和平条約締結式
九月一日、二日は、ムリーヤ国では通常、前者が防災の日、後者が戦没者慰霊の日として、祭日に指定されている。
しかし今年は、一日に「「第四次世界大戦に係る一切の戦争状態の和平条約」の締結と批准、発効、そして今上皇帝陛下退位式典の日」として、官公庁は総出で職務に精勤する事になっていたし、二日は「両新皇帝陛下即位の儀の日」として、やはり官公庁は総出となって、政府一丸となって働く事になっていた。
皇帝の代替わりは日付変更と共に行われるので、その日付変更の時間に合わせて、それらの各式典は実施される事になった。
詰まり、深夜から未明にかけて、という事である。
真夜中にやるんかい! というツッコミは方々から入ったが、時間帯が違う各国のそれぞれの議会批准を待っていると、法学上は皇帝が空位になってしまい、宜しくない、という理屈を展開して、全てのスケジュールは連続したものとして行われることが決定されたのだった。
それら一連の式典について、ご懐妊が確認され絶対安静を言い渡された美雪の出席はどうするのか、という問題が持ち上がったが、そこは彼女を必要とする場面のみ来て頂いて、それ以外の時間は控え室で安静にしていてもらおう、という事になった。
野星講和会議、と後に称されることになるそれは、八月十五日から開催された。
既に草案について、全参加国への根回しは終わっており、最後にそれが、各国が同意した内容に相違ないことを読み合わせて確認を行うのが、主な会議の内容だった。
最初に世界共通言語である英語で講和条約草案全文が、当事国であり提案国であるムリーヤ国の政府を代表した、首席全権たるヴァイオレッタ・マリア・スズキ大統領によって読み上げられ、またそれが、各国代表により自国言語に翻訳されたそれと、内容が相違無いことを確認する作業が、八月三十一日まで掛けて行われた。
明けて九月一日の野星は、生憎の雨天となった。
「第四次世界大戦に係る一切の戦争状態の和平条約」の条約認証正本に対し、各国の全権委員が署名を行った。
その電子条約認証謄本が、速やかに各国議会に送られ、各国議会は直ちにその諸条件が事前協議と相違ないことを確認し、批准決議を行った。
全ての参加国により批准決議が行われ、また各国元首によりその裁可も行われたことが、オンラインにより、講和会議式典会場となった野星オペラ・ホールに伝わったので、講和会議会場は、そのまま今上皇帝退位の儀の式典会場へと変わった。
オペラ・ホールの舞台に入場し、一段高い壇上へ昇る今上皇帝陛下御夫妻に従い、次代皇帝である彗依と美雪、そして未成年だが過去の現役皇帝であるナディも彗依に抱えられて入場し、壇の脇に控えると、立法・行政・司法の三権の代表者である、最高議会の西院・東院議長、大統領と総理大臣、大審院長官らが揃って前に進み出、それらを代表してヴァイオレッタ・マリア・スズキ大統領が更に一歩前に出て、報告を始めた。
「国民、並びに政府を代表して、謹んで申し上げます。
皇帝陛下におかれましては、先日陛下が発せられました詔と、本日締結・批准・発効いたしました、「第四次世界大戦に係る一切の戦争状態の和平条約」の定める所に拠って、御退位される事になります。
本日、ここに御退位の時を迎え、これまで我が国、引いては世界各国の営みを顧みまして、如何なる時も人々と苦楽を共にされました皇帝陛下、皇后殿下の御心に思いをいたし、また初代皇帝陛下の「世界絶対平和万歳」を我が国が体現すべしとの理念に対し、深く敬愛と感謝の念を今一度、新たにする次第であります。
皇帝陛下、皇后殿下に於かれましては、御退位後も末長く、お健やかであらせられますことを、願って止みません。
ここに、皇帝陛下、皇后殿下に心からの感謝を申し上げます」
深々と一礼し、一歩下がったヴァイオレッタ・マリア・スズキ大統領に対し、深く今上皇帝陛下が頷き、それに答礼した。
「只今を以て、私は皇帝としての務めを終える事になりました。
ヴァイオレッタ・マリア・スズキ大統領の述べられた言葉に、深く謝意を表すものであります。
即位以来、これまでの務めに際し、国民の皆さんからの様々な声が、私の支えとなってきました。
ここに、国民の皆さんと、そして本日、「第四次世界大戦に係る一切の戦争状態の和平条約」の締結に尽力してくれた我が国、そして世界各国の皆さんに、心より、感謝いたします。
間も無く始まる新しい皇帝の御代に、「世界絶対平和万歳」が達成されることを、妻と共に心から願い、また我が国と、世界全ての人々の、安寧と幸福を祈ります」
と、述べると、会場に参列していた政府閣僚や皇族の中には、思わず目を潤ませ、嗚咽を漏らす者が現れた。
それでも、彼らはムリーヤ国の人間として、毅然として誇り高く、前を向き続けた。
次回投稿は9月2日17時と23時に2話、投稿します。




