今世の両親(7)
「まあ、それは置いておくとしても」
『「(置いとくんかい!?)」』
一同をドン引きさせた発言の主の言動に、思わず揃って心の中でツッコミを入れたが、それは飽く迄も心の中でだけだった。
その程度には、
『「(あ、この人矯正不可能だわ)」』
と悟らせるものがあったからである。
「亜矢さんがとても正直な心根の持ち主で、私はとても好ましい方だなと思いました。
ですから、当たって砕けるぐらいは、応援しても罰は当たらないかな、と。
二、三年もして、素敵な女性に進化して、それでもお気持ちが変わらなければ、その思いの丈を殿下にぶつけに来られればよろしいかと存じます。
きっとその時は、殿下も真剣に向き合ってくださるでしょう。
ね?」
「ねー!」
母娘だけがほのぼのとしているが、これ旦那(予定)を巡る修羅場だよな????? と一同、真理を知って宇宙を背負った猫になっている中で、諭された(?)亜矢だけが、異なる反応を示した。
『あ、あの……』
「はい」
『お、お義姉様と、お呼びしてもいいですかっ!?』
アカン、これ前世と同じパターンだ、と彗依は遠い目になった。
帝都で発生した反帝政テロリストの立て篭もり事件に、偶々居合わせた皇女殿下時分のアタナシア・コスミカ・リコは単身乗り込んで行って、帰ってきた時にはテロリストを篤いアタナシア・コスミカ・リコ支持者に洗脳していた、ということがあった。
それと同じパターンである。
若しくは、第二代皇帝アレクサンドラ・エリコ陛下が、アタナシア・コスミカ・リコに悪い虫がつかないように、と野星女学校に入れた時、全女生徒一同の心を掴んで全生徒の憧れに崇め奉られたのと一緒、と言い換えることも出来る。
ちなみに彗依は前世に於いて、その野星女学校の女生徒(卒業生を含む)から、
「お姉様を奪った憎っくき男」
として目の敵にされており、結婚前後とアタナシア・コスミカ・リコの懐妊時と崩御時の計四回、剃刀入りの手紙や花(※後で調べたら花言葉が「憎悪」だった)を届けられたことがある。
余りにも可愛らしい(または馬鹿馬鹿しい)話なので、彼女に話したことは無いが。
果たして鷹揚に、
「はい」
と美雪が頷くと、画面の中の亜矢の目の中に、確かにハートマークが浮かぶのを彗依は見た。
『お義姉様っ、お義姉様の御趣味はなんですかっ?』
「折り紙です。千羽鶴を折るのは私、得意なんですよ」
『お義姉様らしくて素敵です! 私は、パルクールが趣味なんですっ!』
「まあ。健康的な趣味で、大変よろしいのではないでしょうか。私は、身体を動かすのは余り得意ではなくて」
『肉体ろーどーはお兄に任せておけばいいんですよっ! お姉さまは優雅に座っておられるのが一番似合ってます!』
最早、顔合わせの挨拶などそっちのけで、二人は親しげに言葉を交わしている。
これを何処で止めるべきか、彗依は割と真面目に悩み始めたところに、ナディが声を上げた。
「マーマ」
「あら、御免なさい、ナディ。あなたを放ったらかしにしてしまって」
「ううん。あーや、ネーネ?」
「あら……確かにそうね。
亜矢さん、ナディが貴女のことを、亜矢お姉さんと呼びたいって言っているの。
構わないかしら?」
『えっ……そ、そんな、第四代皇帝陛下にそう呼ばれるなんて、とても恐れ多いことです! とんでもありません!』
「でも、私が殿下と結婚したら、貴女は私の義理の又従妹になりますし、ここに居るのは、私の娘である只人のナディですから、親戚のお姉様のことは、そう呼ぶのが、自然というものではないかしら?」
『え、ええええええと、そのぉ……』
恐縮しきりの亜矢に、ナディが、
「あーやネーネ!」
と呼び掛けると、亜矢の方は、
『あっあっ、はいっ、あーやネーネですよっ!』
とあっさり臣下から「あーやネーネ」にジョブチェンジしたので、思わず彗依は半目になった。コイツ、こんなにチョロかったっけ?
『ま、待ちなさいっ!』
そこへ、存在を忘れられつつあった彗依の父が割って入った。
「親父……」
『それなら、私のことは「お祖父ちゃま」と呼んでくれるかな!?』
『私のことは是非、「お祖母ちゃま」と!』
「あいっ、ジージ、バーバ、いっぱいちゅきよっ」
が、ただの(義理)祖父母バカが増えただけだった。ダメだコイツら、早くなんとかしないと……!
パンパン、と彗依は手を鳴らし、混沌を極めていく通話を纏め上げに掛かる。
「兎に角、まあこんな女性と俺は結婚する予定で、暫くはこの時代の第四代皇帝陛下の親として、親子三人でこちらで暮らします。
最低限の顔合わせは済みましたから、この後の公務が立て込んでおりますので、これで失礼しますよ」
『待ちなさい、彗依!』
『貴方が今日、大した公務は入っていないのは分かっているのよ!?』
『そーだそーだ、仕事なら、お兄一人で仕事に行けばいいのに!』
「喧しいわ! こちとら夫婦の時間もまだ碌に取れて無ぇんだ、アンタらの相手ばっかしてられっか!」
プチ、と終話ボタンを押し、すぐさま電話帳の「家族」グループを全て着信拒否に設定すると、瞬く間に着信通知が山の様に届き始めた。どうせ緊急事態の折には侍従・侍女・警護のどれかを通じて連絡が入るから、これで問題あるまい。と、彗依は深々と溜息を吐き、美雪の方へ視線を向けて、目を丸くした。
「マーマ、おかお、まっかよ?」
「……なんでもない。なんでもないわ、だいじょうぶよ、ナディ」
何故かカタコトになってナディの指摘に応える美雪を見て、彗依は自分の発言を振り返り、そのアホさ加減に頭を抱えることになった。




