第8話 何より私はあなたのことが好きだから
目が覚めたのはリフェウスの屋敷に着く少し前だ。抱きかかえられるようにして一緒に馬に乗っていた。月下なのでロイシュネリアの体はふわふわと浮いており、勝手に飛んでいってしまわないようにリフェウスが体に腕を回してくれていた。
――夢の続き……?
ロイシュネリアは寝たふりを続けながら、リフェウスの体に顔を押し付けた。
少し時間がたっているからか、酔いはほどほどに醒めた感じがする。
リフェウスの体温が感じられる。夏の夜ということもあって、汗のにおいも少し。
――……私、本当はどこかで死んじゃってるのかもしれないわ。
でなければこんなに自分に都合のいい夢を見る理由が思いつかない。
「着いたぞ」
しばらくして、リフェウスの声がした。
寝たふりをやめ、ロイシュネリアがあたりを見回す。どこかの邸宅のようだ。建物は夜の闇に沈んでおり、人の気配がない。
「ここは……?」
「オレの屋敷だ。使用人は通いだから夜は無人だ」
リフェウスが庭木に馬をつなぐ。
「……月が出ている。ここからは一人で帰ります」
ロイシュネリアが空を振り仰いで言うと、
「神官は飲酒が禁止されているだろう。それだけ酒のにおいをぷんぷんさせて神殿に戻るつもりか?」
馬をつないで戻ってきたリフェウスの指摘に「うっ」とロイシュネリアは呻いた。
その通りだ。
「だ……大丈夫……! 私は特殊な立場だから」
そう言いながら帰るべく空に浮かび上がろうとした途端、月がかげる。ほんの少し浮いていたロイシュネリアはどすんと地面に落下して、尻もちをついてしまった。ふわふわと漂っていた髪の毛が淡い金色から元の黒髪に戻り、ぱさっと肩に降る。
「ひ……ひどい……!」
思わず恨み言がこぼれてしまう。
「素晴らしいタイミングだな。月の女神の思し召しか」
リフェウスが手を差し伸べてくる。ロイシュネリアはその手をつかんで立たせてもらった。
手をつかんだまま、リフェウスが屋敷の玄関の鍵を開ける。
「帰るなら止めない。神殿まで送ってやろう。酒臭い件についてはおとなしく怒られて、処分を受けるんだな」
ドアを大きく開け放って、ロイシュネリアを振り返る。
ロイシュネリアはじっとリフェウスを見上げた。
「……リフェウス様は、本当に、私のことが好きなのですか……?」
「ああ」
「……私と結婚したいと思っているの?」
「少なくともほかの男にはくれてやりたくない。だが、ネリの気持ちをないがしろにする気はない。ネリにその気がないのなら、今すぐ手を振りほどけばいい。……神殿に送っていってやるから」
アイスブルーの瞳がじっと見つめてくる。
茶化していないのはわかる。彼は本気だ。
――私は……どうしたいの?
この人が好きだ。結婚するなら、この人がいい。先視の力を使えなくしてくれるのも、この人なら納得ができる。
『いやならいやと言え。もっと気持ちを押し付けろよ、オレに』
いつかのリフェウスの言葉が蘇る。
「私が頷いてあなたの求婚をお受けしますと答えたら、どうするの?」
「愚問だな。このままオレの寝室に引きずり込むに決まっているだろう」
その時、雲が晴れたらしく月の光が再び差してきた。髪の毛が金色の光を放つ。
全身に月の力が満ちるのがわかる。自分が月の女神の血を受け継いでいることを感じる。
この力に助けられてきたのは本当。
誰もが欲しがる未来を視る力。でもこの力があるせいで、大切な人たちから本当に信じてもらえない。
答えなんて、とっくに出ている。
「そう。じゃあ、この姿をよく見ておいてくださいね。今宵で最後です」
ロイシュネリアは肩に落ちてきた金色の髪の毛を背中に跳ね上げ、笑ってみせた。
これが強めの幻覚だとしても、目覚めなければ現実だ。
「いいのか?」
自分で誘ってきたくせに、リフェウスが虚を突かれたような顔をする。
「リフェウス様はかつて私に、もっと自分の気持ちを押し付けろとおっしゃいました。覚えてはいらっしゃらないでしょうが」
「……覚えている」
「だから押し付けます。私、リフェウス様のことが好きです」
リフェウスが目を見開く。
「私を道具として使おうとしたあなたのことが、最初は嫌いだった。あなたはルウォールの人間と同じなんだろうって……でもあなたは、私に腕を切らせまいとしてくれた。傷は塞がっているのに、いつまでも包帯を巻き続けた。先視ではなくルウォールの内部情報を引き出して、そこから作戦を立てた」
「……」
「あなただけは私を道具扱いすると思っていたのにそうじゃなくて、嬉しかったんです。でも、先視の力のせいであなたにいつまでも信用してもらえない」
「オレはおまえの先視の力が邪魔だった。その力がある限り、おまえは狙われ続ける」
「……私もそう思います。この力のおかげで今日まで私が生き延びられたのは事実だけれど」
ロイシュネリアはそう言ってリフェウスをまっすぐ見つめた。
「リフェウス様、あなたの求婚をお受けします。あなたがおっしゃるように、あなたと結婚したらいいことづくめだし、何より私はあなたのことが好きだから、私の幸福度が爆上がりするもの」
「……いいのか? このまま寝室に引きずり込んでも」
リフェウスの言わんとしていることはわかる。
ロイシュネリアは赤くなりながら、小さく頷いた。
「おまえは、永遠にオレに囚われることになる。いいのか?」
「望むところです」
リフェウスがつないだままのロイシュネリアの手を引っ張って玄関の中に入る。月の光が届かなくなり、ロイシュネリアの髪の毛の色が元に戻る。
リフェウスが後ろ手に鍵をかける。
そしてそのまま強く抱きしめられた。
「ネリ」
耳元で名を呼ばれる。
「ネリ、オレのそばにいてくれ」
「ええ」
「どこにも行かないでくれ」
「どこにも行きません。だって、行くあてがないもの」
体を離してリフェウスが覗き込んでくる。
そっと顔を寄せてきて……
「ネリ」
「はい」
「こういう時は目を閉じるものだ」




