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今世の両親(3)

 通話が切れると同時に、はふぅ、と美雪は溜息を零した。


「マーマ、おちゅかれ?」


 と振り返ってナディが訊くので、美雪は首を左右に振って否定した。


「ううん、ちょっと緊張していただけよ。さぁ、ナディ。もう寝ましょうか」

「あいっ」


 ナディが手を伸ばして抱っこをせがんだのに快く応えながら、美雪が立ち上がる。


「寝室はこっちだ」


 と先回りして、リビングの続き間になっている寝室のドアを開け、彗依は先導した。


「ありがとう、あなた。――あら」


 鷹揚に美雪が前世の呼び方で礼を述べて寝室に入ると、彼女は目を丸くして立ち止まった。

 何となれば、十二帖ほどの寝室の大部分の面積――日本人の血を引くムリーヤ人は、畳で面積を換算するという慣習的な表記単位を、遂に廃止することが出来なかった――を占めている、大きな寝台(ベッド)があったからだ。


「……無事に生まれたら、三人で川の字になって寝たいわねって言ったの、覚えてたのね」


 感慨深そうに、そして胸に迫るものがある様子で、美雪は言った。

 実際には、ナディの出産時に命を落とした第三代皇帝アタナシア・コスミカ・リコと、遺されたコメート・ホシヒトと、ナディーヤ・ワカコは、一家揃って川の字になって寝るという経験をすることは、遂に無かったからだ。

 ちなみに、ムリーヤ(現代)語はアルファベット、キリル文字、漢字、ひらがな、カタカナを自在に組み合わせて表記されるので、「川の字になる」はムリーヤ語または日本語(旧言語)を理解する者にとっては、慣用表現である。


「忘れるわけがないだろう。

 お前とした約束は、全部覚えてる。

 今世は全部叶えて、お前と一緒に天寿を全うしたいと俺は思ってる」


 彗依が美雪の腰に手を添えて、彼女をベッドまで促すと、彼女は素直に着いてきて、スッとベッドに腰掛けた。


「パーパ、マーマも、いっちょ(一緒)にねんね?」


 ナディがそう訊くので、彗依も美雪も頷いた。


「そうよ、ナディ」

「ナディがこちらにいる間は、寝る時はずっと三人、一緒だ」


 と言えば、美雪の腕の中のナディは眠たげながらも、喜色満面にはにかんだ。


「えへへー、ナディ、マーマとパーパ、いっちょ。

 しゃーわ()せよ?」


 などと言うものだから、美雪はこの愛おしい温もりを置いて逝ってしまったことに、堪らず胸を衝いて涙が溢れ出すのを感じた。


「……ごめんね、ナディ。

 マーマが居なくて寂しくなかった?」


 涙を見せまいと目を閉じ、幼児特有の高い体温を掻き抱いて声を震わせる美雪の隣に、彗依も座り、彼女達をそっと抱き寄せた。


「マーマ、よしよし。だいじょーぶよ?」


 小さな手を伸ばして、ナディが美雪の頭を撫でた。


「ナディ、マーマがおーし()さまになってたの、しってりゅの。

 いちゅもわたちのこと、みてくれてたのよ?」

「そう……そう、思ってて、くれたの、ね……」


 残念ながら、美雪の意識は出産後に途絶えて、思春期の頃に突然、アタナシア・コスミカ・リコの記憶と意識が蘇ったので、ナディを見守っていた記憶は無い。

 もしかしたら輪廻転生の円環の中で、無意識的に見守っていた可能性はあるが、主観的にはナディと彗依を置き去りにしたという認識なので、美雪は尚のこと、申し訳なさでいっぱいになってしまった。


 その夜、三人は文字通り、川の字になって眠った。

 それは、三人が作った家族アルバムの、二枚目の写真になった。


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