地球行幸
次期皇帝の行啓(しかもスケジュールをかなり巻いて)という無茶振り案件に対し、ムリーヤ国政府は極めて迅速に、「じゃあ最後に野星に来て立太子式してね」という回答(※要約であり実際にはもっと堅苦しい官僚的な表現である)をし、態々地球に戻ったばかりの政府専用機を迎えとして送って寄越した。
関係各所に無理を言った自覚はあったが、しかしこれは今の自分達に繋がる、第四代皇帝ナディーヤ・ワカコ陛下の情操教育の為だから、と言い聞かせて、彗依と美雪は罪悪感を紛らわせた。
多分、関係各所の関係者もまた、同様の言い訳でデスマーチを正当化していたと思われる。
ともあれ、あっという間に準備が整った地球行きに、一番喜んだのが誰だったかというと、それは日本地方四国州愛媛県宇和島市の人々だったと思われる。
何となれば、太陽系全域に広がる人口一〇〇億を数えるムリーヤ国に於いて、人口僅か五万人に満たない、別に大量破壊兵器が使われた訳でも、破滅的な地上戦が戦われて破壊された訳でも、世界はおろかムリーヤ国内でさえ知名度の高い人物の出身地でもない、小さな小さな都市に、突然過去の皇帝と次の皇帝とその御家族が行幸するという栄誉に与ったのだから、殊に皇室への(国内で相対的に見て)篤い崇敬の念を持つ人々が非常に多いという、保守性の強い土地柄もあって、その喜び具合は天元を突破していた。
今回の地球行きは、両家の顔合わせも兼ねていたから、過去の皇帝陛下に同道するということで恐縮する、美雪の両親――秋桜・橘・朝臣・勝柄家は美雪達三人しか残っていない――も帯同することになったので、人懐っこいナディは、またしても、
「お祖父ちゃま、お祖母ちゃま、いっぱいちゅきよっ!」
を発動し、一行をメロメロにさせた。
地球軌道を横断し(その過程でムリーヤ国自衛隊地球軌道総軍が、ごった返す地球軌道の物流網を実力でこじ開け)た政府専用機は、何事もなく大気圏に突入した。
九州南方の沖合に降下した後、豊後水道を北上した政府専用機は、航空自衛隊松山基地(松山空港を兼用)から護衛に参上した第三四三飛行隊機にエスコートされて松山空港に着陸し、一向は空港や沿道に集まった松山市民の歓迎を受けながら、松山空港から國鐡――現代に至るまでも、人類は鉄輪式鉄道という交通手段の廃止に失敗している――松山駅までは車、松山駅からは列車で宇和島駅まで、という経路で移動した。
その道中のどこでも、
「第四代皇帝陛下、並びに次期皇帝両陛下歓迎」
という横断幕が掲げられ、ムリーヤ国国旗を手に手を振る人々が現れ、特に今世初めてそのような人々に出逢った美雪とナディは、目を丸くすることになった。
特に美雪の場合は、彼女が唱えた共和制への移行に反対意見を述べて皇宮前に集まったデモ隊との、一対一での対話の記憶が強かったのか、
「ここまで慕われるなんて、私の後の人達は相当な努力をしたのね」
という迷言を、両親には聞こえないように彗依に述べた。
ちなみにその努力には、共和制移行撤回後の、些かばかり洗脳的な尊皇教育も含まれていることを、彗依は知っていたが、今世でその教育を受けたはずの美雪が何も言わないので、敢えてツッコミは入れなかった。
誰しも、薮を突いて蛇が出てくるのが分かっているなら、普通はツッコまないものである。
一行を乗せた列車は、宇和島市の市街地中心部からはやや外れたところにある宇和島駅の一番ホームに滑り込み、先ずは案内役として先回りして待ち受けていた、泰時と里伽子率いる都鴇宮家一族御一行様と、宇和島市長らの歓迎を受けた。
特に父と母の次に大好きなお祖父ちゃまとお祖母ちゃまとお姉ちゃまが居たので、ただでさえ初めての家族旅行で上機嫌だったナディの機嫌は、天井知らずとなった。
「きゃー! ジージ! バーバ! ネーネ! いっぱいちゅきよーっ!」
と周囲に響き渡ったナディの最大級の愛情表現を、やや遠巻きに生中継していたテレビカメラや見物人の人々の耳はしっかりと捉えたので、
「キュン死」
する人が続出し、世界的に死屍累々となった。




