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野星の和約

 後世に於いて「野星の和約」と呼ばれることになるそれは、要約すると、概ね以下の様な内容になる。


「ムリーヤ国(以下、甲)と、アメリカ合衆国並びに中華人民共和国(以下、乙)との間に生じていた戦争状態は、この条約が当該国、またはそれを等しく継承した統治団体(ステイツ)との間に効力を生ずる日に終了する。

 甲の皇帝は、甲の初代皇帝であるムリーヤ・ノ・チカコ一世が第三次世界大戦を終結へ導いた功績とその終結条件を以て、また甲の前身である日本国、ウクライナ国、ロシア連邦の人々の、自発的な自由意志によって推戴されたことを、乙を等しく継承した国々(以下、丙)は認め、またその地位がムリーヤ・ノ・チカコ一世以降の血統にのみ継承されるべきものであることも、丙は認める。

 甲は、乙との間に生じた戦争状態を、乙が丙へと移行した後も、意図的に終了させなかった非を認め、甲の現皇帝である第三百七十一代皇帝ムリーヤ・ノ・キリール・アレクサンドル・マサヒトがその責を負い、退位することに同意する。

 また甲は、世界の平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭、独善と搾取を、世界から永遠に除去するため、丙の国際連盟への加盟を支援し、妨げない。

 丙は、その事を以て、甲に対しそれ以上の戦争状態の継続についての責任を追求しないことに同意し、またそれ以降の甲の皇位に就く者を定める方法について、一切の干渉を行わないことにもまた、同意する」


 という様なもので、これは一説には、


「ムリーヤ国の外交的敗北」


 とも言えるものだった。

 戦争そのものには実質的にはムリーヤ国が勝っているのに、その勝っている側にも非があるものとして、皇帝の退位を和平条件の一つに定められているのだから、そう言われれば、そうだなとしか言えなかった。

 尤も、当の本人(皇帝)は、


「元々譲位(退位)するつもりだったのだから、行きがけの駄賃の様なものだ」


 と嘯いて、着々と譲位へ向けて準備を進めていた。


 ともあれ、野星に到着した彗依ら一行をさて置いて、斯様な条件を前提に和平条約の締結準備は進められていた。

 条約締結と批准、それに伴う皇帝の代替わりは同時に行われるべきものとされたので、その実現の為に、調印式典が行われる野星オペラ・ホールと各国の議会とが、突貫工事により超光速量子通信回線で結ばれた。

 条約調印後、各国議会が批准決議を行い、その決議結果がオンライン(口頭)で調印式典会場に伝えられることで、速やかに和平条約が発効する。

 そしてその発効を以て、ムリーヤ国の皇位の代替わりと、アメリカ合衆国と中華人民共和国を継承する統治団体(ステイツ)の主権が発生し、そのまま調印式典会場は、ムリーヤ国新皇帝即位の儀の会場となる、という寸法である。

 やっていることは結構無茶苦茶だったが、そもそもムリーヤ国成立の経緯が無茶苦茶なので、今更何を言っても無駄と言えば無駄だった。


「退位で戦争のカタが付くのなら、序でに廃止すれば良いのに」


 とは一度帝政廃止への道筋を付けた美雪の愚痴だったが、完全に、帝政廃止に失敗した者の負け惜しみだった。

 またアホなこと言ってるな、と彗依は思ったが、口に出さないだけの賢さはあった。

 帝政初期なら兎も角、一万年も続いた皇朝(国家理念の象徴)を、今更ムリーヤ国の人々が手放すとは、到底思えなかった。


「マーマ、ぷんぷん?」


 とナディが不思議そうにしていたが、していただけだった。


 そんなやり取りがありつつ、和平条約調印と発効、譲位・即位の日取りが、ムリーヤ国標準時(野星時間)九月二日と定まった頃、一向に帰る気配の無かったナディが突然、


「おばーちゃまが、マーマとパーパがこーてー(皇帝)になったら、かえろうってゆってるの」


 と言い出したので、嫌でも一同はお別れの時期が迫っていると知る事になった。


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