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世界絶対平和萬歳の鐘

※いわゆる「日本の平和の鐘」は実在していますが、この物語は飽く迄もフィクションであり、現実の人物、団体等とは関係ありません。

 宇和島市長からの歓迎式典を受けた後、一行は車に乗り換えて五分ほどの距離にある、「日本の平和の鐘」の親鐘がある寺へと向かった。


「泰平寺」という名のその寺は、日本地方の戦国時代の武将、藤堂高虎により創建されたと伝わっている。

 悠に一万年もの時間の間に、流石に建物や鐘楼は何度か建て直されたし、「親鐘」そのものも何度か遭遇した大地震や台風などの天災により、落下したり風化したりして破損したので、何度か溶かし直して新たに硬貨やメダルを追加しては鋳直されてはいるが、鐘に使われている素材そのものは、最初に作られた時のものが、そのままここにあると言っても良い。

 その様な説明を市長と寺の住職から受けて、深く頷きながら、この世がよく治まって平和であることを表す(または願う)名前の寺に、世界平和を願う鐘があるという所に、美雪は胸に迫るものを感じた。


 単に鐘の製作者の菩提寺が、偶々、この名前の寺だったと言うには、やや運命が過ぎるだろう。


 この鐘の製作から七十二年後の()()四年、日本国はウクライナにジョブチェンジし、ロシアによるウクライナへの侵略戦争に対し、平和の為の戦いを挑むことになった。

 そしてそれ(平和)を達成し、今のムリーヤ(夢・希望)の国がある。

 その皇帝だった者として、また皇帝になる者として、そこに思いを致さない訳にはいかなかった。


 やや不思議そうに梵鐘を見上げるナディが、


「マーマ、これ、なに?」


 と問うた声が、静かな境内に響いたので、彗依に抱き上げられたナディを真っ直ぐに見つめ、美雪は噛み砕いて説明する。


「ナディ。マーマと大事なお話よ。

 これは「世界絶対平和萬歳の鐘」と言うの。

 昔々、戦争という、沢山の人同士の喧嘩があって、沢山の人がお亡くなりになったの。

 この鐘を作った人は、その時とっても辛い思いをしたのよ。

 それでもう、戦争をしたくない、戦争をしてはいけない、と同じ様に思う人達から、コインやメダルや刀や弾丸を集めて、溶かして、その人たちのお願いやお祈りを、この、大きな鐘という目に見える形にしたの。

 これと同じものが、今は大阪の万博公園という所と、それからお月様の国際連盟本部という所にあって、大事な日には鳴らされるのよ。

 貴女の頭ぐらいの大きさの、小さなレプリカは、世界中の国に贈られたの。

 もちろん、ムリーヤの皇宮にも、キーウと東京の宝物庫にも、レプリカが大事に納められているわ。

 そして、貴女の曽祖母(ひいおばあ)様。

 チカコ様が、ムリーヤの国が始まった時に、この鐘に書かれている「世界絶対平和萬歳」――「世界が絶対に、永遠(萬歳)に、平和であります様に」というお祈りの言葉を、ムリーヤの国の人全員が持って、世界中の人たちと仲良くするよう努力しましょう、とお決めになられたのよ」


 敢えて、それが遠巻きに一行を追い掛けて来ているテレビカメラや見物人にも届く様に、しかし態とらしくない程度に、美雪は強く大きな声でそう諭した。

 ナディは暫く、言葉の意味を咀嚼するように鐘を見つめた後、


「マーマ。いた()いた()い、いっぱい?」


 と、美雪を振り向いた。


「そうね。きっと沢山、痛い思いも、辛い思いも、されたことでしょうね……」


 その戦争の、或いはその後の戦争の当事者ではない美雪には、きっとこの鐘の製作者の体験に、()()()()()()()()()()()()というのは、出来ない。

 ただ、どこかにあるかも知れない、誰も泣かない世界が欲しい、と願っただろう、と思いをいたし、皇帝として最大限、ムリーヤ国と世界が平和な状態に近付く様に努力することしか出来ない。

 暫く考えた後、また鐘の方を向いたナディは、神妙そうに鐘に手を合わせたかと思うと、


いた()いた()い、とんでけー!」


 と、大きく両手を広げて仰け反り、子供なりに精一杯考えた「お祈り」を天へ飛ばしたものだから、一瞬、美雪は呆気に取られた後、愛おしさでどうにかなってしまいそうになった。

 そう思ったのは彼女だけではなかった様で、彗依は腕に抱いたナディを落とさない様にしながら、口元を引き結んで目を潤ませていたし、三人の後ろに居た親族一同からは、


「はわ……」


 と、息を呑む音が聞こえたし、目前で「痛いの痛いの飛んでけー!」をやられた市長や住職は、その純真な眩しさに、


「め、目にゴミが……」


 と失礼を承知で顔を背けて頻りに目元を擦り、遠巻きにしていて一部始終を見ていた見物人からは、感激の余り、


「陛下っ……」


 と絶句して啜り泣く声さえ聞こえてきた。

 静まり返ってしまった一同に、振り向いたナディだけが不思議そうに、


「マーマ? パーパ?」


 と言ったので、美雪と彗依は、


「な、なんでもないわ」

「ナディが良い子だから感激していたんだ」


 と誤魔化すか率直に述べるかして、ナディの頭を撫でて褒めると、彼女は「えへー」とはにかんで笑う。

 そこへ住職が、


「よろしければ、鐘をお撞きになられますか」

「まあ。良いのですか?」

「はい。

 普段は、節目の行事がある日以外は、撞木は外しておりますが。

 斯様に労りの真心をお持ちの方に撞かれたなら、きっと、その願いは大きく花開くと思うのです」


 との申し出があったので、一行はスケジュールを後ろ倒しにして、鐘を撞かせてもらうことにした。

 警備の人間や都鴇宮家の男衆も総出で手伝い、撞木が提げられると、再びナディを抱き上げた彗依が言った。


「さあ、ナディ。

 ナディにこの平和の鐘を鳴らして欲しいと、和尚さまが仰っておられる。

 この縄を持って。

 大きな音がするから、びっくりしない様に」


 おっかなびっくり縄を両手で握るナディに、美雪がそっと手を添えて、親子三人で撞木を引いて、前へ押し出す。

 ゴーン――……、と、重々しく平和を願う鐘の音が、宇和島の空に響き渡って、溶けていった。


※いわゆる「日本の平和の鐘」は実在していますが、この物語は飽く迄もフィクションであり、現実の人物、団体等とは関係ありません。

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