を付けて」
初めの説明は適当だったけど、大蔵先生は学生のペースに合わせて教えてくれるようだ。たったそれだけの事なのに、この先生は正直な印象を受ける。ライスとは全然違う大人を見た気がした。
他の学生たちも大蔵先生に黙ってついていく。森の中を進むと、木の間隔が狭くなるにつれて木の高さが低くなっていった。
ダンジョンの入り口は一番低い木の先にあった。竜の口を模した石造りの小屋に大蔵先生が入っていくと影が濃くなって消えてしまった。思わず、すぐ後ろにいた学生は立ち止まる。罠だったらどうしようという不安が学生たちの間に広がった。
「ダンジョンはそういうものだから大丈夫だよ」
機械の身体をした学生が声をかけて先に入っていったのを見て、私もダンジョンに入った。
「ダンジョンは初めてかい?」
大蔵先生が聞いてきた。
「はい」
「人族の国では冒険者を嵌める罠だと聞いているし、ダンジョン経営学でもそう習うだろうけど、魔族の国ではダンジョンを農業に使うことが多くなってきてるんだ。君はヨネという魔族を知ってるんだろう?」
「名前だけです」
「そうか。ダンジョン農業はヨネという魔族が推進した事業なんだけどね」
学生がダンジョンに入ってきたので、大蔵先生はゆっくりとダンジョンの奥へと向かいながら説明してくれた。ダンジョンには階層によっていくつも部屋があり、麦畑、野菜畑、牧場、養魚地があるという。奥の大部屋にはそれぞれの部屋の詳細な絵と説明書きが書いてある。文字が読めない学生のために、大蔵先生が詳しく説明していた。助かる。
「岩石地帯や溶岩地帯が必要という種族のために、小さいながらも用意はしてある。まだあまり発展していないので、手伝ってくれる学生は広く募集しているから気になる者は授業の後にでも言ってくれ」
学生たちが一通り部屋の場所を確認した後、大蔵先生がそう言って手を広げた。
「じゃあ、皆食べたいものがある部屋にいってみてくれ。先輩たちが待っているから飛び込んでおいで。農学は最初の一か月、自分の食べ物を知る授業だヨウ!」
学生たちは各々決めた部屋へと向かっていく。
私は決まらず、ずっと悩んでいた。悩み過ぎて、地面に転がったり、壁を叩いたりしてみたが、全然決まらない。
「リズくん、どうした?」
あまりに悩んでいるため、大蔵先生が見かねて聞いてくれた。
「先生、ハンバーガーとカニクリームコロッケはどちらが美味しいですか?」
「どちらも美味しいよ。どちらも好きなんだね」
私は涙を溜めながら、何度も頷いた。
「候補としては小麦を使っているから麦畑、野菜も入ってるから野菜畑、肉は牧場、カニは養魚地と難しいね」
「うん、そうなんです」
「では、こちらの勝手なお願いなんだけど、養魚地に行ってくれないか? たぶん、他の部屋は結構学生がいるけど、養魚地は特定の魚ばかり育てていてあんまり面白くないんだ。君が行ってくれると学校としても助かる」
「……わかりました。行ってみます!」
私は全然人気がない養魚地に行ってみることにした。
養魚地はダンジョンでも下の階層の端にあり、まだできてそんなに年数も経っていないらしい。行ってみると確かに信じられないくらい大きな部屋に小さな池が4つと小川が流れているだけだった。人もいない。新入生が一人くらいいるかと思ったけど、誰も養魚地を選ばなかったらしい。
「ごめんください!」
声をかけてみると、池からザブンと魚顔の男が這い出てきた。海パン姿で腹はポッコリと出ている。所々に鱗があるので、海に棲む魔族なのかもしれない。
「新入生だな?」
「はい」
「半魚人の貝柱龍之介だ! よろしく」
「リズ。よろしくお願いします!」
「リズとやら、なにを育てたいかは決まっているのか?」
「カ、カニ!」
龍之介は目を丸くして固まってしまった。首の鰓がピクピクと動いている。
「カニかぁ~」
ようやく息を吐き出した龍之介は、どこか遠くを見ていた。カニの養殖はよほど難しいようだ。でも私はカニクリームコロッケのために頑張ろうと思う。ライスも握り飯のためにあれほど頑張っているのだから。




